第101話 アニメ特番公式生配信④-テロップときどきメイド店員-

 渡された虹色ボイス公式配信の台本は噓本だった。

 配信にポツンと一人取り残される雨宮ひかり。

 一緒に進行するはずの桜色セツナは迷テロップを生み出し続ける。

 これがVTuberなのか……あまりの理不尽に心が折れかけたとき画面にコメントが流れていることに気づいた。


:虹色ボイスの洗礼

:頑張れあめピカ

:セツにゃんに負けるなw

:大丈夫だ君ならできる!

:黒糖タピオカミルクティーいいな

:安定のひかさく

:セツにゃんが楽しそうでなにより

:ピカ虐

:そういえば一番芸歴長いのか

:もっとやれ


 暖かい声援もあれば煽る言葉もある。

 でも概ね好評だった。

 見ている視聴者はこの状況を楽しんでいる。

 場所は虹色ボイス公式配信チャンネル。画面にはゲストの雨宮ひかりただ一人。虹色ボイスのアバターが一人として映っていない。

 それなのに楽しんでいる。

 演者もリスナーも楽しんだ人が勝ち。それが配信なのかもしれない。

 雨宮ひかりは天依スイの言葉を思い出す。緊張を解くため一度深呼吸してリラックス。大切な教官からの教えだ。


雨宮ひかり:「ふう……意地でも配信に出てこないつもりね」


【いえ。出演するつもりはあるのですが……】


雨宮ひかり:「え? あったの?」


【黒糖タピオカミルクティーの宿命。残り三つほどタピオカが氷と氷の変なところに挟まってどうしても取れない症候群を患ってしまいまして】


雨宮ひかり:「ああ! あるあるだよね」


【しばらく配信に出れそうにありません】


雨宮ひかり:「それなら仕方がない……ってならないからね! そしてコメント! こんな理由で納得するな!」


:おっ……持ち直した

:さすがベテラン

:セツにゃん出演するつもりあるのか

:ああ!

:黒糖タピオカミルクティーあるある

:なら仕方ないwww

:本当に三つぐらい取れないんだよな

:見えているのに取れない

:でもミルクティーもなくなりストローがタピオカを吸うときのスポッという音が癖になる

:こりゃあ配信に出れないなw

:怒られたw

:すまん悪乗りしすぎたw

:ちゃんとコメント読んでいるのかw

:反応出来てえらい


【リスナーさんに怒鳴っちゃダメです】


雨宮ひかり:「ご……ごめんなさい」


【ひかりさんはツッコミ気質。確かにボケには条件反射でツッコミを入れてしまうのかもしれません】


雨宮ひかり:「誰がツッコミ気質か! 条件反射でツッコミを入れてしまうってどんな体質よ!」


【……自覚がないようですね。ひかりさんはノリツッコミとツッコミが多いです】


雨宮ひかり:「えっ!? 本当に? そういえば最近よく声を張り上げているような」


【ボケ担当の私が言うのですから間違いありません】


雨宮ひかり:「ボケ担当!? そうよね……ツッコミがいるってことは誰かがボケているということ。つまり私のツッコミが多くなったのはセツナのせいじゃない!」


【ボケがあったからとして誰しもが即座にツッコミを入れるわけでは……】


雨宮ひかり:「ぐうっ……」


:注意されたw

:配信者として先輩セツにゃんの指導

:条件反射でツッコミw

:ツッコミ気質w

:確かにツッコミ多いなw

:それも桜色セツナが参加してから

:ボケ担当w

:ひかさくは漫才コンビだった?

