第188話 世界に叛逆するネットTV配信⑧-ジャバウォックの倒し方-

「それでは裁判を始めましょう。理不尽な裁判を」


 真宵アリスの宣言によってステージが裁判所に変わる。

 燃えたはずの不思議の国のアリスの裁判映像だ。

 玉座にいる真宵アリスが裁判官。左側には赤と白のクイーン。右側には不機嫌そうなハートの女王。陪審員席で臣下のように控えていた。

 そして証言台に立っているの黒い人型だった。


『俺はやってない。俺は悪くない。なんで俺だけ……』


 目も鼻もなく、顔は浮かぶのはブツブツと呟く口だけ。

 人型の輪郭は黒いもやに包まれていて正体がわからない。時折脈打つように妖しく輝き、罵詈雑言の紅い文字が全身の血管を駆け巡っている。

 言語の混沌。悪意の表層。偏狂的な言論の具現化。わけのわからないことを垂れ流す怪物。様々な呼ばれ方があるが正体はわからない。

 ゆえにその全てが無意味なものと切り捨てられることさえある。

 その怪物の名は『ジャバウォック』と呼ばれている。


「さてジャバウォック。ここでは私がルールです。弁論の機会は与えません。評決の必要もありません。判決を言い渡します」


 ジャバウォックはケタケタと笑う。

 嘲笑か自暴自棄か。顔がないのでそ判断もつかない。

 真宵アリスは鞘から脇差の風切り羽をゆっくりと天に掲げる。

 そしてジャバウォックに切っ先を向けた。


「さあジャバウォックの首をはねよ!」


:またステージが変わった

:不思議の国のアリスの裁判所か

:いつの間にかアリスがハートの女王と赤と白のクイーンを従えてる

:証言台にいるのはジャバウォック?

:女王を従えているからアリスはエンプレスだな

:エンプレス?

:女帝

:早速トレンドに真宵の国のアリスと処女帝アリスとか呼ばれ始めてるw

:ネットがジャバウォックか

:原作だと歌に出てくるだけで正体不明の怪物だからな

:本当に理不尽www

:でもそれだけのことをやっているからしゃーない


 アリスの勅令。

 次の瞬間、ステージを埋め尽くすほどのトランプ兵とチェスの軍勢が現れる。

 兵隊達は剣や槍やハンマーなど各々様々な武器を掲げて、ジャバウォックに襲いかかっていく。

 ジャバウォックの笑みが大きくなる。口だけの笑みが割けていき、その中から怪物が吐き出された。元の人型は消え失せた。

 ナマズのような大きな顔に長い触覚。裁判所いっぱいに広げた巨大な蝙蝠羽。滑り気を帯びた漆黒の身体は細長く顔や羽とのバランスが非常に悪い。

 なんともおぞましい風貌だ。


『俺はやってない。俺は悪くない。なんで俺だけが捕まる。全部あいつが悪い。あいつって誰? とにかく俺のせいじゃない』


 口から漏れるの他に責任を押しつける言葉だけ。

 跳びかかったトランプの兵隊は蝙蝠羽に弾き飛ばされた。ポーンの兵隊も細長い胴体を捉えきれない。

 無論全ては劇の続き。投影された映像だが一人だけ実態がある。


「抵抗は無駄です」


 ジャバウォックが裁判所の外に飛び立とうとするが、上空から白と赤のナイトがグリフォンに乗ってランスで打ち据える。トランプのジャックがジャバウォックに鎖を括り付けて、ルークが重しとなってジャバウォックの動きを封じる。

 そして真宵アリスは玉座から駆けていた。

 ステージに仕掛けられたロイター板。本日二度目の大跳躍。高さは三メートルに届くだろう。

 闇に守られたジャバウォックの首を、桜色に光り輝く刃で切り裂いた。

 ジャバウォックの首が地面に転がり、裁判所は喝采に包まれる。

 女帝自らが行った処刑に赤と白のクイーンもハートの女王も拍手喝采。

 兵隊達も武器を掲げて勝どきを上げていく。

 

 正体もつかめず形のない怪物であるジャバウォックを狩った。

 見事にプロモーションを成功させた。

 劇として大円満の中で、真宵アリスはイヤホンに耳を傾けていた。

 困惑している。


「はい……はい。えっ? そんなにですか……わかりました」


:兵隊が現れた

:ステージ上で繰り広げられる大スペクタクル

:今回の舞台は技術的にかなり大がかりだよな……無料配信でいいのこれ?

