第13話 収益化記念生配信②ーついたあだ名は真空飛び膝蹴りー
『絶対に笑ってはいけない』
日本人なら誰もが知る年末の特番を思い浮かべるが、別に大仕掛けがあるわけでも出演者に条件が課されているわけでもない。あえて宣言されると意識してしまう。いけないとわかっているのに、笑ってしまう人間の心理を利用した企画だ。
配信において一応罰ゲーム感覚でスパチャをお願いするが、強制するわけでもなく自己申告かつ金額指定もないので無視すればいい。
けれどリスナーはライブ配信の空気に呑まれている。なぜか自主的に投げ銭してしまう魔の企画である。
「私にも引きこもりではない時代がありました。コミュ障や人間嫌いも発症していない純真無垢な少女の頃。小学六年生まで遡ります。これはよくある一人の少女が男子嫌いになるあるある話」
:舞台調
:安定のアリス劇場の開幕
:腹筋引き締めないと
:小学生女子が男子嫌いになるあるあるは予想できる
:ちょっと男子ぃ
「リスナーの中にも経験者がいるのかもしれませんね。皆さんが想像する通り、私のあだ名が『真空飛び膝蹴り』になるお話です」
:あるある……ってねえよ
:ちょっとアリス?
:冒頭から飛ばすなw
:はいアウト
「女子と男子の違いが分かれ始める頃、女子との接し方がわからない、でも気を惹きたいといじめてしまう。そんなのは小学校三年生四年生で卒業しましょう。というかやめましょう。本当に嫌われるだけなので」
:……うっ
:グサッ
:馬鹿でしたすみません
:うんうん
:六年生だと時期過ぎていたか
「私も四年生ぐらいで男子の標的にされて、六年生の頃にはすっかり男子とは距離を置いていました。けれどその頃になると恋愛を意識し始めるのもまた事実。事件が起きたのはそんなときでした」
:色恋沙汰?
:ねーな
:真空飛び膝蹴りだぞ
:真空飛び膝蹴りだからな
:おい連呼すんなw
:アウトな
「ある日の移動教室。機材がうまく動かないと授業冒頭で教室にトンボ返りした五時間目。ぞろぞろ戻ってきた私たちは目撃してしまうのです。昔私をいじめていた男子が私のリコーダーで猫ふんじゃったを吹いているのを」
:あー
:あかん
:純粋に気持ち悪い
:ネタだと思ってたけどやる奴いるんだ
「私は思いました。お前が踏んでいるのは虎の尾だこの変態上級者が、と。……本当に思ったんですよ。全部実話のトラウマですし」
:だからw
:誰が上手いこと言えと
:変態上級者w
:ちょこちょこネタ混ぜるなw
「嫌悪感で怖気立つ。全身の血が沸騰するほどの怒り。のちに友達は興奮気味に言います」
『ジブリみたいだった。ブワッと毛が逆立ってジブリみたいだった』
「小学校の頃は普通に友達もいたのです」
:おいwww
:ジブリw
:どういう状態かわかりやすいw
:アウトが大漁だな俺もだけどw
「私は教室の前ドア。変態は私の席のすぐ後ろにいて教室の中央後方。間には無数の机という障害物。関係ありませんでした。移動教室の荷物を友達に無言で渡して跳びあがる。気づけば私の身体は机の上に乗っていました。……道はできた」
:まさか
:自然に机の上に乗るなw
:道はできたじゃないw
:八艘飛びか
「時は小学六年生。成長期の訪れは様々です。机の高さも浮き沈み。ただ真っすぐ渡ればいいというものではない。高低差は少ない方がいい。徐々に駆けあがっていく方が机を踏みしめやすいのは自明の理。一瞬で最良のルート割り出しスタートです」
:なるほどコツがあるのか
:確かに机の高低差はあるけどw
:机渡りのプロかな
:……まず机の上は渡るものじゃないという常識をだな
:無駄知識が増えた気がする
「低めの机が並ぶ教室前列を渡って教室中央へ。そこから弧を描いて変態に向かう。実は当時私の教室の机の並びには重大な欠点がありました。一番背の低い私の席の前に大男ミスターグレートウォールがいたのです。黒板もあまり見えませんでした。先生からも見えないので、私のノートはねこ姉仕込みのクロッキー帳です。最高到達点はミスターグレートウォールの席しかない」
:大男
:真面目に授業受けろよ
:クロッキー帳?
