第161話 リズ姉とコラボ回③-尼さん病院送りとイップス-

 リズ姉が思考停止してしまった。

 足をブラブラさせながら真宵アリスは淡々と続ける。

 どんな非日常も慣れれば、ただの日常だと主張するかのように。


真宵アリス:「師匠は朝とても弱いんです。知っていると思いますけど」


リズ姉:「ええ……うん……それは知っている。寝坊の常習犯で配信途中で寝たとか色々と伝説があるわよね。碧衣リン先輩は」


真宵アリス:「寺生活は早寝早起きの規則正しい生活が基本です」


リズ姉:「でしょうね」


真宵アリス:「師匠が自力で起きることは寺で銃撃戦が始まってもあり得ない。寝たまま徹底抗戦を始めて、途中で起きるのが師匠ですから」


リズ姉:「……否定できない。以前寝たまま配信を始めて、配信途中で起きたことがあったし」


真宵アリス:「そんなわけで二日目の朝、尼さんに叩き起こされるのは必然でした」


リズ姉:「まさか寝ぼけて尼さんと徹底抗戦したの?」


真宵アリス:「さすがにしません。でも師匠は凄く寝相も悪いんです。起きたら枕と頭が逆位置とか、よくあることらしくて」


リズ姉:「年齢一桁の子供か!」


真宵アリス:「あともう少しで正位置に戻れる六百六十度回転のときは、ヴァニラ先輩も『あともう少し頑張れ!』と思ったそうです」


リズ姉:「おしい! ……って聞き逃しそうになったけど一回転したあとにもう一回転しようとしたのね」


真宵アリス:「寝ているときに師匠の足癖が悪いことはご理解いただけたと思います」


リズ姉:「そうね。回転するということは足が動いている証拠だろうし」


真宵アリス:「そのせいか誰かに起こされようとすると、水平蹴りを放つ癖があるみたいで」


リズ姉:「水平蹴り?」


真宵アリス:「ベッドは高さがあるので太ももや腰などミドル気味に水平蹴りが来ます。和室の床布団だと足払いのような水平蹴りです」


リズ姉:「寝るときの高低差で当たる位置が変わるのね」


真宵アリス:「よくお泊り会をするヴァニラ先輩はベッド派。水平蹴りを防ぐために背の高い巨大なぬいぐるみを師匠の足の方向において、重量感あるぬいぐるみを頭上から振り下ろして師匠を叩き起こすみたいです」


リズ姉:「ぬいぐるみの使い方はそれでいいの!?」


真宵アリス:「ちなみに名前はガーディアン君とおはようダイバーちゃんです」


リズ姉:「ネーミングに用途が駄々洩れてる」


真宵アリス:「師匠のご実家は和式で床に布団を敷いています。そして朝は師匠のお母さまが起こすそうです。飛んできた師匠の水平蹴りのスネを狙いすまして竹刀でバチンッと」


リズ姉:「ひっ! 痛そう」


真宵アリス:「だからご実家にいた頃の師匠は毎朝痛みで悶絶していたそうです」


リズ姉:「……どうしてそれで水平蹴りの癖が治らないのかしら?」


真宵アリス:「師匠が送られた寺はご実家が懇意にしてます。当然この水平蹴り癖は知らされていました。水平蹴りにどう対応するか。尼さんのセンスが問われます」


リズ姉:「問われないからね!?」


真宵アリス:「寺は床に布団を敷いています。つまり襲ってくるのは足払いのような水平蹴りです。低空を這うような一撃に対して、尼さんはジャンプして見事に避けました」


リズ姉:「その尼さん楽しんでるよね!?」


真宵アリス:「だが失念していたのです。放たれた水平蹴りは元の位置から三十度進んだ位置まで戻ってくることを。蹴りは帰ってくる」


リズ姉:「サラリと碧衣リン先輩の回転する寝相の理屈が解明されているよね。寝ている間に十回近く蹴りを放っているの!?」


真宵アリス:「尼さんは慌ててもう一度飛びました。急なジャンプ。不安定な着地。そこで悲劇が起こりました。腰がグキッとなり、感覚がなくなったのです」


リズ姉:「それはまさかぎっくり腰?」


真宵アリス:「はい。異変に気付いて起床した師匠が見たのは痛みに悶絶し、立ち上がれなくなっている尼さんでした。寺にはあまり人がいない。急いで救急車を呼びます。呼びながら師匠は思ったそうです。やっちまったなぁ……と」


リズ姉:「ぎっくり腰は碧衣リン先輩起因。だけど蹴りは当たっていなくて、暴力をふるったとかではない……ことになるのかな?」


真宵アリス:「尼さん自身もやっちまったな状態だったので特に揉めてません」


:朝弱いというか昼まで寝ているからな

:下手すれば起きたら夜だったのが碧衣リン

:碧衣リンに寺生活は無理だな

:それで尼さんを病院送りに

:リンは伝説多すぎるんよ

:徹底抗戦www

:六百度でおしいwww

:足癖悪いで済ませていいのか?

