第187話 世界に叛逆するネットTV配信⑦-抜刀! 風切り羽-

 女王然とした真宵アリスは挑発的な笑みをカメラに向けた。

 いつも配信を見ているリスナーも知らない表情。本日が初公開のサービスカット。ただしそれがいい意味であるとは限らない。


「さて改めて名乗り直しましょう。虹色ボイス三期生。すでに世界に叛逆している暴走型駄メイドロボ真宵アリスです。私の過去はいかがでしたでしょうか? 初対面の方にも今日で知っていただけたと思います。それでは現在のことも知ってもらいましょう」


 笑顔を振りまき終えると、ケープをなびかせて配信カメラに背中を向ける。

 いつの間にかステージ上に玉座が用意されていた。サイズはアリスに合わせて小さめ。赤いクッションと黄金の装飾が施されている。

 玉座のもとに駆け寄る真宵アリス。座るためではない。勢いよく跳び上がり、ひじ掛けの上に両足を着地させた。そして後ろ姿を見せたまま、懐から取り出した紙を上空に投げた。


 ひらりと舞い落ちてくる一枚の紙。

 モザイクのかかった肌色の多い画像が印刷されており、その画像の上にはデカデカとした豪快な文字で『クソコラ!』と殴り書きされている。

 背中を向けていた真宵アリスは振り向きざまに、腰に携えていた宝刀を抜き放った。


 速すぎる抜刀。軌跡をカメラがとらえきれていない。でも結果だけは誰もが理解した。

 宙を舞っていた紙が二つに分かたれる。斬った。抵抗を感じさせず、音も立てず、宙を舞う紙を抜刀の一撃で斬り裂いたのだ。


 カメラが真宵アリスを捉えたときには、すでに居合切りを放ったあと姿勢で固まっていた。

 右手に握られた脇差。銘『風切り羽』が真宵アリスからは右上の方向に。テレビ画面では左上に向かって伸びている。

 二つに分かたれた紙が地面に落ちるのを確認すると、真宵アリスは抜き放った風切り羽を鞘にしまった。


 真っすぐにカメラを見据えて仁王立ち。

 いつの間にかショートカットだった髪型も変わっていた。

 抜刀直前にエクステンションを装着しただけ。一瞬早業だ。それだけで印象が異なっていた。

 腰まである編み込みロングヘア。

 先ほどまで幼さを残した風貌だったのに、今はどこか大人びた高貴な風格を宿している。

 変身を遂げた真宵アリスは玉座のひじ掛けを両足で踏みしめたまま、胸を張って腕を組む。

 そして全ての視聴者に言い放った。


「『誹謗中傷を許すな!』『流言飛語に厳罰を!』『個人情報の保護を!』『ネットでなにをやってもいいと思うな!』『VTuberに人権はないのか!』」


 同じ文言。

 先ほどプラカードを掲げながら放ったばかりの言葉。

 それなのに印象がまるで異なっていた。

 高圧的なのに気品が感じられる声色。圧倒的な声量でステージを震わせて、カメラの向こう側さえも支配した。ネットテレビの視聴者が思わず唾を呑むほどの覇気が放たれている。

 もう誰にも届かないシュプレヒコールではない。心して聞け。胸に刻みつけろ。

 それは女王陛下の勅令だった。

 真宵アリスの瞳が妖しく輝いている。


「こんなことは常識ですね。スタージャムを見ている視聴者様はわかってくれている。あえて言わなくていいのかもしれない。でも! あえて言わなくてはいけないことってありますよね」


 笑顔だ。

 笑顔を浮かべているのに威圧される。

 こんな姿は見たことがない。見たことはないが、慣れているリスナーは本能で理解した。

 すでに真宵アリスは暴走状態だと。


:……アリスが笑っている

:あれ? 可愛い……可愛いのにゾクッとした

:今晩こんなに冷えたかな

:名乗りがすでに世界に叛逆している?

:なにしているのかわからないけどアリスは本当になにするかわからないから怖い

:宣言してたけど今日のアリス……怒っているよな

:玉座だ

:って座らないんかい!

