番外編ー異次元を少し覗く真宵アリスー

第113話 真宵アリス異次元を垣間見る


 この異次元チャンネル編は完全におふざけの番外編です。

 本編にも多少関わりがありますが、カオスなので飛ばしていただいてもかまいません。

 笑ってはいけない24時はもうやらないんだ……。

 そんな作者の悲しみが込められてます。

 117話から第五章スタートです。


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 私は同じ事務所の配信をよく見ている。

 仲間を知ることは大切だ。

 アフレコのネタとして。学ぶべき教材として。自分の娯楽として。

 楽しいとはなにかを知ることは、心を豊かにすることにつながる。

 などの高尚な理由を掲げてもいいが、私がコミュ障なので仲間内の話題欲しさに見ているだけだったりする。


 そんな私にとって無視できないチャンネルが誕生した。

 その名も『虹色ボイス異次元』。

 アバターとリアルの融合。実写の出演者もいる。バーチャルなセットではなく背景が全て実写映像。

 なぜそんなことを始めたのか。

 割とまともな理由もマネージャーから説明された。


『やってみたい! でもVTuberのカテゴリーだと許可が降りない』


 そんな企画は割と多いらしい。

 バーチャルから外に出る気のない私には無縁の行動力だ。

 虹色ボイス事務所はリアル活動については寛容的だ。

 一期生が元から声優として活躍していたメンバーで構成されている。雑誌の表紙に顔が載っていたこともある。そんな事務所だから、活動内容をどこまでバーチャルに寄せるか演者に任せている。

 それでも許可できない企画というのは往々にして存在するのだ。

 公式チャンネルや個人チャンネルでは容認できない企画の数々。

 それならば容認できる場を用意してしまえばいい。

 そうして誕生したのが『虹色ボイス異次元』だ。

 事務所内のガス抜きと実験要素の詰まったの悪ふざけチャンネルである。


 リビングの大きなテレビをネットに繋ぎ『虹色ボイス異次元』チャンネルを選択する。

 実写とアバターの融合。異次元チャンネルはどこにネタを仕込んでいるのか油断できない。

 パソコンのディスプレイよりも大画面向きの内容が多い。

 だからこうしてねこ姉を巻き込み、リビングで見るようにしている。


「うたちゃんは今日も異次元チャンネル見るの?」


「うん……昨日事務所でちょっと遭って」


「まさか本当に心霊現象が起こったとか!?」


「それとはまったく別件」


 ねこ姉が心霊現象と言い出したのには理由がある。

 現在『虹色ボイス異次元』で配信されている動画は三種類。

 その一つが『花薄雪レナのSAN値直葬アナログゲームコレクター魂』だ。

 これがかなりホラーだったりする。


 やっていることは別にホラーではない。

 タイトル通りの活動。主催の一期生花薄雪レナ先輩は、同人作品にも手を出すほどの重度のアナログゲームコレクターだ。

 活動内容はミワ先輩やツネ先輩やリズ姉などを巻き込んでボードゲームやTRPGをやるだけ。

 それだけならば公式チャンネルでも許可が降りただろう。

 ではなぜ異次元チャンネルで配信されたか。


 この配信は収録後の映像加工に問題がある。

 出演者は本当に遊ぶだけ。その後どんな映像にされたかを知らない。後日、生配信でゲームプレイ動画を見るという企画だった。

 第一回目はクトゥルフ神話のTRPG企画。冒頭から実写セットの鏡に巨大な眼球が写り込んでいたり、変な笑い声が入っていたりとやりたい放題。

 配信された内容を生で見た出演者が泣き叫ぶ阿鼻叫喚の地獄が始まった。


 そんなヤバい企画なので最近は出演する仲間に困っているらしい。ついには深夜の事務所内を一人で散策して恐怖の館に作り上げていた。

 実は私にもドラゴンブレイク企画の出演依頼があったが断っている。

 これを最初に見てしまったので異次元チャンネルはねこ姉と見るようにした経緯がある。


「じゃあ事務所内で紅カレンちゃんに土下座されたとか?」


「……なぜ土下座? される理由がわからない。ただ『紅カレンのいつまでも梯子酒』は予算十万円と決まっているから成立する企画。手料理はルール違反だよ」


「成立しているのかな……アレ。途中で一般人から奢られたり、呑み屋からサービス受けていたりしたけど」


「初日の『ドクターストップ封じのためにまずは産業医を酔わせて潰す』と比べたら些細なことだと思う」


「……だね」


 一体に紅カレン先輩はどこを目指しているのだろう。


『私を止めたければ呑み比べで勝負しろ』


 そう宣言して、まず虹色ボイス事務所の産業医を潰す蛮行から始まるこの企画。

 ずっと呑んで食べて騒いで、二日目には呑み屋のおっさん連中を引き連れて深夜のシャッター商店街でマイケルジャクソンのスリラーのミュージックビデオを模したフラッシュモブをやっていた。

