TS令嬢の偽装婚姻契約に関する覚書

エノコモモ

第1条 両者は婚姻関係の継続に努めること


テンプル王国ドラモンド地方。テンプル十二貴族の中でも一等歴史が深く領民との繋がりが深いドラモンド領は、現在第98代当主エイベルが治める。彼は明敏で鷹揚、ドラモンド家の名に恥じぬ名君で、その妻キャロルは快活で柔軟、両者共領民の訴えによく耳を傾けた。その実力と人柄は領民のみならず他貴族からも愛され、彼らは一路順風な領主生活を送っていた。


しかし唯一、本人達が強く望んだにも関わらず、二人の間には長らく子がいなかった。


そうして運命ではなかったと諦めた頃。千年に一度と謡われる流星群が降り注いだ日。まるで神話の竜が無数に舞い踊っていると錯覚するような幻想的な夜のことだった。その夜、奇跡は降り落ちた。


キャロルは新しい命を授かったのである。生まれた子はそれはそれは可愛らしい女児であった。領主夫婦も、そして彼らの幸せを願っていた領民も、多くの友人達も、皆が皆、彼女の誕生を大いに喜んだ。


夫婦が付けた名前は、自分達の魂と言う意味を込めてアルマ。アルマは両親の愛をいっぱいに受け、立派で美しい女性へと育ち――


「だから、結婚はしねーんだってば!!」


さて。素敵な過去を話しているところ悪いが、現在に話を進めよう。


「アルマったら口が悪いぞ」

「結婚の話を何千回と聞かせられたら、いい加減言葉遣いも悪くなるわ!」


愛をいっぱいに受け育ったご令嬢は、明敏と名高き父に向かって吠える。


「父さんと母さんが結婚して欲しがってるのは知ってる!けどしないの!したくないの!何度言ったら分かるんだよ!」


さぎみやあらた。突然すまない。俺の名前である。現代日本で暮らすごく普通の大学生だった生活が一転、異世界へ転生することになったのは良い。前世の記憶を全て持ったまま生まれ直したことも理解できる。