:お絵描きノートか
:ねこグローブ先生の悪影響が
:ミスターグレートウォールw
「タンタンダンと駆け上がる。ミスターグレートウォールを超えれば足場はない。……変態は私の席の後ろ。つまり教室でもっとも低い机の近くなので足場にならない。悲しい現実です。私は悲しみも乗り越えて、ミスターグレートウォールを発射台にします」
:悲しいのはわかるが理由が足場にならないって
:高低差あると着地ができない
:足場にされる机が
:ご褒美かな?
:その発想はなかった
「全力で踏み切りいざ天誅! ……助走が完璧過ぎました。私の身体は予想以上の勢いで跳び上がる。あ然とした変態の顔は少し下。飛びすぎでした。せっかく握りしめた拳は届かない。このままでは変態の頭の上を過ぎる。けれど本能が教えてくれます。拳は届かなくても膝ならちょうどいい」
:天誅www
:本能が教えてくれますじゃないw
:膝ならちょうどいいってw
「そのまま全身をひねり、溜め込んだ怒りを膝に乗せて変態の顔面に解き放ちます。衝突により運動エネルギーは見事に伝達されました。前進する力を失った私の身体は重力に導かれて床に着地します。対照的に吹っ飛んだ変態は教室後ろのスペースに錐揉み落下。それは教室の扉を開けてからわずか数秒の出来事でした」
:解き放つなw
:状況はわかったけど
:教室の扉を開けてからわずか数秒の出来事が長いw
:描写に力入れすぎ
:錐揉み落下って
「のちに友達は冷静に評します」
『たぶん私の生涯で、あれほど見事な真空飛び膝蹴りを見ることはもうない』
『机の上という空中戦なら世界狙える』
:だからw
:腹痛い
:私の生涯で生の真空飛び膝蹴りなど一度たりとも目撃したことがない
:机の上という空中戦ってなんだw
「からんと転がるのは変態の持っていたリコーダー。すでに私のではありません。振り返って見下すと変態は顔面を押さえ、鼻血で血溜まりを作りながら呻いています。そう呻いていました。……やらねば。私の足は自然と前に進み、途中でリコーダーを踏み砕きます。私はリコーダーを踏み砕いたことさえ気づかずに、近くの席の椅子を持ち上げていました。そこで羽交い絞めにされて拘束されます」
:やらねばwww
:サスペンスw
:笑えないw
:……リコーダーさんが
:惨劇のアリス
「私を羽交い絞めにした友達はのちに証言します」
『リコーダーの砕ける音で止まっていた時間が動いた。あれがなかったら惨劇を止められなかった。たぶんリコーダーの最期の音』
『純粋な殺意ってあんなにも冷たいんだね。蔑みもせず機械みたいに動いてた』
『一生に一度は言ってみたい台詞。こんな奴のためにあなたが手を汚す必要はない。とっさに出なかったことを後悔してる』
:だからおいw
:リコーダーさんwww
:友達濃いな
:ドラマみたいな台詞を日常で使うシチュエーションに遭いたくない
「鼻陥没骨折の流血沙汰。病院送りの事件です。全校が騒然となります。親には怒られましたが、相手の親は原因が原因だけになにも言ってきませんでした。先生方もやりすぎと言うだけで、原因については口にするを避けます」
:鼻陥没骨折
:腫れ物扱い
:臭いものにフタ
:先生も保護者も扱いに困るよね
:確かに治療費請求とかもしにくい
「以前から動画配信で流行っている遊びやプロレスごっこなどへの注意をありました。けれどまさか、朝礼で教頭先生から全校生徒に向けて『真空飛び膝蹴りは大変危険です。皆さんはマネしないように』との言及があるとは思いませんでした」
:どんな気持ちで言ったんだ教頭www
:できねーよw
:前代未聞だったんだな
「そんなわけで私は男性嫌いになりました。持ち物の管理に神経質になり、少し潔癖症です。それと卒業するまであだ名が『真空飛び膝蹴り』になりました。真空飛び膝蹴りは大変危険です。良い子は絶対マネしないでください。……学校の先生の言葉で一番心に残っているのがこれってどうなのでしょう。これにて私のトラウマ小学生編は終了です」
:どうなのでしょうじゃないw
:まあ冷静に考えたらアリスが被害者だしトラウマだよな
:たぶん一生分の真空飛び膝蹴りを聞いた
:どうしようレート千円で始めたらすでにヤバい
:小学校編でこれかよ
:ご祝儀と思ってレート一万円でいたらすでに上限越えで笑い放題になったから勝ち組
「安心してください。次は暗黒中学生編です」
:明るく暗黒言うなw
:安心できる要素がない
:そういえば今日はシリアスな話だった
:事件しか起こせない女
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます