第35話 「影の席」に座る者

 今日は10月9日、東京も九州と同じく季節外れの暑さだ。


 俺は、今、今日の結婚式、披露宴を控え、ホテルの自室に居る。


 この章では、もう少し、現在進行形の話をする。


 次の章から、長崎から大阪に渡った会社人生の最後の2年間の話をするつもりである…


 今日の式場は東京の教会で行われる。


 娘は奇しくも神の祝福を選択した。


 仕方がない。


 無神論者の俺もそれに抗うつもりは毛頭ない。


 今日は神を睨み付ける事はしないとしよう…


 コ○ナ禍の影響により、本日の結婚式及び披露宴が行われるか否か、際どいところであったが、9月末に緊急事態宣言が解除され、予定どおり行われる。


 不運の星の下に生まれた俺としては、稀な幸運である。


 それは俺の不運力より、娘の幸運力が勝ったことと整理しよう。


 新婦の父はどういう心境か?


 嫁ぐ娘に感慨深い心境か?


 そうだなぁ、娘の幸せはこの上なく嬉しく思う、あの家庭内暴力からの幸せだ。本当に嬉しく思う。


 しかし、挙式の当日朝、俺の心境は、死んだ息子に傾いている。


 家族の一つの幸せは、家族の一つの不幸を呼び起こす。


 全てが幸せな家族など、この世に存在するのであろうか?


 あるにはあるんであろう。


 親族全員揃って祝福される新婦の方が多いのであろう。


 今日の新婦側の親族は、俺達夫婦と俺の姉夫婦の4人のみである。


 勿論、開催場所が九州であれば、俺の年老いた両親も参加したはずであったが、東京までは連れて来れなかった…


 それは、それでよかった。


 必ずお前の話になるからだ…


 息子よ。


 お父さんは、今日はお前のことを神に祈ることにした。


 神を恨むお父さんが、お前のことを神にお願いする。


 お前は、天空から妹の花嫁姿が見えるかい?


 見えないのであれば、神よ、息子に見えるようにしてくれ!


 お前は、妹に祝福の言葉を伝えたいかい?


 神よ、娘の夢に息子を登場させてくれ!


 お前はお父さんに言ったな…


「どうして、僕はお父さんに似たの?


 どうして、僕はお父さんみたいに乱暴者になったの?」と


 神よ!


 親のDNAが色濃く残っている思春期にて、どうして結論付けたのだ!


 奴の本性を俺の血のみに、どうして限定されたのか!


 奴という人間が、親の血から、自身の血、アイデンティティを生成するチャンスをどうして剥奪したのか!


 神よ!


 お前に分かるか!


 息子の最後の言葉が、「ごめんな…」と言われた親の気持ちが…


 神を恨むのは冒涜か!


 お門違いか!


 だから、お前に言っても仕方がないんだ!


 ただ、お前に叫ばなくて、誰に叫ぶ!


 俺の人生の犠牲者。


 そいつらの声無き声を誰が受け止めるのだ!


 分かっている。


 俺が受け止める。


 俺が我を通した結果として、それを受け止める。


 でもなぁ…


 かなりきついぞ…


今にも首を吊りそうになるぞ。


 娘の結婚式の朝に、新婦の父が首を吊りたいなど、どれだけの人間が思ったのか?


 おい、神よ!


 俺みたいな気持ちを抱いた間抜けな父親が何人いたか、教えてくれ!


 お前にしか分からないだろう?


 人間の感情を数値化する術は、お前だけの特権だ。


 どうして、差別化する。


 どうして、格差を設ける。


 どうして、白と黒以外に色を作る?


 天国と地獄以外に行き場所があるのか?


 息子は今、何処にいる?


 自殺は神の冒涜、ならば、奴は地獄に居るのか?


 ならば安心した。


 俺の行き先は地獄だからな。


 直に息子に逢える訳だな。


 神よ。


 つべこべ言ったが、お赦しを…


 今日は娘に祝福を…


俺は、今、東京渋谷のホテルの窓から、闇夜に始めて刺す、太陽の初産である「曙光」を見つめている。


 娘の放つ光、その汚れの無い純粋な「曙光」は、神と来賓者の祝福により、昼過ぎには「陽光」となる。


 その光の真反対に影があり、そこに息子が生息している。


 光と影のコントラスト


 息子よ。


 今度は、お前に光の席を用意しよう。


 影の席は俺のみで十分だ!


 

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