:モザイクが見えた

:クソコラ?

:あのクソコラエロ画像わざわざ印刷したのかw

:今……なにしたコイツ?

:あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

:一瞬の出来事だった……アリスがいつ振り向いたのかもわからねえ

:気づいたら背中の見せていたはずのアリスがカメラに向かって刀を抜き放っていたんだ

:そして宙を舞っていた紙が二つに分かれた

:な……なにを言っているのかわからないと思う

:俺もなにをされたのかわからなかった

:頭がどうにかなりそうだった……いや本当に理解できないし髪型はいつ変わったの?

:アリスの姿勢と斬られた紙を見ればただの超スピード居合切りだな

:なんだただの超スピード居合切りか……ただの?

:……思わず首を撫でた

:真宵アリスの恐ろしさの片鱗を味わった

:ロングヘアも似合うな

:以前刀を使えるとは配信で言っていたけど宙を漂う紙を切れるレベルとは思わねーよ

:VTuberがリアルで曲芸抜刀術を披露するなwww

:あの刀は飾りじゃなかったのか

:本物だな

:長さ的に脇差

:女王アリスの降臨

:さっきと同じはずなのに言い方でこうも変わるのか

:本当にアリス劇場

:逆らったら殺される(刀で)

:世界に叛逆している暴走型駄メイドロボが本当に暴走してる


「現在、私の身に起こっていることを知らない人も視聴者の中には当然いますよね。簡単に説明しますと、誹謗中傷やデマの被害を受けています。それも粘着質な。どうも主犯の方が私の通っていた学校の関係者らしく、元恋人などと詐称して、私の個人情報をばら撒いていたらしいです」


 真宵アリスはニコリと笑う。

 有無を言わせない。あらゆる反論を許さない。

 絶対なる否定の笑み。


「そのデマは誰も信じないほど荒唐無稽だった。矛盾だらけだった。私が高校に通えなくなった時期の学校の話も普通に混じっていた。私のことをよく知らないとバレバレでした。指摘されるとさらに嘘を重ねる。面白がりはしても誰も信じない」


 デマと誹謗中傷だけなら相手にもされない。

 厄介なのは真実が混じっていることだ。


「しかし、ばら撒かれた学校名や私の本名は本物。内容は誰も信じてないけど、本物の個人情報とともにデマをばら撒いている。悪質ですよね。すぐに虹色ボイス事務所は動いて対処してくれましたよ。対処してくれましたけど被害が拡大しました。さっき私が斬り捨てた紙のせいです」


 再び刀を抜き放ち、モザイクだらけの紙を指す。

 肌色比率が非常に多い紙がカメラに映される。


「クソコラ祭。追い詰められたその人は、どこからか入手した現実の私の写真とアダルト画像を合成してばら撒き始めました。私とのベッドシーンを捏造しようとしたらしいです。けれど入手した私の写真は解像度が悪かった。どうやってもコラージュが浮いてしまった。いわゆるクソコラです。本当なら誰も信じないし、無視されるだけ。虹色ボイス事務所の対応で誹謗中傷も終わるはずでした。……けれどそうはならなかった」


 苦々しく笑う。

 笑顔の裏に怒りの炎を燃え滾らせて。

 見る人にちゃんと怒気が伝わるように。


「なぜかそのクソコラっぷりがネット民にウケたらしいです。急激に拡散しました。そして私の画像を用いた新たなるクソコラ画像を大量生産される祭に発展した。今ではアダルトだけではなく宇宙ネコバージョンなどバリエーション豊富なラインナップらしいです。すでに多くのまとめサイトにネタとして張られるほどになってます。……馬鹿げていますよね?」


 コテンと首を傾げる。

 たったそれだけの動作だったのだが、コメント欄には『イエスユアマジェスティ!』の文言が並ぶ。

 視聴者もこの短時間で逆らってはいけない相手だと理解したようだ。


「ネット上のデマとは厄介なもので経緯を知っている人は信じません。でもずっとネット上には残ります。そして月日が経ち、なにも知らない人が見る。すると信じてしまうケースも多いんです。経緯を知らないから。そのため過剰反応と思われても、対応しなければならない。しかし一度出回った画像を全て消すことは困難です。ネットの消せは増やせ。そんな格言があるほどに厄介です。だから私は今この場を借りて伝えましょう」


