第128話 ARクッキング③-鰻のかば焼の美味しい食べ方-
今にも飲酒配信が始まりそうな空気から一変。
配信画面にはエプロン姿の桜色セツナが満開の笑顔を咲かせていた。
なおリズ姉と翠仙キツネは紅カレン容疑者に手錠をかけて連行する形で退場している。紅カレンの懐から未開封のワンカップ酒が見つかったため、配信時の酒類所持容疑で現行犯逮捕された。
人はなぜ罪を犯すのか。
なぜワンカップ酒を懐に忍ばせていたのか。
人類にその答えを見つけることはできないのかもしれない。
桜色セツナ:「えー色々ありましたが、次に料理するのはこの私。三期生の桜色セツナです! 料理配信ですよ。タブー解禁です! 転生前の私を知っていればこの意味がわかるかもしれません」
大きく両腕を広げて自分のタブー解禁を祝う。
もちろんわからないリスナーに配慮して説明を始める。
沈痛な面持ち。暗くなったスタジオが辛い過去の告白を演出する。
桜色セツナ:「あれはまだ……私が十歳のときです。地上波の番組のワンコーナー。今は声優をやっている雨宮ひかりさんと一緒に子役が料理に挑戦する企画を任されました。その第三回目で事件が起こります」
コンロの上に置かれたフライパン。
赤いライトに照らされて、フライパンの上にコンピューターグラフィックスの炎が踊る。
桜色セツナ:「メニューは今も忘れません。照り焼きチキンです。フライパンで照り焼きソースを作ろうとしてみりんを投入したときでした。……大炎上。フライパンの前に立っていた雨宮ひかりさんは呆然とします。私も当時のことは慌てていて覚えていません。すぐさまフライパンに蓋をして消火したようです。褒められた記憶はあります。原因はフライパンを熱し過ぎたこと。そしてスタッフのミス。安全性に考慮してみりん系調味料を準備していたはずが、本みりんが置かれていました。なにごともなかった。なにかあってからではダメだった。当然のように企画はなくなりました。あの回は放送されていない。でもネット上で話題になり、私と雨宮ひかりさんにはメシマズ疑惑が付きまとうようになりました」
フライパンに蓋をして。
自分の過去の醜聞を打ち消すために。
桜色セツナは高らかに宣言する。
桜色セツナ:「本日は私のタブー解禁し、メシマズ疑惑の払拭します!」
:カレンやっぱり
:いや未開封だからな
:なぜ酒を携帯している
:紅カレンが酒を隠し持ってないと誰も思ってないくせに
:料理企画なのに最初から最後までコントだったな
:酒よりもなぜ手錠を持っているのか……なぜカレンは手錠をかけられ慣れているのか……
:次は桜色セツナと真宵アリスか
:エプロンセツにゃん可愛い
:華があるよな
:でも三期生残念枠
:本人が楽しそうだからいい
:でも桜色セツナが料理か……不安
:なにかあるの?
:氷室さくら時代にちょっとな
:タブー?
:自分からネタにするのか
:雨宮ひかりにも関係がある?