が、件のドラモンド家待望のご息女――即ちアルマが、俺の転生先だったことは大問題である。


「ほらアルマ。見て!今度は新進気鋭の小説家の先生ですって。変人らしいから、きっと貴女を飽きさせないわ」

「いやだから!相手が男なことが問題なんだよ!」


柔軟な発想力を持つ母の提案も蹴り飛ばす。変なところで柔軟性を発揮するな。


さて、テンプル王国ドラモンド領ドラモンド家。歳を取り隠居も間近に控えたエイベルとキャロルの願いは、一人娘の幸せだった。が。


「おかしいだろ!なんで幸せが結婚一択なんだよ!」


そう。一人娘の幸せを願った彼らが行き着いた先は、娘の結婚であった。


今も何十、いや百回目か数も忘れた見合い写真を手に、期待の眼差しを向けてくる両親に、俺は怒鳴り散らす。


「家も領主の地位も叔父さんところのバーニーに継がせるって決まってんだろ!?なら跡継ぎも必要ないじゃん!」


バーニーは年の離れた従兄弟だ。本人はちょっとドジだが優しいし、強くて明るい姉さん女房もいる。あいつは良い領主になるだろう。


「生活を心配してるのか!?俺ちゃんと働いて稼いでるし!最近修道院の受付から司祭の秘書に出世したしさあ!」

「心配なのよ。アルマがこのまま修道院に入って、聖女になっちゃうんじゃないかって」

「いやねーから!大体そっちが嫁入り前の娘が男にまみれて働くのはってゴチャゴチャ言うから、女しかいない修道院を職場にしたんだろ!?」


あと唯一、教会は両親の力が及ばぬ場所だったからだ。だって見える。大事な大事な一人娘の職場に押し掛け手を回し、非常に面倒くさいことになる未来が見える。


「いちいち全部にケチつけないと済まねぇのか!一体何したら正解なんだよ!」


言いたいことを全て出し尽くす。肩で息をする俺を前に、やっと両親はしょんぼりと肩を落とした。


「そう。ごめんね…」

「…いや。分かってくれたら良いんだけどさ」


落ち込む彼らを前に、ヒートアップしていた俺も落ち着く。


前世の記憶を持っているせいで、そしてその前世が男だったことで、アルマはだいぶ男らしく育ってしまった。ずっと女の子らしい娘が欲しかった彼らからしたら、俺がこのように育ってしまったのは計算外だった筈だ。それでも未だに少々重すぎるぐらいの愛を持って接してくれることには、言い尽くせないほどの感謝を感じている。


しかし、しかしだ。


「で、次のお見合いの話なんだけど…」

「は?」


唖然とする俺を前に、両親は背後から別の見合い写真を取り出した。そして精悍な佇まいの若い男性が映るそれを掲げ、心底嬉しそうに話し始める。


「今度は最近ドラモンド領に配属になった騎士様ですって」

「おお。最近社交界で噂になっていた青年だな。優秀で気持ちの良い男だと」

「あらそうなの?アルマったら幸せ者ね~」


(…その大事そうに持ってる写真、ひったくって折ってやろうか)


怒りに身を任せようとする俺の目に入ってきたのは、両親の背後で今か今かと出番を待ちズラリと並んでいる見合い写真の束であった。一枚や二枚じゃない、大量の束。


領民の熱心に耳を傾ける領主夫婦は、残念ながら娘の話は聞かなかった。男所帯の職場だから浮気の心配が少なそうでいいねと話す二人を前に、令嬢は怒る気力も湧かないのである。






「あの人たち、もう本当やだ…」


屋敷の廊下。壁に額をつけ、俺は呆然と呟く。あの後、前述のやりとりが永遠に続きそうだったので逃げてきた。


「疲れた…」


ストレスも疲労もMAX。限界の俺の元にふと、第三者の声が落ちてきた。


「大変ですね」


この嫌味な声と雰囲気は、顔を見なくても分かると言うものだ。俺は力なく声のした方を睨む。


「盗み聞きしてたのか?趣味がわりーよ…」


美しい青の瞳にきらりと光る金糸。特注で仕立てられたスーツが苛立たしい程よく似合う。


「盗み聞きなど人聞きの悪い。あれほど大きな声で騒いでいれば勝手に耳に入ってくると言うものです」


エーヴァルト・ラトリッジ。うちの顧問弁護士である。


終始柔らかな物腰、初めて彼を見かけた者は息を呑むほどの端正な顔立ちも相まって、人当たりはとにかく最高だ。中流階級の出ながらも、貴族の顧問に選任される程度には仕事はできるし、熱意もある。両親も信じて疑わないが、彼の本性を俺は知っている。


「性悪クソ野郎が…」

「訴えますよ」


悪口を言うと、その整った笑顔は一片も崩さず、攻撃的な一言が飛んでくる。だがしかし、今の俺にはそれに反論するような元気もないのだ。


「それも良いかもな…」

「おや、張り合いの無い」


肩を落としたまま呟くと、エーヴァルトは眉毛を上げて反応した。しかしこんなクソ野郎と遊んでいる場合ではないのだ。目下の俺の悩みはただ1つ。


「名誉毀損で訴えられたら結婚も遠退くかなって…」


男と結婚するような趣味はないし、その為に両親が全力で推し進めてくる結婚を拒否し続けている。しかしこうまで執拗で決して諦めない結婚攻撃を受ければ、流石に弱気にもなると言うものだ。ため息と共に弱音を吐く。


「もういっそ、誰とでもいいから結婚した方が楽になるか…」


ぼやきながらその場を後にしようとした俺を、ふと引き留める手があった。


「…なに?」


エーヴァルトである。俺の腕を掴み、じっとこちらを見ている。目が合うと、彼はにっこり微笑んで口を開いた。


「俺から、提案があるんですが」

「提案?」


俺は訝しげに奴を見つめ返す。エーヴァルトは笑顔で話し始めた。


「貴女のお気持ちはお察ししますよ。俺も独身ですし良い歳です。俺ほどになると縁談の話が舞い込んで舞い込んで…。それをいちいち角が立たないように断るのも煩わしいものです。まあ俺ほどになると仕方ないのですが」