 真宵アリスは納刀し、大きく息を吸った。

 そして配信を通じて全ての人に届くように宣言した。


「私は! 処女だぁぁあぁぁぁーーーーーーっ! ベッドシーンの写真なんて存在するかぁーーーーーーっ! ホテルのチェックインの方法すら知らんわアホォォォーーー!」


 魂の処女宣言がステージを飛び越えて、ネットテレビの波に乗り、全国に行きわたる。

 言い放った真宵アリスはスッキリした表情を浮かべる。


「私の過去はさっき見ていただいた通りです。恋愛とか入り込む余地ありましたか? ないですよね?  わかりますよね? しかも過去のトラウマで私は男性苦手ですよ。仕事で関わることもありますけど、距離取ってます。基本的に人見知りなので壁も作ってます。なにか文句ありますか?」


 突然の事態に誰もなにも反応できない。

 唖然としてコメント欄の流れも止まっている。圧倒的なまでの暴走劇だった。

 けれど真宵アリスは止まらない。

 ここは女王の独擅場だ。

 ショーの幕を下ろすことは誰にも許されていない。


「こんな宣言をネットテレビ上でしたところで、クソコラ祭などをした人達には届かない。格好の餌。絶好の玩具が現れた。そうやって意気揚々と私をネタする。誹謗中傷の拡散に加担する人はそういう人達です。私はわかってます」


 一度はネット冤罪で潰された。

 だからその言葉には重みがあった。ネットの性質をよく理解している。

 それなのに笑顔が曇らない。


「けれど今回はさせません。いつまでも安全圏があると思わないでください。さっき報告を受けました。すでにいくつものまとめサイトが停止していってます。書き込む場所も残しません。あと今からソーシャルネットワークサービスに画像を載せることもオススメしません。被害が拡大しますよ。すでに私の叛逆は始まっている。スタージャムの配信とともに世界は変化してます」


 すでに現実世界に影響を与えている。

 その言葉は配信に意識を集中させていた視聴者の思考を、現実に向けさせた。

 真宵アリスの最大の武器は槍や刀ではない。

 歌や演技でもない。


 言葉だ。


 どのように言葉を伝えるべきか。どのような言葉が届くのか。どうすれば相手に理解してもらえるのか。

 ずっと考えていた。

 出した結論は視聴者の反応や空気感を想定し、誘導し、勢いだけ押し切ること。

 デビュー配信のときも収益化配信もそうしてきた。

 言葉による劇場型配信の構築こそが真宵アリスの最大の武器だ。

 普段はリスナーを楽しませるため、驚かせるために用いていた武器。それが今回は世界への叛逆に用いられている。

 下剋上。安全圏にいると思いこんでいる人達が断罪できるところまで下ろす。


 そのためには事前に仕込みは欠かさない。やりすぎなほどに過剰に仕込む。

 最初の演出から全ては視聴者の思考を誘導するために組まれている。デマを否定し、ネット冤罪について考えてもらうために自分の過去を伝えた。

 この発表をするためにプロモーションで変身した。


 最初から強気に訴えかけても、インパクトは弱かっただろう。

 だから一度目で弱さを見せた。やっぱりなにを言っても無駄だとあえて認識させたのだ。

 過剰な演出を施した二回目の訴えで、全ての印象を塗り替えるために。

 