:スタージャム自体がマイナーだからな

:アリスがまた跳んだ

:刀自体が光ってないか?

:真宵アリスは光の斬撃を放ち闇を切り裂いた

:大円満だな

:今更だけどスタントも仕掛けも使わずアニメーションと同規模で人間が跳び回ってるのおかしい

:衣装も含めて映像の中に完全に溶け込んでいるからな……投影映像被りもないし

:やめろ……そこに気づいてはいけない

:真宵アリスはVTuberだから当然だろ

:今日は実写生配信のはずなのにバーチャル扱いされてるの草

:あれ? なにか喋ってる


 マネージャーからのホットライン。

 生配信中ということもあり、情報は即座に入る。

 元々の期待値が高くなく、備えていなかったという理由もあるが、ネット番組スタージャムは視聴制限がかかるほどに大盛況。同時に配信されている虹色ボイス公式配信も驚異の同時接続数を記録している。

 つまりどの回線も悲鳴を上げている。嬉しい悲鳴ではない。ここで落ちたら全てが台無しになるので本物の悲鳴だ。

 それほど反響があったことを意味するが、同時にお叱りの意味もあった。


 やりすぎだと。

 劇もひと段落ついたので、すぐに内幕を説明したほうがいい。

 特に一人のVTuberの命令で検察を動いているような物言いは非常にまずかったらしい。各方面に問い合わせが殺到しているのだとか。

 この配信は夜に開始だ。窓口はもう閉まっているし、緊急用の細い回線なんてすぐに埋まってしまう。事態の収拾をつけるのは舞台に立っている真宵アリスしかいない。

 あとで事務所から書面での発表があるだろう。検察からの発表もあるかもしれない。

 普通ならばトラブルにより、配信を中断する事態かもしれない。演者が矢面に立つべきではないと。

 けれどこの程度のトラブルはショーの幕を下ろす理由にはならない。

 だから配信も止めない。

 観客がショーに集中できるように笑顔で対応するだけ。


『The Show Must Go On』


 真宵アリスは座右の銘を裏切らない。

 桜色に光ったままだった刀身の輝きを消して、風切り羽を鞘にしまう。

 そして空気を変えるために柏手を打った。


 ――パンッ!


 邪気を祓う破裂音。

 ステージ上に投影されていた映像が消えて舞台が明るくなる。


「さて過激な歌劇は以上となります。本当はここで一曲入れて大円満で演目としての真宵の国のアリスは完結。そこから新曲発表にメドレーと歌番組らしく展開するのが今日のアリス劇場の予定でした。しかし今マネージャーから連絡がありました。問い合わせが殺到しているので、ちゃんと説明の時間を設けて落ち着けた方がいいと。続きはお話のあとです」


 いくつものまとめサイトが落ちた程度ではここまでの反響はない。

 原因はVTuberをよく思っていない配信者のゲーム配信らしい。配信中に検察が訪問したことで一気に広まったのだとか。

 完全に想定外。偶然は怖い。でも人生はそんなものだと切り替える。

 別に種明かしはたいした内容ではない。後ろ暗いこともない。

 ちゃんと話せば理解できる内容だ。


「どうも『私は今日この日のために国を動かしました』という発言が少し問題があったみたいですね。嘘はありませんが語弊がありました。当たり前ですが『今日この日に合わせて検察に動け』なんて命令はできませんよ。もちろん事務所からは被害届を出していますけど。今回の騒動は検察からの協力要請から始まっています」


 あれは怒りに任せてジャバウォック退治の劇を準備しているときだった。

 被害届を出して、クソコラ画像を消してもらい、悪質な人には弁護士を通じて対応する。そんな正攻法を待てずにいた。

 だから顔出し生配信して真摯に訴えようとした。屈しない姿勢を見せようとした。届く人だけに届けばいいと思っていた。

 そんなときに中学時代にお世話になった婦警さんから問い合わせがあったのだ。

 情報提供の要請。そして検察が動くことで私の名誉が傷つけられる可能性があるので、事前に話しておきたかったらしい。


「検察との会話は明かせません。ですが皆様は今日の配信の冒頭を覚えていますでしょうか? 怪物の箱十七段。段数は私の年齢に合わせてます。この意味わかりますよね? 私はまだ未成年です」


:アリスが話してる

:トラブルでも起こったか

:視聴者制限かかっているしもしかして中断?