:フライパン炎上事件
:あー当時ネットに話題になったな
:メシマズ疑惑www
:みりんか
:みりん系調味料と本みりんは違うからな
:本みりんは酒と変わらないから燃える
:子供の調理に本みりんを用意したスタッフのミスだろ
:あるあるだけど番組で子供に調理させて炎上はシャレにならん
:子役タレントが火傷したら大問題だからな
:セツにゃん過去のメシマズ疑惑払拭に挑戦
:リベンジだな
:子役に歴史あり
桜色セツナ:「レシピ提供は皆様お待ちかねのアリスさんです! アリスさんですよ! アリスさんのレシピです! メシマズ疑惑の私がアリスさんのレシピで料理にリベンジです! これは勝ち確定ですよね! アリスさん登場お願いします!」
真宵アリス:「皆様おはようございます。セツにゃんのメシマズ疑惑を払拭するべく世界に叛逆するお料理指導型駄メイドロボの真宵アリスです。今日はなんだか凄くメイドロボっぽいお仕事です」
桜色セツナ:「アリスさんのエプロン姿可愛い!」
真宵アリス:「セツにゃんも桜色のエプロン姿が可愛い。でも私の場合はメイド服とはエプロンドレス。エプロンドレスの上にエプロンとはこれいかに?」
桜色セツナ:「細かいことを気にしてはいけません。可愛いは正義です! アリスさんハイタッチしましょう!」
真宵アリス:「……ん? うんハイタッチ」
――パチンッ
という音が配信に流れる。
真宵アリス:「でもなぜ?」
桜色セツナ:「したかったからです。リアルでもハイタッチ。配信でもアバター同士がハイタッチ。触れ合えるっていいですよね!」
真宵アリス:「なるほど。触れ合えるのはいいことだね」
桜色セツナ:「あとでツーショット写真撮りましょうね!」
真宵アリス:「ん。了解」
:未成年コンビは配信が華やぐ
:きゃぴきゃぴしてる
:若いっていいな
:ついさっきまで深夜呑み配信だったのに
:さっきもギリギリ呑んでないからな
:一気にフレッシュ感が出た
:さっきと空気違い過ぎて草
:深夜の呑み屋と晴れ渡る空の大草原ぐらい違うからな
:草の意味さえ違ってくるのか
:ハイタッチ
:アリスがぴょこんと小さくジャンプした
:あかん脳がとける
:てぇてぇ
:触れ合えるのはいいこと
:この配信に用いられているAR技術のメリット紹介なんだろうけどそれよりもてぇてぇ
:アリスはリアル解禁してないから無理なのわかるけどツーショット写真見たい
桜色セツナ:「さて本日のお料理はなんでしょう?」
真宵アリス:「今日の料理はこれ。お高いけどスーパーマーケットなどでも売られているウナギのかば焼きです」
桜色セツナ:「……あのアリスさん? 確かに私は料理初心者です。メシマズ疑惑もあります。でもウナギのかば焼きをご飯に乗せて『はい完成!』な絶品料理はさすがに甘やかされ過ぎていて疑惑払拭できないのでは?」
真宵アリス:「ちゃんとアレンジ調理するから大丈夫。まずパックから取り出した市販のウナギのかば焼きをお湯で洗って」
桜色セツナ:「えっ!? お湯で洗うんですか!?」
真宵アリス:「うん。市販で売られているウナギのかば焼きは脂の多い養殖モノ。しかも調理済みの状態で工場で大量生産されて時間が経っている。表面のタレに脂とウナギの持つ臭みも浮き出ている。だから美味しく食べたい場合はお湯で洗うの。水温が低いと脂が落ちないからお湯ね」
桜色セツナ:「そうなんですね。先ほどは失礼を言ってすみません。ウナギのかば焼きをご飯の上に乗せればいいとか甘く見てました」
真宵アリス:「一般的にそういう認識だから問題ない。よりヘルシーに食べたい場合は耐熱容器にウナギのかば焼きを入れて熱湯を注ぎ放置する方法もある。今回はそこまで脂を落とさない。セツにゃんも表面のタレを落として。表面のでこぼこが見えるくらいでいいからね」
桜色セツナ:「なるほど。軽くお湯で洗う程度なんですね」
:ウナギのかば焼き!
:うな丼食いてぇ
:ご飯に乗せるだけ……じゃないの?