:セツにゃんの正論ワロタ

:ぐうの音は出たな


【そんな雨宮ひかりさんにお届け物です】


雨宮ひかり:「え? なによ急に……ってあま……よいアリスさん!? なにに乗っているの!? なんかスーと近づい来るんだけど!?」


【アリスさんが乗っているのはボード型の立ち乗り電動スクーターですね。体重移動で操作するタイプの】


雨宮ひかり:「最近よくある奴だけど屋内で!? いやあれは屋内でしか見ない気もするけど!」


【デリバリーアリスさんです】


雨宮ひかり:「デリバリーアリスさん!?」


真宵アリス:「雨宮ひかりさん。お届けに参りました。こちらウエルカムドリンクの黒糖タピオカミルクティーになります」


雨宮ひかり:「これはどうもご丁寧にありがとうございます」


真宵アリス:「それではごゆるりと配信をお楽しみください」


雨宮ひかり:「はい。……え? 去って行っちゃうんですか?」


【デリバリーですから】


雨宮ひかり:「…………え? え? え? 今私は歓迎されているの? ここは配信スタジオだよね? なぜか普通にメイド服の少女に給仕されて、黒糖タピオカミルクティーを渡されたんだけど、どこからドッキリ? ここはメイド喫茶だった? 台湾カフェだった?」


【アリスさんの登場にひかりさん大混乱ですね。目を白黒させてます】


:お届け物?

:真宵アリス来た!

:謎の乗り物に乗ってるw

:アバターだけじゃなくリアルでもかw

:デリバリーアリスさん

:なにそのサービス

:黒糖タピオカミルクティー置いてった

:そして去っていく

:なにしてんだ主題歌歌手www

:草しか生えん

:雨宮ひかりからだとそうなるか

:そういえば真宵アリスは普段着がメイド服だったな

:あ……ありのまま。今起こった事を話すぜ!

:主題歌歌手で共演者のはずのリアルメイド服少女が、謎の乗り物で黒糖タピオカミルクティーをデリバリーして、そのまま去って行ったんだ

:なにを言っているのかわからねーと思う

:俺らもなにがあったのか理解しきれてねー

:雨宮ひかりの頭がどうにかなりそうだ

:ドッキリとか歓迎とかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ

:もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ

:……わずか一分にも満たない出演時間……なに一つ面白いことを言ってないのにこのインパクトとは

:本当にデリバリーしに来ただけだったw

:圧倒的なカオス

:さすが虹色ボイスの三期生の一番ヤバい奴

:本人は真面目なんだけどな……


【雨宮ひかりさんは少し落ち着きましょう。アリスさん手作りの黒糖タピオカミルクティー美味しいですよ。その間繋ぎます】


雨宮ひかり:「……う……うん。ありがとう。あっ! 美味しい」


【それでは雨宮ひかりが落ち着くまでリスナーの皆さんはこちらをご覧ください。ねこグローブ先生協力の下で作成したデリバリーアリスさんの配達アニメーションです。私のお気に入りですよ】


:……雨宮ひかりは頑張ってるな

:美味しそう

:よかったね

:なんだかんだ言ってセツにゃん優しい

:デリバリーアリスさんの配達アニメーションwww

:なに作ってやがるw

:アリスの目が死んでる

:シュールすぎるだろ

:無表情の美少女駄メイドロボがシルバートレイに黒糖タピオカミルクティーを載せて謎の乗り物で事務所を疾走するだけのアニメーション

:こういう配達ミニゲームありそう


雨宮ひかり:「……なにこれ?」


【このアリスさんも可愛いですよね! 乗り物は事務所の備品として購入してみたらしいんですけど、割と操縦が難しいのにアリスさんが一発で完璧に使いこなしてほぼ専用機になったんです。もう無表情でスーーと横移動していく姿が本当に面白くて! もう事務所の人間総出でこれは配信に反映させるしかない。アニメーション作るぞ、と盛り上がってですね! 話が大きくなればなるほどアリスさんの目から輝きが失われていったんです!】


雨宮ひかり:「可愛いけど……って長い! どれだけ打ってるの! というか配信画面を覆う大きさのテロップ出ているんだけど。そしてアリスさんは目の輝きを失ってるじゃん!」