:刀をしまった

:あの刀ずっと光っていたよな

:パンッ!

:いい音だ

:本当によく響いたな

:アニメーションが完全に消えた

:えっ……終わるの?

:よかった続くのか

:マネージャーの言葉がアリスに届いただと!?

:生配信でよく出てくるマネージャーw

:あー検察を動かしたで問い合わせがいったのか

:逮捕者も出ているみたいだしそりゃあ注目も浴びるよな

:冒頭?

:怪物の箱www

:世界記録対とかインパクトでかいはずなのに忘れかけてたw

:衝撃の連続で押し流される記憶

:いつものアリス劇場だな

:十七段

:つまりアリスは十七歳で未成年

:あ……そりゃあ検察が直接動くか


 未成年。

 その言葉の意味するところ非常に大きい。

 非常に大きいがまだインパクトが足りない。

 ただ未成年のVTuberの個人情報がばら撒かれたから検察が動いた。この程度の衝撃ではすぐに忘れられてしまうだろう。

 だから皆の脳裏に刻み付けられるように強烈なワードを添える。


「児童ポルノ禁止法。これは名誉棄損や肖像権侵害のような被害者が訴える必要がある親告罪ではありません。検察が直接動くことが可能な非親告罪です」


 ネットの動きは非常に早い。名誉棄損や肖像権侵害のような親告罪に対して、訴訟にかかる労力などを天秤にかけて被害者が泣き寝入りしてしまうケースが多い。

 だから今もネットでは誹謗中傷が横行している。

 この程度では訴えられないだろう。加害者側も計算して蕩いている。

 でも非親告罪であれば、被害者の訴えがなくても検察が動くことができる。


「もちろん単純所持だけでは逮捕には至りません。未成年者への性的な興味という条件がありますので。けれど今回はクソコラ祭。つまり未成年の写真とアダルト画像と合成してネット上に拡散させました。……拡散させちゃったんです」


 検察が動く理由はこれで十分だろう。

 だが足りない。火力とインパクトが足りない。この程度ではばら撒かれた画像がネットに残ってしまうかもしれない。

 だから更なる燃料を投下する。

 ネット上から画像を焼き尽くすために。


「なによりクソコラに利用された画像も問題でした。あの画像は私の小学生のときの写真です。つまりクソコラ祭していた人たちは小学生女児の写真を様々なアダルト画像と合成して、いかがわしい画像を量産して、ネット上に拡散させたわけです」


 未成年でも仕事して活動しているVTuberの実写画像でクソコラを作った、と言われても悪質ないたずらと流す人はいるだろう。

 けれど小学生女児の写真でアダルトな合成画像を量産して拡散しました。

 そう言われて事態の重さを理解しない人は少ないのではないだろうか。


:児ポ禁に抵触したか

:親告罪と非親告罪

:なるほど……勉強になる。

:親告罪だから相手が泣き寝入りする前提で誹謗中傷が横行しているんだよな

:どうせ訴えられないだろうとイきり倒している奴いるよな

:訴えられなかろうとデマや誹謗中傷は犯罪行為なのに

:捕まらなければ犯罪じゃない精神なんだろ

:非親告罪だから検察が直接動いたか

:単純所持は……と思ったけど拡散すればそりゃあアウトだな

:児童ポルノをネットで拡散しておいて性的興味ないからセーフとはならないよな

:……え?

:マジか

:小学生はヤバい

:完全にアウト

:配信に出ている今の顔が童顔だから画像と見比べてもわからないけど小学生の頃なのか

:コメント欄にも小学生女児の写真を違法入手している奴が釣れたぞ

:通報しました

:通報だな

:今書き込んだ奴と同じように焦っている人多そう


「検察は事態を重く見てます。動かなければいけない。けれど逮捕者が出れば私の名誉が汚されかねない。だから事前にうちの事務所に話を通してきました。一人の特定の人物を被害者とした検察による児童ポルノ禁止法の大規模検挙は日本初らしいですからね。被害者ではありますけど不名誉な称号には違いない」


