第129話 ARクッキング④-真宵アリスの禁断レシピ-
キッチンスタジオから食事用のダイニングスタジオに移動する。
巨大な円卓には今回作られた料理が並ぶ。
ステーキカレー、おでん、ウナギのかば焼きの天ぷら。
周りには合計十二名のアバターが取り囲んでいた。
リズ姉:「さて料理三品の実食のお時間です」
七海ミサキ:「このあとは運動企画なので、食べ過ぎないでくださいね」
リズ姉:「ステーキカレー、おでん、ウナギのかば焼きの天ぷら。おでんに麵は入れてないけど、かなり重いラインナップだよね」
七海ミサキ:「せっかくのARクッキングだからね。簡単な軽食を作るだけではもったいない。それに切る、焼く、煮る、揚げる。基本的な調理法は網羅しないとね」
リズ姉:「おでんは煮る工程を省略したけどね。皆も食べ過ぎないよう気を付けること! これらの料理は夜の部の打ち上げ会にも出ます。今は本当に軽く味見程度でいいからね。それでは――」
全員:『いただきます!』
:全て並ぶとある意味圧巻だな
:ステーキカレー美味そう
:おでんをつまみたい
:さすがにサラダはついているんだな
:あー調理法はちゃんと分けていたわけね
:色々考えてはいると
:どれから食べるのか
:カレンw
:やっぱりお前はウナギのかば焼きの天ぷらに飛びつくよな
:軽くって言われているのに真っ先に一番重いモノに行くか
:一番気になるのは確か
紅カレン:「ねえアリスちゃん! ウナギのかば焼きの天ぷらに食べ方とかあるの? 色々置かれているけど」
真宵アリス:「お湯で表面のタレを洗い流しましたが、かば焼きの下味は残っています。ウナギのかば焼き天ぷらはそのままでも食べられますよ。でもお酒のおつまみ天ぷらとして食べるのであれば山椒塩が人気です。辛さを求めるならば柚子胡椒もありです」
紅カレン:「山椒塩に柚子胡椒! 絶対に美味しいよね。でもまずはなにもつけず一口」
――サクッ
揚げてからまださほど時間も経っていない。
最高の食感をそのままに。天ぷらを噛み切る軽い音が配信に流れた。
誰かが唾を呑む音まで聞こえるほどの沈黙。
皆が紅カレンの味の感想を待っていた。
紅カレンは大きく目を見開く。なにも言わず山椒塩を振りかけてまた一口食べた。
そして無言のままテーブルに突っ伏してしまった。
翠仙キツネ:「おいこらバカレン。なにか言いや」
紅カレン:「これ……ダメな奴」
翠仙キツネ:「なんや口に合わんかったか?」
翠仙キツネの言葉に紅カレンがガバッと起き上がる。
立ち上がり一気にまくし立てた。
紅カレン:「まさか! あり得ないこと言わないで! なぜ今まで作らなかった後悔したぐらいだよ! 美味しい! サクッとした食感。口の中でほどけるようにとろけるフワフワのウナギの身。かば焼き甘めのたれの風味と溶け出すウナギの脂のコンボ。市販のウナギのかば焼きとは思えない美味しさだよ! でも! でも! まだ甘いの! 味も認識もまだ甘い! 山椒塩! この山椒塩をかけるとのね! 山椒の風味で口の中がさっぱりして、塩味がウナギの味を引き立てるようになって! もう! もう! なぜビールが呑めないこの時間に食べてしまったのか……私は人生に絶望した。ウナギのかば焼きの天ぷらを食べてながらビールを呑みたい。永遠にこのコンボで口の中を支配してしまいたい」
翠仙キツネ:「そ……そっか……美味しかったんやな。じゃあウチも食べよっかな。アリスちゃんこの葉っぱは?」
真宵アリス:「焼肉でお馴染みのサンチュです。ウナギのかば焼きの天ぷらはやはり脂っこさがあります。私は葉っぱに包んでウナギのタレをかけて食べる方が好きですね。お酒呑まないならばそのまま食べるよりもオススメ」
翠仙キツネ:「なるほどな。他にもサニーレタスや白いパンも置かれているけど?」
真宵アリス:「白いパンは米粉パン。サニーレタスと合わせてウナギのかば焼きバーガー用です」
翠仙キツネ:「そっかウナギのかば焼きバーガー用か……ウナギのかば焼きバーガー用?」
再び配信に沈黙が流れる。
爆弾発言を投下した真宵アリスはきょとんとしている。状況がわかっていない。
先ほどまで美味しそうに食べていた紅カレンさえ動きを止めている。
先にカレーとおでんを食べていた一期生が静寂を破った。
竜胆スズカ:「ねえアリスちゃん! 今ウナギのかば焼きバーガーって言った?」
真宵アリス:「えっ? はい」
胡蝶ユイ:「くっ……さすがアリスちゃん。想像の斜め上を行かれた!」
花薄雪レナ:「バーガー! バーガープリーズ!」
白詰ミワ:「レナちょっと待ちなさい! 想定外の事態が起きても本番中に騒がない! スタッフエマージェンシーコール! 材料は全員分用意されてる? うん……わかった……私達の分はあるのね。スタッフの分は今からかき集めましょう。近隣のスーパーからウナギのかば焼きがなくなる勢いで。よしスタッフに確認も取れた。アリスちゃん……ウナギのかば焼きバーガーを作ってくれる?」
気づけばスタジオ全員の視線が真宵アリスに集まっている。
助けを求めるように視線をさまよわせた。
桜色セツナは拳をギュッと握りしめて真宵アリスを応援している。碧衣リンはすでにバーガー待ち列に並んでいる。普段頼りになる七海ミサキからは首を横に振られた。
孤立無援。諦めろ。拒否権はない。
真宵アリスは空気を読んだ。
真宵アリス:「……わかりました。簡単なモノですよ?」
:山椒塩美味そう
:サクッ
:一種の音の暴力
:ASMRでないだけマシ
:ウナギベースだから外れはないよな
:紅カレンがなにも言わない
:無言で山椒塩の二口目にいった
:そのまま突っ伏したwww
:せめて味の感想を言え
:リアクションで答え出ているけど
:すかさず駆けつける相方のツネ
:怒涛の賛辞
:相変わらずのカレンの食レポ
:今回は同じ言葉を繰り返すことで意味を強調する手法か
:たぶん考えて喋ってない
:ビール呑みたくて絶望する味か
:美味そう
:なるほどアリスは葉っぱに包むはなのか
:それも美味そうだな
:ん?