【それではもう一度。店員さんカステラください】


雨宮ひかり:「もう一度? カステラ? ってまたアリスさん!? それで移動するのが普通なの!?」


真宵アリス:「お待たせ致しました。こちらご注文の台湾カステラです」


雨宮ひかり:「ど……どうもありがとうございます」


真宵アリス:「飲み物のご注文やおかわりなどがございますか?」


雨宮ひかり:「いえ! まだ黒糖タピオカミルクティーが残っているので」


【あっ! 店員さんちょっと来てもらっていいですか?】


真宵アリス:「かしこまりました」


雨宮ひかり:「またしても去って行くアリスさん。あ……セツナに近づいて……え!? テロップ担当のタスキを渡した! そしてアリスさんが着席して、セツナがあの乗り物で出ていくの?」


:テロップでも怒涛のアリスさん推し

:確かに真宵アリスには無言の横移動が似合う気がする

:専用機に乗るメイドロボ

:メカへの親和性が高い

:本人はドン引きしながらもノリで参加しているんだろうな

:また来たw

:本当にカフェ店員だな

:真宵アリスが給仕してくれるメイドカフェあったら通うわ

:男子禁制だけどな

:ずっとセツにゃんが店の中にいそう

:え……テロップ担当交代した?

:配信の外でなにコントやっているんだよこいつらw

:セツにゃんがアリス専用機に乗って出て行ったらしい


【テロップ担当交代しました。真宵アリスより】


雨宮ひかり:「えーと桜色セツナはどこに?」


【配信に参加するための準備のためにおト……姫のボタンを連打してます】


雨宮ひかり:「トイレですよね! そこまで言ったらもう普通におトイレでいいですよね。なんで言い直そうとしてあの消音のボタンを連打させたんですか!?」


【……VTuberはトイレの必要ありません。バーチャルですからバーチャルな音を奏でに行くだけです】


雨宮ひかり:「そんな昔のアイドルみたいなこだわりが……まあいいですけど。あのどうしてアリスさんもテロップ担当なんですか? 配信に参加してくれた方が助かるんですけど」


【テロップ参加で申し訳ございません。実はこの配信の後半に『アームズ・ナイトギア』の主題歌を生披露する予定なのでこれ以上喉を酷使できなくて】


雨宮ひかり:「凄く真っ当な理由だった!? そういう理由ならいいんです。今のうちに喉を休めてください。私こそ我がまま言って申し訳ないです!」


【いえ。配信中に一人にしてしまったので心細いでしょうし】


雨宮ひかり:「急に優しい言葉をかけられると……クスン」


【泣くとまたプレシア教官に怒鳴られますよ。鬱陶しいって】


雨宮ひかり:「う……鬱陶しい。でもプレシア教官なら本当に言いそう」


【それでは『アームズ・ナイトギア』の主役イリア役の雨宮ひかりさんにこのアニメの見所や裏話などを語ってもらいましょう】


雨宮ひかり:「……テロップ担当が変わると、進行までまともになるんですね」


:トイレの消音ボタン連打w

:バーチャルだからな

:VTuberはトイレに行かないw

:バーチャルな音を奏でにトイレに行く

:アリスのテロップ参加の理由がまともすぎて草

:雨宮ひかりも納得の理由

:セツにゃんがふざけすぎたなw

:後半アリスの生歌配信あるのか

:絶対に聞く

:あめピカ泣いた

:鬱陶しい

:鬱陶しいか

:確かに言いそう

:そう言えば天依スイはもう出ないのかな?

:アリスの進行でようやくまともにアニメ特番っぽくなったか


 このあと桜色セツナも配信に参加してアニメ特番は大好評のうちに終わった。

 翻弄されながらも長丁場で配信に出続けた声優よ雨宮ひかりはこの配信が話題になり、声優としての知名度も業界での評価も高まることになった。

 なお雨宮ひかりが渡された嘘本は雨宮ひかり、桜色セツナ、天依スイ、真宵アリスの四名サイン入りで応募してくれたリスナーにプレゼントコーナーに回された。



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