「俺はお前がめっちゃうざい。あばよ」


こいつの口からは自慢と嫌味しか出ないに違いない。振り払おうと腕を引っ張る。が、彼はその手を離さない。怪訝な面持ちを上げる俺に向かって、エーヴァルトは言った。


「結婚しましょう」

「…は?」


窓の外を、ぴちぴち鳴き声をあげて小鳥が飛んでいく。俺は呆れと共に文句を吐いた。


「お前…話聞いてたか?嫌だって言ってんだろ。男と結婚なんて…」

「結婚は結婚でも、契約結婚です」


エーヴァルトから放たれたのは、俺が生まれて死ぬまで、そして二度目の人生でも尚初めて聞く単語だった。


「…けいやく?」


しぱしぱ瞬きをしてエーヴァルトを見つめる。彼は形の良い唇を開いた。


「先ほどの貴女の言葉を聞いて思ったんですよ。確かに結婚さえすれば、貴女は結婚しろと言う周囲の圧力をかわせる。そして俺は縁談をかわせるのはもちろんですが…何より貴族籍と貴族との強い繋がりを得られる」

「ええ…。だから嫌だって言ってるだろ。男と結婚なんて」


先ほどは疲労のあまりああ言ってしまったが、もちろん本気ではない。男との結婚だけは避けたい俺にとって本末転倒。それに何より。


「俺お前のこと嫌いだし…」


一点の曇りもない本音を伝えると、彼の眉間にみしりと皺が寄り、俺の腕を掴む手に少し力が入った。しかしごほんと咳払いをしたのち、体勢を立て直す。いつもの胡散臭い笑顔で続けた。


「そこで契約結婚です。互いを愛する必要はありませんし、俺も貴女の私生活に口を挟むことはしません。仕事を続けるでも、余りある金で悠々自適に暮らすでも好きにすれば良い」


そこで言葉を切る。最後に思い出したように俺の腕から手を離し、彼は口を開く。


「どうです?貴女にとっても悪い話ではないと思いますが」

「ふむ…」


前述の通り、エーヴァルトは一般階級の出身だ。貴族籍が欲しいと言う目的は、実は相当な野心家なこの男の性質とも合致する。


そして独身街道を突き進む俺の結婚。周囲は諸手を挙げて賛成するだろう。全幅の信頼を寄せているエーヴァルトならと、両親共々静かになるに違いない。


しかし実態は紙面上だけの結婚。夫を愛する必要も、愛されることもない。当然キスもセックスも無し。子供も。自由度も高い。


「いいなそれ!」


と、言うわけで。大変軽い賛同で、結婚が決まった訳である。






「なるほど。急に結婚すると言い出して一体何があったのかと思ったが…そういう経緯があったのか」

「結婚しろって言われなくなったし、もーめっちゃ楽!」


さて。あの大変軽いプロポーズ承諾から半年程が経過した。俺とエーヴァルトは無事に契約を結び、晴れて偽装の新婚生活がスタートしたのである。


俺達が決めたことは5つ。


俺達は順調な結婚生活の継続に努めること。不利益を被らない限り、お互いの生活に口は出さない。表向きは仲の良い夫婦を装う。契約を破れば婚姻は破棄。そしていかなる理由においても絶対、絶対、絶~ッ対に好きにならないこと。最後の項目は俺が書き足した部分だ。あいつは鼻で笑っていたけど。


「まあ周囲は契約って知らないから、最初の夜はベッドの上に薔薇の花びらとか散ってて不愉快だったけどな」


エーヴァルトとの結婚報告を聞いた父さんと母さんは、それはもう大喜び。彼が好きだったから結婚しなかったのね!純愛だわ!なんて言われて吐くかと思ったが、余計なことを言って計画を破綻させるわけにはいかないのでひたすら我慢。史上最高に浮かれた両親は当然、ドレス選びから式の装飾、招待客の数にまで口を出す。これも最後だもうなんとでもやれと達観した俺を主役に、バカみたいに盛大な結婚式は挙げられた。