:水平蹴りの癖w

:おはようダイバーちゃんw

:ヴァニラも割とぶっ飛んでるからな

:専用のぬいぐるみを用意するほどお泊り会する仲というてぇてぇ案件

:天才がいた

:なるほど見逃すところだった

:ご実家の母様w

:スネは痛い

:リズ姉の言う通り毎朝悶絶させられたのに治らない足癖

:水平蹴りの防ぎ方のセンスってなんだw

:尼さんジャンプ

:楽しんでるw

:戻ってきた幻の足

:それさえも避けた!

:ぎっくり腰www

:急になるからな

:本当に腰が抜けたように力が入らないし感覚ないから上半身が上がらないんよ

:なるほど暴行とかではないから問題にならなかったのか

:やっちまったな

:尼さんも(腰を)やっちまったな


真宵アリス:「幸い尼さんの腰は軽度でした。プロテクターつけて安静にしていれば早ければ次の日。遅くても数日で治る程度でした」


リズ姉:「それはよかったわね」


真宵アリス:「師匠は猛省します。介護に修行に滝行に。全て精力的に取り組みました。その真面目さは腰を痛めた尼さんが感心するほどでした」


リズ姉:「原因が碧衣リン先輩であることは変わりないからね」


真宵アリス:「師匠はずっと悩んでいました。どうすれば水平蹴り癖を直せるか。仏像を前にして問いかけたこともあったらしいです」


リズ姉:「仏様が大困惑」


真宵アリス:「水平蹴りについて、滝に打たれながら自問自答する日々」


リズ姉:「困惑して滝も水流を変えそう」


真宵アリス:「そんなこんなで寺生活最終日にある悟りを開きました」


リズ姉:「えっ、開いちゃったの!?」


真宵アリス:「こんな短期間で悟りが開けるなら仏教が生まれていない」


リズ姉:「真理だけど身も蓋もない!」


真宵アリス:「師匠は師匠なりに寺生活を楽しんでいたようです。寺帰りしてから少しでも仏様に近づけるように、般若心経シャツや大仏マスクを買ったそうです。形から入るタイプなので」


リズ姉:「俗! いきなり俗世にまみれてる!」


真宵アリス:「師匠は世俗にまみれているのに浮世離れしたところが魅力です。あと最近は大仏系のB級映画にハマったとか」


リズ姉:「大仏系のB級映画ってなに!?」


:そんなに早く治るんだ

:ぎっくり腰だからな

:猛省というかリンは割と真面目なんだよな……ぶっ飛んでいるだけで

:本人にふざけている自覚がないからな

:うん……やっぱり碧衣リンだった

:仏様にも答えが出せないだろ

:寝相が悪いだけだからな

:悟りを開いた!?

:真理だな(確信)

:寺帰りでいきなりネタアイテムに走るのか

:……世俗にまみれているのに浮世離れ

:さすが師匠と慕っているだけあって碧衣リンのことよくわかってる

:大仏系のB級映画www

:そんなのあるんだ(呆れ)

:数は少ないけどマジで存在するジャンルだからな


真宵アリス:「師匠の話は以上です」


リズ姉:「……軽く触れただけ疲れた」


真宵アリス:「さて本題の私が巻き込まれた事件です。カレン先輩の禊が起こした事務所も頭を抱える大惨事。カレン先輩が引退するかもしれない。そんな虹色ボイス二期生の崩壊の危機でした」


リズ姉:「去年に引き続いてアニバーサリー祭の直後に危機が訪れたのよね」


真宵アリス:「病院での精密検査で異常なし。健康体。特に肝臓の検査が厳重でしたが予兆すらない。また不正が疑われそうな結果を勝ち取ったカレン先輩はお酒に飢えていました。二週間も断酒していたのですから」


リズ姉:「虹色ボイス事務所はセカンドオピニオンで検査しましたが、本当に異常なしでした」


真宵アリス:「約半月ぶりのお酒。いきなりは重いのは身体がびっくりする。だから缶ビールをプシュッと開けて呑み始めます。渇いた体に久しぶりのビール。さぞ美味しいだろうと思っていました。それなのに『苦くて美味しくない』と感じてしまったのです。カレン先輩は人生に絶望しました」


リズ姉:「人生に絶望って。まあカレン先輩はお酒に人生をささげているからわかるけど」


真宵アリス:「カレン先輩は泣きながらキツネ先輩に相談します。このままでは引退するしかないと。せっかく呑んだくれキャラとして確立できていたのに、お酒が美味しく呑めないなんてリスナーへの裏切りだと。アルコールを抜いて、気弱になっていたカレン先輩はかなりネガティブでした」


リズ姉:「キャラ崩壊だからね。お酒が呑める呑めないの馬鹿げた話だけど、死活問題でもあるのよね」


真宵アリス:「カレン先輩の救難信号を受けて、二期生の面々はすぐに動き出します。一年前のロリコーン事件のときは様子見してしまった。そのせいで事態はどんどん悪化した。あのときの後悔を忘れていません。リベンジです」