:お湯で洗うんだ
:タレを落とすのもったいないと思うけど
:納得の理由
:市販のうなぎのかば焼きを美味しく食べるための方法としては一般的
:そのまま食えばいいと思ってた
真宵アリス:「軽くお湯で洗ったらキッチンペーパーでしっかりと水気を取る。包んでポンポン軽くたたいてね」
桜色セツナ:「包んで軽くポンポン」
真宵アリス:「この状態のウナギにタレを付け直して焼いたり、お酒を振って酒蒸しにしても美味しい。でも今回は天ぷらにします」
桜色セツナ:「天ぷらですか!?」
真宵アリス:「うん。ウナギのかば焼きの天ぷら。セツにゃんは食べたことある?」
桜色セツナ:「ないです。アナゴの天ぷらはありますけど、そういえばウナギの天ぷらは見かけませんね」
真宵アリス:「ないわけじゃないけど珍しいね」
桜色セツナ:「ウナギの天ぷらって美味しいんですか?」
真宵アリス:「私もウナギの天ぷらは食べたことない。一口目は美味しいけど、脂が多すぎて箸が進まないとは聞いたことがある」
桜色セツナ:「レシピ提供したのに、アリスさんも食べたことがないんですか?」
真宵アリス:「ウナギの天ぷらとウナギのかば焼きの天ぷらは別物だからね。ウナギのかば焼きの天ぷらは食べたことある。数は食べられないけど美味しかったし、お酒のツマミに好評だったから今回紹介した」
桜色セツナ:「別物? 違いがよくわかりません」
真宵アリス:「説明すると、実はウナギって元々脂が多すぎてあまり美味しくない魚だったの。泥臭い場合もあるし」
桜色セツナ:「ふむふむ」
真宵アリス:「でもウナギのかば焼き。調理法としては串焼きかな。地域差あるけど背開き腹開きで開いて、串に刺してじっくり焼き上げる。蒸したりもする。余分な脂をしっかり落とす。色々手間をかけてウナギを絶品料理にする調理法が確立されたの」
桜色セツナ:「ウナギ職人の修行は大変と聞いたことがあります。串打ち三年、裂き八年。焼きは一生あっても足りない」
真宵アリス:「うん。ウナギを美味しく食べるのは大変なの。それなのに生のウナギをさばいて、天ぷらにして美味しいと思う?」
桜色セツナ:「思いませんね」
真宵アリス:「そう。一口目は美味しいけど、脂が多すぎて箸が進まない。けれど、すでに調理済みのウナギのかば焼きを天ぷらにすれば?」
桜色セツナ:「なるほど。すでに余分な脂が落とされているから天ぷらにしても美味しくいただけると。だからウナギの天ぷらとウナギのかば焼きの天ぷらを分けて言っていたんですね」
真宵アリス:「そう。じゃあ天ぷらの衣づくりね。薄力粉と氷水。分量はAR表示に従って。軽く仕上げるから卵は入れない。サクサク感を増したい場合は炭酸水や重曹を入れるけど今回はそこまでしない。ちゃちゃっと混ぜよう。混ぜすぎないでね」
桜色セツナ:「ちゃちゃっと混ぜて混ぜすぎない。氷水にもなにか理由があるんですか?」
真宵アリス:「常温で混ぜると薄力粉のグルテンが固くなるから。少し粉が浮いていてもいいから、軽く混ぜる。鍋にサラダ油を投入して温度は百八十度の高温でサッと揚げる。今回はすでに準備済みです。セツにゃんサーモグラフィーの結果は?」
桜色セツナ:「ちゃんと百八十度です」
真宵アリス:「では揚げやすいように四センチほどに切ったウナギのかば焼きに衣をつけて高温の油でサッと揚げる。ウナギのかば焼きはすでに調理済み。揚げ時間も短くていいからね」
桜色セツナ:「切ったウナギのかば焼きに衣をつけてサッと揚げる」
真宵アリス:「焦らず一つずつ揚げようね。揚げる音が軽く澄んできたらもう大丈夫」
――パチパチパチ
揚げる音が軽くなった。
桜色セツナがウナギのかば焼きの天ぷらを油切り網に移す
ウナギのかば焼きが元々茶色なので少し色が濃いが、衣は白色をしており軽く仕上がっているのがわかる。
桜色セツナ:「できました!」
真宵アリス:「油はしっかり切ろうね。このまま続けて全部揚げちゃおう。揚げ物ができたらもうメシマズなんて言われないから」
桜色セツナ:「はい!」
:美味しいウナギのかば焼きの温め直し方
:酒蒸しもいいな
:天ぷら!?
:ウナギの天ぷらって美味いの?
:脂がくどくてあまり美味しくないとは聞くけど
:なるほど
:ウナギの天ぷらではなくウナギのかば焼きの天ぷらか
:すでに調理済みで脂が落ちているからいけると
:腹減ってきた
:どうして揚げ物の音ってこんなに腹減るんだろ
:調理済みだから早いな
:美味そう
:セツにゃんメシマズ脱却おめでとう
:メシマズ疑惑の払拭な
:元々タブー扱いされていただけでメシマズじゃない件
:もう普通に仲のいい女子友お料理教室だった
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