「お陰で教会が潤ったわい」


そして先ほどから俺と話しているのは、老婆、ではなく幼気な少女。まるで新雪のように真っ白に煌めく髪。俺の直属の上司である。


彼女の名前はロスヴィータ。テンプル王国マクレーン教。ドラモンド領第一教会の総まとめ役である。長年修道院に務める聖女だったが、類い稀な魔術の才能と革新的な組織改革が評価され、この度教会の司祭へと抜擢された。


「エーヴァルトを褒めるのは癪だけど、今回の結婚については本当に冴えてる計画だったぜ」

「ふむ…」


ほくほくな俺をよそに、ロスヴィータは考え込むように黙る。俺の足元で手をかざし、何事か唱えた後で口を開いた。


「修道女たる儂には恋愛や結婚のことなどとんと分からぬが、そんな提案を考え付くとは…ラトリッジ卿は案外、お主のことが好きだったりしての」

「はは。ねーよ」


奴の正体は嫌味たらしい冷血漢だ。そして普段絶対におくびにも出さないその本性を、俺にだけは全面に押し出す程度には、エーヴァルトは俺のことが嫌いだ。俺もほんの一ミリも好きじゃない。


が、信用できる点もある。それが超合理的なこと。嫌になるほど論理的、一切の感情に左右されない鋼の理性が奴の長所。難攻不落の令嬢が婚姻した相手は、何と一般階級の相手だった!これぞ真実の愛!と大変不快なゴシップに領内は大盛り上がりだ。俺達夫婦は良くも悪くも注目度が高い。せっかく得た地位と肩書きを反故にするようなことを、奴はしないだろう。


「して。アルマ。何か聞こえるか?」

「へ?」


ロスヴィータは、急に話を変えてきた。先程から、俺の足元の床に魔方陣を描いて何やらやっていたのである。言われた通りに耳をすませるが変化はない。


「いや。何も聞こえないけど」

「うーむ。失敗かのう」


ロスヴィータは持っていた本を覗き込む。ボロボロの表紙にすりきれ破れた箇所もある頁。ずいぶん古そうな蔵書だ。


「アデライン・マクレーンの古い文献を見つけての」

「ああ。確か教会の創始者で、すごい魔術を色々産み出した人だっけ」

「うむ。当然危ないものもあるが、迷える仔羊を導くに非常に有用なものもる。その一部を現代に再現したかったんじゃが、そう上手くはいかんか」


ふーんと何の気もない声を出す。魔法のある世界に転生したと知った時はわくわくしたものだったが、現実の魔術と言うものはこの上なく繊細で難解。才能を持ち、なお且つ国に認められた者にしか扱えない逸物であった。


そんな高すぎる壁を、誰も真似できない才能と、そして何よりもたゆまぬ努力によって乗り越えた者を前にすれば、羨望すら抱かないのが人間の性である。


「何の魔術?」


わざわざ聞いてきたと言うことは、俺に掛けたんだろう。何ともなしに聞くと、ロスヴィータは本をじっと見ながら呟いた。


「心の声…本音が聞こえる術じゃ」


黄ばんだ頁にちらっと垣間見えたのは一体何を表しているのか全くもって不明な計算式。たまに書いてある文章は古代魔術語。一般人には理解どころか読めすらしない。へえ~すごいねぐらいしか言うことはないのだ。