 先頭はずっと紅カレン先輩のアバターだ。

 三日目はネットで聞きつけた呑んだくれどもと呑み比べ勝負からの大宴会。

 そして四日目の朝にスタッフから手錠をはめられて上着を頭からすっぽり被りタクシーに乗せられて強制送還される。

 バックにはドナドナが流れてエンディングだった。


 罪状は大幅な予算超過。

 三日目の大宴会で「私のおごりじゃあ!」と宣言して百人以上におごったらしい。

 安い飲み屋街でも人数が多すぎた。気づけば予算の十万円を大幅に上回り百万円近い出費になった。

 十万円以内ならば何日でも呑み歩いていいという企画にあるまじき暴挙だ。


「紅カレンちゃんでもないとすれば……まさかアレを見るの?」


「うん……事務所内で着ぐるみパジャマ先生と遭遇してね。対峙した瞬間わかった。この人は強い。仮想ゴリラにちょうどいいと」


「うたちゃん。それはさすがに失礼」


「でも殺気を飛ばして挑発してきたのは着ぐるみパジャマ先生だよ? 戦う運命だった! 負けたけど……十戦して二勝しかできなかった。あっちにも銃はない。条件は同じ。でも私の体格で格闘戦はやはり不利。武器がないと大型の生物は狩れない」


「なんの話!? え? 戦ったの!? 本当に事務所内で暴れたの!? というかあの人に二勝したの!? 元軍人さんだよ!?」


「ん? 実際には戦ってないよ。殺気の飛ばし方と筋肉の緊張から互いの動きの読み合いぐらいできるよね。目隠し将棋と同じ感覚。着ぐるみパジャマ先生からも『私からよく二本取りましたメイド少女よ』って言われたし」


「……うたちゃんもすでに異次元の住人だよね」


 あれは惨敗だった。

 負けたならば相手を研究するしかない。

 そんなわけで今日は着ぐるみパジャマ先生も出演している異次元配信『おっさんサバイバー』を見ることにした。

 ミサキさんには悪いが、本当はこのタイトルの時点で見る気はなかった。

 本人からも『……見る必要はないよ』と真剣な声で言われている。目が死んでいた。

 ただネットでの評判はなぜか高いらしい。再生回数もいい。

 事務所内での評価は賛否が分かれる。

 一般のおっさんナース集団からのサバゲーの対戦申し込みもあり『第二弾があってしまうのかもしれない』とマネージャーが恐怖していた問題の企画だ。


「そんなわけで今日は『七海ミサキ巻き込まれ企画おっさんサバイバー』を見るよ。そのための専用セットももらってきた」


「……本当に見るんだ。それに専用セット?」


「うん。事務所の人間が見るときの特別ルール。出演スタッフの名簿と社員証用に撮影しているスーツ着用な真面目な写真を全員分用意して、配信映像と見比べるんだって。レナ様が教えてくれた」


「絶対に騙されてるよ!?」


「それではスタート」


―――――――――


 薄暗い会議室で七人のおっさんが沈痛な面持ちで黙り込んでいた。

 アップで映し出されたネームプレートに『島村専務』の文字。

 痩せ型が強面のおっさんが手を組んで目を瞑っている。

 重たい雰囲気からは会議が煮詰まっていることが伝わってくる。


 左上のワイプ窓に映し出された七海ミサキが状況を説明した。


『ここは虹色ボイス事務所の会議室。現在はサバイバルゲームの普及ついての話し合われています』


「やはりレクチャー動画ではサバイバルゲーム普及には繋がらないか」


「はい。七海ミサキ君はよくやってくれています。動画の出来はいい。評判もいい。銃マニアには人気です。けれどサバイバルゲームはやってみて初めて楽しめるモノです。用意するものが多く初期投資もかかる。なにより仲間が必要です。ソロで始められるキャンプや釣りのように裾野を広げる役割は難しいかと」


「それに言っては悪いがイメージが良くない。銃を扱うサバイバルゲームを野蛮と見る人もいます。実際に一部ですがマナーが悪いプレイヤーもいます。悪評は広がるが、良い評判は広がりにくい。コアで野蛮な人がやるものというイメージが定着してしまっています」


「まずはイメージの向上。面白い世界だと知ってもらう必要があるわけだな」


「……ですが島村専務。それはとても困難なことだと思われますよ」


「困難だな。だがやらねばならない。私はサバイバルゲームが好きなのだよ」


「好き……ですか?」


「小難しい話は抜きにしよう。私はね……サバイバルゲームを子供の頃に遊んだ雪合戦や水鉄砲遊びの延長だと思っている。複雑なルールは要らない。銃器の種類も単一でいい。ただ仲間と共にフラッグを目指す。相手を殲滅させる。当たったら自己申告の紳士のお遊び。そんなシンプルのスポーツとしてのサバイバルゲーム。そういうイメージが広がることで競技人口が増えて欲しい。そう願っている」


「島村専務!」


「私も! 私もそう思います!」


「楽しいスポーツだとわかってほしい!」


 会議室の静かな熱狂。

 それに応えるかのように島村専務は頷いた。


「楽しいスポーツのイメージがないならば作ればいい。我々でサバイバルゲームというジャンルは面白いのだと知らしめればいい。それこそがサバイバルゲームの普及につながると私は思う」


「「「「「「はい!」」」」」」


「誰かではない。私たちが一肌脱ごう。我々が率先して動いてこそ人々に想いが伝わる」


「「「「「「はい!」」」」」」


「だからまず我々がすることは一つだ」


「「「「「「はい!」」」」」」


「メンズエステに行こう」


「「「「「「は……へ?」」」」」」


「全身脱毛が必要だ。……視聴者に見苦しいものは見せられない」


『……なにこれ?』


―――――――――


 早速ミサキさんの瞳が死んでいった。

 私も同じ感想だった。


「全身脱毛……冒頭から飛ばしている」


「島村専務ってこういう人だったんだね。何度か挨拶させてもらっていたけど」


「ミサキさん強く生きて」


 これが『七海ミサキ巻き込まれ企画おっさんサバイバー』の始まりだった。


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