リズ姉:「事態がバカ話で済んでいる間に動き出す。初動での解決は本当に大事だから」


真宵アリス:「リズ姉とともに行った電波なライブのせいで心身ともにボロボロなヴァニラ先輩。寺帰りで大仏マスクを被りながら『牛久大仏を破壊せよ! 奈良大仏と鎌倉大仏の夢のタッグマッチ』に想いを馳せる師匠。連日ゲームのしすぎで寝不足気味かる徹夜明けで妙なテンションだったキツネ先輩。カレン先輩の危機を救うために二期生の先輩方三人が事務所に集結しました」


リズ姉:「紹介の時点でダメな気しかしないんだけど!?」


真宵アリス:「ちなみにカレン先輩の不調の原因はイップスでした」


リズ姉:「イップス? イップスってあれよね。アスリートとかが陥る精神的なスランプの」


真宵アリス:「少し違います。イップスは精神的なモノと思われがちですが、脳の誤認識問題だと言われています。まだ完全に解明されたわけではないですけど。反復練習で脳と身体に染み込ませたはずの動作が急にできなくなる病気です」


リズ姉:「ちゃんと定義があるんだ。するとカレン先輩は脳と身体に染み込ませたはずのお酒の呑み方ができなくなった?」


真宵アリス:「そうです」


リズ姉:「……呑んだくれはアスリートだったのか」


:楽しそうでなにより

:また二期生崩壊しかけていたのか

:去年の今頃はロリコーン事件だったな

:アニバーサリー祭の後は普段見ない層が増えるから荒れるんだよな

:今年はアリスだけだと思っていたのに

:アリスなんかあった?

:粘着されてた……個人情報晒し系だったからすぐにバンされたけど

:うわっ最悪

:しかも情報が偏ったデマゴギーで犯人はアリスのいた学校関係者って話

:まとめサイトとかにはまだ出没しているらしいな

:学校に関しては正しい情報もあるけど真宵アリスに関してはほぼデマらしい(在校生情報)

:学校名と本名書き込んだ時点でアウト

:卒業済みの事件起こした学年と在校生の対立とかあの学校はまだドロドロしているから

:在校生からしたら問題の学年を先輩と呼びにくいだろうな

:おい配信と関係ない話を書き込むなよ

:すまんコメ消す

:カレンまた医者に賄賂を渡したのか

:紅カレンの肝臓が健康なはずないだろ

:セカンドオピニオンwww

:紅カレンの検査結果を頑なに信じない層がいるからな

:そこまでやったら一口目が美味しいと期待するよな

:呑んだくれキャラの崩壊

:理由が馬鹿げているけど本当に引退の危機だった

:二期生一年越しリベンジか

:熱い展開

:集結したメンバーの容態がダメすぎる

:リンwww

:ヴァニラととキツネはしゃーない

:キツネなにかあった?

:ツネの配信見たらわかるけど禊と関係なくバズってた

:関係してないけどリズ姉のせい

:イップスってwww

:悲報、紅カレンが酒の呑み方でイップスに陥る

:アスリートかな?

:大食いがアスリートなら呑んだくれもまたアスリートだろ

:イップスってただのスランプじゃなかったのか

:そっか俺もイップスだったのか……旨い酒呑み方を忘れるってたまにあることなんよ


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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 この作品は毎週金土18時に1話ずつ、週2話更新を目指しています。

 来週は1/27(金)に1話更新。1/28(土)に1話更新の予定です。


 次週は翠仙キツネのゲーム回に触れつつ、紅カレンのイップス解決回です。


 今回は不穏挿入回。

 胸糞な空気が少し漂ってますけど、胸糞な展開にはなりません。

 真宵アリス本人は事務所の方針でその手の情報から隔離されています。

 裏では色々と事務所が動いてます。誹謗中傷やデマの問題を演者が解決したり、矢面に立つべきではない。そういう方針です。

 そもそもまだ未成年者です。責任は事務所が全て持ってます。そのため真宵アリスの視点では、裏で起きていることが描かれません。そういうのはリアルで十分ですし面倒なので。


 この第六章は、物語内の一年の経験を通して成長した真宵アリスが諸々リベンジする話です。アリス本人はもちろん事務所の体制も二期生も他の三期生も成長しています。

 ちゃんと真宵アリスが暴走して、当事者阿鼻叫喚な平和的な解決に至りますのでご安心ください。


 現実でも大手事務所のマネージメントは演者保護と法的処置の方針を明確に打ち出してますね。

 仕事を斡旋するのもマネージメント。ですが身体の健康維持、多くの悪意から守る心の健康維持もまたマネージメントの仕事です。

 プロだから自己責任は無責任。それならマネージメントのプロとは? という問題もありますし。


 応援や評価★お待ちしてます。

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