朝。起きてきた俺は、眠い目を擦りながら屋敷の食堂へと入る。


「おはよー」

「おはようございます」


机の向こう側からはエーヴァルトの声が返ってくる。


実態がどうであれ、俺達は新婚夫婦。仲良く見せなきゃならない。家に居る時はできるだけ同じ部屋で過ごすことになっている。


そして顔を上げたエーヴァルトは、むっと眉根を寄せた。


「寝癖。ついてますよ」

「気のせいなんじゃない」


適当に返事をしながら席につく。机と朝御飯を挟んだ向かい側で、エーヴァルトは呆れたようにため息を吐いた。


「馬鹿じゃないですか。ちゃんとしてください」


〈クソッ…今日も顔だけは良いですね〉


給仕の女の子から朝飯の皿を受け取っている最中に、妙な台詞が聞こえた気がした。だから一拍遅れて、俺は反応する。


「あ…?あ、今日俺出掛けるから」

「分かりました」


〈まさか男ですか?〉

「はあ?違ぇよ。仕事だっつの」


パンをモソモソ食べながら、俺はその質問を咎める。


「てかお互い個人的な予定は詮索しないのがルールだろ。何言って…」

「……?詮索などしていませんよ。貴女が勝手に喋りだしたんじゃないですか」

「は…?」


そう言われて、ふとパンを口に運ぶ手が止まる。顔を上げれば、エーヴァルトは黙ったまま涼しい顔で新聞を読んでいる。


〈良かった。他の男との逢い引きなんて言ったら爆弾でも何でも使って阻止しなくては〉


突然の爆弾魔の出現に、俺は固まる。


(なんだこれ)


呆気に取られる俺をよそに、例の声は止まらない。


〈結婚して1ヶ月経つと言うのに…。全くつれないですね。ベッドの上の薔薇の花びら、俺が一生懸命蒔いたのに…〉

「キモ」


思わず素直な感想が口をついて出てしまった。エーヴァルトが反応し、新聞から視線だけを上げる。


「何ですか急に。口が悪いですよ」

〈え…。気持ち悪いってまさか俺のことじゃないですよね。そんな訳ないですよね。この格好良くて冴えてる俺が気持ち悪いなんてそんな筈がない〉


だいぶ気持ち悪いことを言っている。そこでやっと俺の頭は現状を整理し始めた。


(これは、エーヴァルトが口に出して言ってる訳じゃないのか)


しかしだとすれば妙だ。確かに会話とも連動しているし、エーヴァルトの声でもある。頭の片隅でヒントがチカッと光りかけるが、答えに行き着く前に、例の声に阻まれた。


〈アルマ…〉


「ん?」

「前々から思っていましたが、貴女のその口の悪さはどうにかなりませんか」


エーヴァルトの口はぶちぶち文句を垂れ流しているが、俺はそれどころではなかった。全然関係ない、そして不可解な言葉が聞こえてきたからだ。


〈アルマは一体、いつ俺のことを好きになってくれるんでしょうか〉


「……あ?」

「良いですか。偽装とは言え貴女は俺の伴侶です。どこに出しても恥ずかしくないよう、そして俺の傍にいる者として相応しい、品位と知性のある言動を心掛けてください」


俺がそれどころではないことに、エーヴァルトは気が付かない。そして同時に謎の声も止まらない。


〈一緒に生活したら好きになってくれるかと思ったのに…全然俺に夢中にならないし、いつだって素っ気ないし…もう、本当に、本当に…〉


優雅な所作で紅茶に口をつけ、彼は再び新聞へと視線を戻す。


〈しゅき~~~~~~!!!!〉


俺は最後に食卓に残った牛乳を飲んで立ち上がる。エーヴァルトに向かって、いつも通りの言葉を投げ掛けた。


「じゃあ俺仕事行ってくるわ」

「はい。どうぞお気を付けて」


いつも通りの淡白な台詞に見送られ、背後で扉がばたんと閉まる。仕事へ行くのも忘れて、俺は呆然と立ち尽くす。


「…何あれ」


思考は停止。ただひたすらに固まる。そして先ほどの閃きが、今度ははっきり形を成して甦った。


『心の声…本音が聞こえる術じゃ』


(じゃあ、あれはエーヴァルトの、)


知ってはいけないこの世の真実に気付いてしまった時。俺の口からは悲鳴が飛び出した。

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