第34話

「それじゃあ、また明日。学校で」


 カフェを出て、コト姉の車に乗ること十数分。


 家の前に着くとこの前みたいにキスをして別れた。


「じゃあね、翔くん」


 ほんのりと頬を赤く染めて、車を発進させる。遠くなる車のテールランプを見送ると、玄関に上がる。


「ただいま」


 そう、声をかけたのだが、反応がない。時刻は18時半。外は薄暗くなり始め、いつもなら麻耶が出迎えてくれるのだが……。


 靴がないって事は、麻耶は出かけたのか?


 そう思いながらリビングに上がると、案の定テーブルには『急遽葵ちゃんの家でお泊まり会してきます』そんなぴょんと跳ねるような文字で書かれた手紙が置かれていた。


 まぁ別に麻耶がいなくとも何か困るわけではないし、むしろうるさくなく、キッチンを焼かれることがないため、安心だ。


 ふぅ、とため息を吐き自室へ戻る。カバンを下ろし、着替えを持つとシャツを脱ぎ、シャワーを浴びた。


 外では「暑い……」と口を言っていたのにも関わらず、温かいシャワーが心地いいのは、どういうメカニズムなんだろうか。


 浴室を出て洗濯をかけると、髪を乾かしてリビングへ。


 なんとなくテレビをつけると、ソファーに体を沈めた。


 ……。


「麻耶がいないとこんなに静かなんだな、この家」


 テレビがついていても、シーンとしてしまっている部屋に、速くも麻耶の騒がしさに、恋しさを覚え始める。


 とりあえず、何か食べるか。


 息を吐いた瞬間、家のチャイムが鳴った。


 誰だろう、宅配便?


 そう思いながら、玄関を開ける。


 すると。


「あ、翔くん、急にごめんね」


 そこには、先ほどキスをして別れたはずのコト姉が立っていた。


 ソワソワした様子のコト姉に聞く。


「どうしたの? 忘れ物?」


「いや、そーじゃなくて……」


 困ったような顔をして、視線を逸らす。何かあったのだろうか。そう心配していると、観念したように息を吐き。「ごめん!」と手を合わせた。


「急なんだけど、今日泊めてもらってもよろしいでしょうか?」


 ……え?

 

 家の前に停車している車のハザードランプが、やけに光って見えた。



「なるほど、家の鍵をねぇ」


「うん、学校とか喫茶店には連絡して見たんだけど、ないって」


 シュンと肩を落とすコト姉。どうやら自宅の鍵をどこかに落としてしまったらしい。家に帰ってからそのことに気づいて、学校と喫茶店に連絡をしてみるも、現状は見つかっていない。


 はぁ、とため息を吐きだし、


「どうしよ……」


 そう、力無くテーブルに突っ伏す。ココア色の髪の毛がテーブルに広がった。


「とりあえずやる事はやった訳だし、あとは見つかるのを待つしかないな」


「……うん」


「まぁ、そういう日もあるって。とりあえずシャワー浴びてきなよ、着替えはこの前みたいに俺のでよかったら貸すから」


「ありがと」


 そう呟いて顔を上げる。


「優しいね」


 そうやんわりとした笑顔を見せると、廊下の方へ向かっていった。


 まぁ、なんていうか、そういう大事なものをなくすのは、昔とあんまり変わってないな。


 まだ俺が幼い頃、確かコト姉が大切にしていたお守りを、一緒に探したっけ。


「とりあえず、なんか作るか」


 キッチンに立ち、フライパンにオリーブオイルをたらすと、AHの電源を入れた。



 

「美味しかった〜! ご馳走様、翔くん」


 二人で向かい合って、ご飯を食べた。卵焼きと、豚キムチ炒めという、シンプルなものしか作れなかったけど、コト姉は喜んでくれたらしい。


「なんかもっと凝ったもの作れれば良いんだけど、俺にはそれくらいが限界だわ」


「ううん、すごく美味しかったよ。豚キムチって味噌使うんだなーって、初めて知ったもん」


「そっか、そう言ってくれるならよかった」


 お互いの食べ終わった食器を集める。


 すると、コト姉も立ち上がり「せめて食器ぐらいは私が洗うよ」と、自分の食器を持った。


「いいよ、コト姉仕事で疲れてるだろうし、ゆっくりしてて」


「んー、でもなぁ、急に無理言ってるのは私だし……」

 

 腑に落ちない表情。きっと話を続けていても平行線のままだろう。


「じゃあ、食器拭くのだけ手伝ってもらって良い?」


「うん」


 そうしてキッチンに、2人で立つと、肩を並べて食器を洗った。


 白い食器を持つ細い指が、なんだか綺麗だなって思った。

 



 時刻は22時半。ソファに座って眺めていたテレビにも勢いがなくなってきた頃、


「ふぁ〜……ん」


 コト姉が小さくあくびをする。


 まぁ、俺と違ってコト姉は仕事で教師をやっているわけだし、それに教師の朝は早いと聞いたことがある。


「もし眠いなら俺の部屋使って良いから」


「……ん、ありがと」


 そうボソリと呟き、トボトボと廊下の方へ歩いていく。


 ゆっくりと階段を登る足音が2階で止まった。


「俺もそろそろ寝るか」


 さすがに麻耶の部屋を使うのは抵抗があるので、リビングの電気を寝るとそのままソファに横になる。


 薄暗い部屋。ゆっくりと落ちていく意識の中で、麻耶のやつ、葵に迷惑かけてなければ良いけど……。そう思いながら、目を瞑った。


 

「ね、目、瞑って」


 オレンジ色の光が差し込む部屋、光に照らされてキラキラと浮かび上がる埃。


 制服姿コト姉に、きっとこれは夢なんだと気づいた。


 でも、それとは関係なく、俺はそっと目を瞑る。


 トクトクと早くなる心臓。近づくシャンプーのいい香りに、この後の展開は予想がついた。


 その夢は、俺とコト姉が初めてキスをした、あの日の夢……。




 んっ……。


 艶やかな鼻息と共に、しっとりとした唇が重なる。


 俺と同じ匂いのシャンプー。ぬるりとした舌が唇を割って歯をなぞる。


 なんか妙にリアルな夢だな。


 ……。


「っ!」


 うっすらと目を開けると、コト姉と目があった。


 制服姿ではなく、俺が貸したパーカー紐がたらりと垂れている。


 ゆっくりと唇を離すと、コト姉の口から伸びる唾液が、俺の唇に垂れるのを感じた。


「……翔くん」


「コト……姉? 何してんの?」


「……ごめん、我慢できない」


 甘い吐息をもらし、また唇を重ねる。


 ぬるぬると、ねちゃねちゃと、水音を立てて動く舌に体が反応し始める。きっとコト姉もそれに気がついたのだろう、優しくそれに触れると、


「んっ……翔くんも反応してしちゃうんだ」


「……ダメだよコト姉、そんなこと……」


 言葉を遮るように唇が重なり、じんわりとした甘い快感が、頭から抵抗力という言葉を奪っていく。


 じんわりした体温と、絡みつく舌。


 お互いに心臓を早めて、興奮して。


「はぁ、はぁ……ね、翔くん、あの時の続き、しよっか」


 ゆっくりと下着を脱ぐ。


 白くて綺麗な太ももには、透明な液体が筋を引いていた。

 

 その日俺は。



 第34話  幼馴染みとセックスした。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る