第100話 アニメ特番公式生配信③-虹色ボイスの台本を信じる初心者-

 虹色ボイス公式配信は魔境である。


 司会の一人の竜胆スズカは笑い転げて使い物にならない。

 もう一人の司会の胡蝶ユイは混沌を生み出した諸悪の根源だ。現在なにごともなかったかのような態度で司会をしようとしているが、それがすでにギャグ要素でしかない。

 ゲストの雨宮ひかりはカルチャーショックを受けてぽかーんしている。

 番宣の軸。新作アニメ『アームズ・ナイトギア』の主役のイリアだが役に立たない。でもそのことを責めるのは酷だ。人にはぽかーんしたくなるときもある。

 状況を把握した天依スイは死んだ目をしながら役目を果たすと心に誓う。

 一刻も早く、このふざける気満々の先輩二人を配信から追い出すのだ。

 全てはあの空白ばかりの台本通りに。


天依スイ:「改めてリスナーの皆さんおはようございます。プレシア教官役の天依スイです。本日は『アームズ・ナイトギア』の特番ということで虹色ボイス公式チャンネルに呼ばれております」


胡蝶ユイ:「あれ? 執事のロールプレイをやめちゃうの?」


天依スイ:「……私は理解しました。本日は執事として影に徹してしまうと話が進まない」


胡蝶ユイ:「そっか。なら代わりに私が執事を――」


天依スイ:「――ご存知のない方に説明しますと『アームズ・ナイトギア』は現在好評放送中のアニメのタイトルです。美少女がナイトギアと呼ばれる装着型のメカに身を包み、魔力を用いて人類の敵である怪物アモーポスと戦う美少女バトルモノです」


胡蝶ユイ:「ふっ……華麗にスルーされた無視されたぜ」


:天依スイの孤軍奮闘

:ロールプレイを投げ出したw

:わずかな間に悟るとはこいつ本当に新人声優か?

:妙に配信慣れしているから実は個人勢だとか?

:ランランwww

:華麗なるスルー俺でなきゃ見逃しちゃうね

:この簡単な説明に至るまでなぜここまでかかる

:胡蝶ユイ仕事しろw

:私として胡蝶ユイお姉さまの執事も見たかったのですけど、ちゃんとお役目も果たさなくては駄目ですわよね。


天依スイ:「ド派手に煌めく魔法。爽快感とメカの重厚さを兼ね備えたバトルシーン。それらを支える美麗かつ滑らかなアニメーション。そして重厚なストーリーを支える演技。恥ずかしながら私もその一端を担わせていただいております」


胡蝶ユイ:「本当にアニメーションがぬるぬる動くよね。魔法も綺麗だけど、縦横無尽に動き回る近接バトルアクションもオススメ。もちろん演技も凄い。特に見どころは天依スイさん演じるプレシア教官! あの凄みはカタギじゃない!」


天依スイ:「……カタギです。勲章貰う軍人ですから道を踏み外してません。私の役であるプレシア教官は色々な過去を抱えている物語の重要人物です。ネタバレ要素がありますので、詳細はアニメを見ていただければと思います。けれど今回は幸運にも皆様の前でお話しさせていただく機会を得ました。少し失礼させていただきますね」


胡蝶ユイ:「おっ! 天依スイさんの雰囲気が変わった」


天依スイ:『イリア……戦場で呆けるとはいいご身分だな。よほど死にたいらしい。その緩みきった頭のネジをしめるためにどうしてほしい? ああ……答えなくていい。ちょうどいいねじ回しがあることを思い出した』