 真宵アリスの仕込みは配信内だけではない。

 ショーの外側にあるはずの現実で変化を起こしたのだ。少し調べればわかる現実として、すでにいくつものまとめサイトが閉鎖された。

 配信外への波及。現実への干渉。自分の身にも降りかかるかもしれない。そんな可能性が頭によぎる。

 一度頭を過ぎればもう他人事ではいられない。安全圏にいるとは思えない。

 それは本物の恐怖を生む。


 ここまで作り上げた舞台だ。

 次になにを言えば最大級の爆弾となるか。

 全てを想定している。


 配信の外側に届くように。

 直接ネットの住民に伝わるように。

 今回の件を許さないと必ず理解してもらえるように。

 自分達がなにに攻撃したのがわかってもらえるように。

 だから真宵アリスは今日一番の優しい笑みで残酷に告げた。


「……国が動いてます。私は今日この日のために国を動かしました。クソコラ祭をしていた方達に告げます。下剋上はなされましたよ。高みの見物はおしまいです。あなた達はすでに私の間合いの内側。刃が届く場所に落ちています」


 一度幕の上がったショーを途中で止めることは許されない。

 バーチャルとリアル、フィクションと現実の境界線が曖昧になっていた。

 誰も見たことのない舞台。

 真宵の国のアリスという名のショーは加速していく。アリス劇場は止まらない。

 視聴者どころか舞台の外側にあったはずの現実を巻き込んでいた。


 ネットテレビ番組スタージャムは凄まじい勢いで視聴者数を集めていた。

 真宵アリスの言動がソーシャルネットワークサービスを通じて拡散する。すでにトレンドワードはアリス劇場関連で席巻されていた。

 ネット上はお祭り騒ぎだ。


 その裏でスタッフもサーバー落ちの危機と奮闘中していた。

 ショーの幕を下ろせない。

 真宵アリスの暴走は誰にも止められない。


:この子が誹謗中傷を受けてるの?

:胸糞悪いことに事実だな

:……個人情報なんで書けないけど俺も高校名と名前見たな

:でもVTuberだし珍しいことじゃないだろ

:それで済ましていいことじゃないんだよ

:しかも個人情報だけじゃない

:クソコラ祭とかさ

:顔写真もばら撒かれて

:マジで最悪

:今ではも実写宇宙ネコアリスとかかなり出回っているからな

:だから今日顔出ししたのか

:元の写真は画質悪いけど今の映像と見比べてみると本人とわかるからな

:お前持っているのかよ

:すまん宇宙ネコアリスは面白くて保存してた……すぐ消す

:こんな奴もいるから

:ネットは本当に悪質

:一度出回った画像は消えない

:……えっ?

:処女?

:え? 今アリスなに言った?

:処女宣言

:まさかの

:いや確かに過去を見ればわかるけど

:わざわざ言わなくても

:ユニコーン大歓喜

:こんなことを言うとネタにされるぞ

:まとめサイトが停止した?

:……マジでサーバーエラー表示なんだが

:一つだけじゃなく?

:同時にこんなに潰せるのか?

:つぶやき便でデマ流してたアカウントがなくなったんだが

:虹色ボイス事務所が動いた?

:事務所が動いたぐらいでこうはならないだろ

:真宵アリス関連の画像を投稿していたアカウントがまた消えた

:本当にどうなってるの?

:国?

:そっか……国か

:普通に考えてVTuber一人のために国が動かないだろ

:今は女王だから

:処女王アリスw

:アリスが女王になったから国が動く……のか?

:クソコラとかしてた連中が本気でパニックに陥っていて笑えるw

:マジで警察から連絡きたらしいな

:冒頭の下剋上はただ一体感を生むためだけじゃなかったのか

:ゲーム配信中に警察が来た配信者がいるんだが

:見てたw

:そいつアリス以外にも色々な人に火付けして訴えてみろよとか煽ってる常習犯だろ

:訴えられた?

:いや配信が途中で途切れたけど自宅に押し入られて現行犯逮捕らしい

:マジで国が動いてるのか……え? マジで?


〇-------------------------------------------------〇

 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 ついに脇差の風切り羽が配信に登場しました。

 ずっと登場させたかった脇差です。

 まだ活躍します。


 一応、種も仕掛けもあります。情報は全部出していましたし、ここまでの展開は皆様も予想できていた……はず?

 ちゃんと女王にプロモーションしてから国を動かしてます。


 蛇足かもしれませんがなにが起こったのかは次話ジャバウォックの倒し方で解説します。


 以上、応援や評価★お待ちしてます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る