 検察の横暴や越権行為ではないか、などとマスコミにも叩かれる。したり顔で被害者の名誉にも触れられるだろう。

 だからあえて配信中に断言しておく。


「けれど私は自分の意志で情報提供しましたし、大々的にやってほしいとお願いしました。ネット上にばら撒かれた私の画像が消えるならそれでいいと。これは私がVTuberであることも大きいでしょうね」


 リアルで活動している芸能人ならばここまでできないだろう。

 過去をタブー視するようなもの。不名誉な称号がそのままのしかかってくる。

 けれどバーチャルの世界で活動するVTuberには、現実の写真が拡散されている現状の方が許しがたい。バーチャルに引きこもらせて欲しいのに。


「こんなことがなければ私は配信で顔出しする気もなかった。顔出しするのも本日限定です。今後も実写で活動する気もないですし、今日の舞台ではやりたいことを思う存分やっています。もうやりきったからリアルはいいや、と言い切れるように。だから盛大に捜査していただき、ネット上から私の画像を駆逐する。タブーにする。目指せリアル出禁!」


 先輩方のように現実の活動には興味がない。

 今日だって無観客のステージだから舞台に立てるのだ。

 有観客では人の視線が集まるのが怖い。インドア派の真宵アリスにはアウトドア派は無理だ。

 だから全力で引きこもれる環境を作る。真宵アリスを現実に出してはいけないと言われるほどに徹底的にやる。


「検察がどこまで動くのか知りません。非親告罪ですからわかるはずもない。けれどアダルトなクソコラ画像作ってばら撒いた方。ざまあみろです。アダルトではないクソコラ画像をばら撒いた方。その元画像は小学生女児の児童ポルノ画像ですよ? 削除しなくていいんですか。ばら撒かなくても面白そうだからと画像を保存した方。肖像権侵害ですよ。それに見ず知らずの小学生女児の画像を後生大事にデータとして保持し続けますか?」


 訴えかけるように客観的な事実をあげていく。

 虹色ボイス事務所も肖像権侵害と名誉棄損などで被害届は出しているが、成果が出るのは先のことだろう。

 でもその前にネット上にばら撒かれたから画像を全て消す。

 真宵アリスは笑顔で恐怖を刻みつける。


「わかったら今すぐ違法な画像を消しましょうね」


:検察が事前に話を通すほどの規模

:児童ポルノ禁止法も色々あったからな

:顔出して活動している芸能人には不名誉な称号の方がデメリットでかいかもな

:VTuberで活動するならリアルの情報をばら撒かれている方が邪魔化

:目指せリアル出禁www

:え? 実写でこれだけできるのに活動する気ないの?

:もったいない

:それは本人の自由だろ

:ざまあみろwww

:見ず知らずの小学生女児の画像をデータに持っているやつ見たら引くわ

:肖像権侵害だよな

:ここまで配信で大々的に違法性を指摘されているのに消さない奴いるの?

:……消しました……お願いだから訴えないで

:サーバー管理者が児童ポルノ拡散で捕まっているならデータ取られているだろうな

:どこまで検察が捜査するかわからないけど一つだけわかることがある

:なに?

:今後ネット上で真宵アリスのリアル画像はタブーだしあげている奴は即通報される

:ワロタ



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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 この作品は毎週金土18時に1話ずつ、週2話更新を目指しています。

 来週は4/21(金)に1話更新。4/22(土)に1話更新の予定です。


 この話を考えたのは一年と五カ月前。

 初期プロット通りです。

 あのときはここまでが限界でした。

 今ならもう少し踏み込めるのかな?

 VTuberに対する誹謗中傷の裁判結果も出たので。


 個人的にはバーチャルで活動する人の個人情報を守る新法でもできたらいいなと思っています。

 でもできないのでしょうね。

 誹謗中傷もなくなってないですし。


 親告罪と非親告罪。

 親告罪だと泣き寝入りするケースが多いのが現状です。

 だから非親告罪で裁くために主人公の年齢を未成年で始めました。

 本当は企業勢なので成人していないと募集要項に引っかかるケースが多いんですけどね。


 裏設定としては一期生が未成年で声優デビューしていたので、未成年のVTuberも虹色ボイス事務所は認めている。

 など色々と設定を組んでます。


 次話は派手に歌ってパフォーマンスで暴走しまくって配信回を終わらせます。


 以上、応援や評価★お待ちしてます。

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