雨宮ひかり:『ひっ! 教官! それはねじ回しじゃないです! 岩盤掘削用のドリルです!』


胡蝶ユイ:「出来上がってる! 出来上がってるよこの二人!」


竜胆スズカ:「これが生プレシア教官か。私までビクッとなった」


胡蝶ユイ:「リンリンも復活した」


雨宮ひかり:「はっ!? 私はいったい?」


天依スイ:「ひかりさんは初めての配信でずいぶんと緊張なされていたみたいです。まず深呼吸してリラックスしましょう」


:プレシア教官はな……

:確かに色々あるな

:原作組として現時点でも想像以上の出来に驚いてる

:原作よりもアニメのプレシア教官の方がいいって原作者が呟いているからな

:元々はプレシア教官のグッズの数はあまり生産してなかったのに計算外の主人公並みの需要で入手困難だからな

:生プレシア教官キタw

:迫力あるけど台詞がカタギじゃないwww

:イリアw

:これで起きるんだwww

:確かにアニメに似たシーンあったけど

:条件反射でセリフが出てくるのはさすが

:なにごともなかったかのようにフォローを入れる天依スイ


竜胆スズカ:「天依スイさん。進行を任せてごめんね」


天依スイ:「いえ大丈夫です」


竜胆スズカ:「ランランって面白い方向に転がす嗅覚は鋭いんだけど、そのせいで脇道に逸れやすいから大変でしょ」


胡蝶ユイ:「リンリン酷い! 別に問題なかったよね天依スイさん」


天依スイ:「……………………はい」


雨宮ひかり:「天依スイさん。負担かけてごめんなさい。私が役立たずで」


:ランランは天才肌過ぎてマジでなにも考えてないときあるからな

:本能と人柄と才覚だけで生きる女

:それだけ備わっていたら十分だからな

:天依スイの苦渋と葛藤に満ちた肯定

:新人なのにこの場で一番まとも

:あめピカは仕方がない


竜胆スズカ:「それにしても聞いていた通り、天依スイさんのプレシア教官は迫力あるね。ねえ今度は私達にも一言お願いできるかな」


胡蝶ユイ:「おっ! いいねいいね。甘い台詞を希望します」


天依スイ:『……いい加減にしろ』


雨宮ひかり:「えっ……天依スイさん?」


天依スイ:『いい加減にしろよてめーら! まともに司会進行しないで遊んでばかり! そんなに遊びたいなら表に出ろ! 楽しい楽しい的当て大会の開催だ! 的になるのは楽しいぞ! なにせ成功率百パーセントの実弾ダイエットだからな! 痩せたい箇所にマーカーつけろ。ああ……頭は狙わないから安心しろ。軽すぎてそれ以上ダイエットの必要はない』


雨宮ひかり:「ひっ!」


竜胆スズカ:「了解であります!」


胡蝶ユイ:「はい! 表を走ってきます!」


 配信にプレシア教官の怒声が響き渡る。

 その言葉に従い竜胆スズカと胡蝶ユイが本当に配信から消えてしまった。


雨宮ひかり:「……行っちゃった」


天依スイ:「ああ……私はなんて失礼なこと。竜胆スズカさんと胡蝶ユイさんが配信から消えたのは私の責任です。私は二人を連れ戻してきます。その間ひかりさんはこの配信をお願いしますね。現在は生配信中。誰もいなくなることなんて許されません。では」


雨宮ひかり:「え? え? えぇぇーーーー!?」


 天依スイも芝居がかった台詞を残して画面から消えた。

 そして雨宮ひかりだけが配信画面にはポツンと一人で取り残される。


:不躾な振りに天依スイがついにキレた

:えっ? マジ?

:……これヤバいんじゃないの

:配信事故?

:成功率百パーセント! 今ダイエット業界に激震が走った!

:ダイエット(物理)

:風穴空いてるじゃん

:リバウンド……できたらいいな

:ん? これは……

:ゲスト二人だけが取り残されたw

:ただのコントだった

:天依スイの怒りの演技がマジすぎてビビった

:雨宮ひかりだけはマジでビビってただろw

:そして天依スイも去っていく

:一人取り残されるあめピカ憐れ


雨宮ひかり:「そんな!? 素人の私一人だと配信なんて無理だよ! 誰か! 誰か助けてぇーーーーー!」


 雨宮ひかりの助けを呼ぶ声。

 だが誰も来ない。


雨宮ひかり:「……ん? えーと……あー……誰か助けてぇぇーーーー!」


 再度助けを呼ぶが誰も来ない。

 そんな雨宮ひかりの頭上にはこんなテロップが流れていた。


【しばらくの間、雨宮ひかりさんワンマンライブショーをお楽しみください。演目は『誰も来ない』です】


雨宮ひかり:「誰か助けて……ってなにこのテロップ!」


:助け求めた

:まあゲストの初心者一人ではな

:誰も来ない?

:来ないのかよw

:あめピカも困惑してる

:助けを求めているのにwww

:雨宮ひかりさんワンマンライブショーw

:あめピカ頭上頭上

:画面見ろ

:やっと気づいたw


雨宮ひかり:「ちょっとセツナ! どうして助けに来ないのよ!」


【セツナ? 誰のことでしょう?】


雨宮ひかり:「さっきからずっと見えているのよ! わざとらしくテロップ担当と書かれているタスキまでして! 手は振らなくていい! いいから台本通り配信に参加しなさい!」


【台本?】


雨宮ひかり:「台本にあったよね! 三人が配信から出ていく。一人取り残された私が助けを求める。桜色セツナの登場。そこから本格的に『アームズ・ナイトギア』の内容を掘り下げる特番が始まるって」


【今日の配信に台本通りのところありましたか?】


雨宮ひかり:「え? た……確かに天依スイさんの登場の仕方も胡蝶ユイさんのあれも台本になかったけど。でも三人ともわざとらしく出て行ったし!」


【確かに三人が出ていくところだけは台本通りですね】


雨宮ひかり:「ところ……だけ?」


【ひかりさんが読んだのは嘘の台本です】


雨宮ひかり:「嘘の台本!? そんなことはあり得えないよね? 配信に不慣れな私のために虹色ボイス事務所がわざわざ詳細な台本を用意してくれた。そうマネージャーから渡されたんだよ。私も知らないような『アームズ・ナイトギア』の設定資料やアニメの原画も添付された分厚いの。昨日必死に読み込んできたんだから!」


【完全に噓の台本ですね。虹色ボイス公式配信では台本の書き込みが多い場合は嘘本です】


雨宮ひかり:「嘘本!?」


【ちなみに今回の雨宮ひかりさんのボッチ配信は双方の事務所合意のうえです。ひかりさんのマネージャーさんからも「大人対応に慣れてしまった雨宮ひかりをどうぞ年相応に戻してください」とお願いされています】


雨宮ひかり:「マネージャーーーーー!!! ああもうっ! 台本でも嘘本でもどちらでもいいからテロップ打ってないで配信に参加しなさいよ! 桜色セツナ!」


:台本?

:テロップと普通に会話するなw

:あめピカが壊れていく

:そりゃあ幼なじみ相手だから雨宮ひかりも感情的になるよな

:今度はひかさくのコントが始まった

:さっきまで丁寧口調だったのにこんなに感情的になって

:相手セツにゃんだったw

:テロップ担当のタスキwww

:『アームズ・ナイトギア』の設定資料やアニメ原画付きの嘘の台本www

:悲報「虹色ボイス公式配信では台本の書き込みが多い場合は嘘本」

:嘘本ってなんだよw

:その嘘本マジで欲しいんだけどプレゼント応募ない?

:マネージャーも仕掛け人w


【すみません。無理です。黒糖タピオカミルクティー飲んでいるので。テロップしか打てません。桜色セツナより】


雨宮ひかり:「そんなの理由になるか! 配信を優先しなさい! 虹色ボイスの公式チャンネルでしょ!」


【この黒糖タピオカミルクティーはアリスさんの手作りですよ?】


雨宮ひかり:「アリスさんの手作り? なら配信より優先されても……ってならないからね! その理由で納得するのセツナだけだから!」


【本当ですか? 粉からタピオカを手作りですよ?】


雨宮ひかり:「粉からタピオカを手作り!? 乾燥タピオカを戻したわけじゃないの!?」


【アリスさんは粉から直輸入のこだわり派です】


雨宮ひかり:「こ……粉から直輸入。アリスさん……本当になにやってるの?」


:配信に参加できない理由「黒糖タピオカミルクティー飲んでいるから」

:信じられるか……これがあのイリアとティナなんだぜ

:アニメだとここまでぶっ飛んでない

:子役時代のひかさくと比べても変わったよな……氷室さくらが

:クールだったあの娘が雨宮ひかりをイジり倒すなんて……いいぞもっとやれ

:セツにゃん飛ばしているな

:ああ……

:納得

:そりゃあ配信よりも黒糖タピオカミルクティーを優先するよな

:真宵アリスの手作りならしゃーない

:お前らセツにゃんに訓練されすぎだろ

:桜色セツナからアリスさんトークが出ると謎の説得力が醸し出される

:アリスさんトークなら業界ナンバーワンだから

:その業界オンリーワンなのでは?

:へ……粉から?

:粉から直輸入派www

:あめピカ……謎のアリスさん圧に負けるw

:主題歌歌手なにしてんのw

:真宵アリス「タピオカこねてます」

:配信に出ていないのに話題に出るだけで盛り上がるよなこいつ

:そう言えばアリスちゃんの沖縄台湾南国フェア開催中だったか


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