:んんん?
:今アリスが唐突にとんでもないのぶっこんだな
:相変わらずの真宵アリス
:突如登場した新レシピ
:湧き出てくる一期生
:レナ様が欲望に忠実過ぎる
:エマージェンシーコールw
:すぐさまスタッフに確認を取るさすがのミワちゃんだな
:これはいきなりぶっこんだアリスが悪い
:近隣のスーパーからウナギのかば焼きがなくなる
:なお本人無自覚な模様
:空気を読んだw
真宵アリス:「えーと米粉パンを上下半分に切ります。本当ならバター多めフライパンで米粉パンの断面を焼くのですが今回は省略します。米粉パンの下の部分にサニーレタスを乗せて、ウナギのかば焼き天ぷらを乗せる。その上にちょっと煮詰めてとろみを強くした市販のウナギのたれをかける。あとは柚子胡椒と混ぜたマヨネーズをお好みで乗せて、米粉パンでサンドして完成です」
桜色セツナ:「ふむふむ。簡単そうですね」
白詰ミワ:「これなら各自で作れそうね。材料はあるし、順番に並んで作っていきましょうか。念のために聞くけど、調理工程で気を付けることとかある?」
真宵アリス:「柚子胡椒は柑橘の爽やかさとアクセントのためなので少量でいいです。あとウナギのかば焼き天ぷらを二枚挟んでダブルにするときは、天ぷらと天ぷらの間にタレやマヨネーズをつけて安定させます」
花薄雪レナ:「ダブル!」
白詰ミワ:「ストップ! アリスちゃんこれ以上はダメ。お願いだからオーバーキルしないで。レナも今日は諦めなさい。後日自分でダブルを作るの。今日ダブルを作ればウナギのかば焼き天ぷらは足りなくなる。その場合スタッフ内で抗争が勃発して、虹色ボイス事務所の崩壊の危機だからね」
花薄雪レナ:「残念無念また来週に手作り。でもタレ多めはいいよね」
白詰ミワ:「タレには余裕があるわ」
花薄雪レナ:「よし! 出来た!」
黄楓ヴァニラ:「アリスちゃんが家でウナギのかば焼きバーガーを作る系女子だった件について」
碧衣リン:「なんか強そう」
リズ姉:「ははは……さすがアリスちゃん。フライドポテトも手作りしているんだから、家でバーガーを作らないはずがなかった」
七海ミサキ:「プロの引きこもりはデリバリーすら頼まず、自分でオリジナルのファストフードも作るんだね」
順番に列に並んでウナギのかば焼きバーガーを作っていく面々。
この事態を引き起こした真宵アリスはポカンとしながら『皆そんなにバーガーが好きなのか』と納得する。そして手持ち無沙汰になり、見本として作らされたウナギのかば焼きバーガーを食べることにした。
モフりと一口。
:さらりとアクセントに柚子胡椒マヨネーズとか入れてるな
:ウナギのタレは甘いしテリヤキバーガーに近いからマヨネーズとの相性はいいよな
:仲良く並んで行儀いいなこいつら
:えっ……ダブル?
:ダブル行くのかよwww
:さらに食欲を破壊していく
:レナ様が幼児退行している
:ミワちゃんからオーバーキル禁止令出たw
:もうやめてアリス! 他の面々とリスナーのライフはもうゼロよ!
:近隣のスーパーからかき集めても足りないウナギのかば焼き
:夏場の土用の丑の日以外でそんなに売れる商品じゃないしな
:置いていないわけじゃないが数は少ない
:スタッフの抗争w
:事務所の危機www
:まだ配信中なのに俺もウナギのかば焼きを買いに行くか迷っている
:SNSでも配信内容が拡散されてるw
:家でウナギのかば焼きバーガーを作る系女子w
:謎のパワーワード作るなよヴァニラwww
:確かに強そうw
:斜め上の女子力が高そうだな
:急に始まるアリス劇場
:アリスならハッピーセットのオモチャまで自作してそう
:これがプロの引きこもりか
:天ぷらにした方がパンとの相性良かったんだろうな
:せめてレシピを予告しておいてくれれば事前に準備できたのに
:腹減った……割とガチで
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