第14話 「怒り」のアーカイブは映写された…

 2020TOKYOオリンピックが幕を閉じた。

 

 そして何が残ったのか。


 熱戦の記憶、それは皆無である。


 日本勢の史上最多メダル数の獲得。


 それは喜ばしい事だと他人事のようにしか感情が湧かない。


 この祭典が終わるとともに、巧みなプロパガンダ戦略も終焉し、現実が、花火の後の月夜のように、主役の座を取り戻すべき、恒久に認識され、然とした、不純物の紛れもない一筋の光線を発する。


 良いか悪いかなど、都合が良いか悪いかなど、得をするか損をするかなど….、


 そんな操作性のある粗品ではない。


 事実のみという、限りなく透明度の高い光線が、祭りの後の日本を剥き出しに晒した。


 コ○ナ感染者、1日1万5000人を超え、遂に2万人を超えた…


緊急事態宣言、蔓延防止重点措置、2回のワクチン摂取…


 これら後追い愚策は、全くもって、晒された現実に歯が立たない。


 さらに、未来にも慄き出し始めた。


「コ○ナはもう止まらない!」


「何もやっても無駄だ!」


「何回ワクチン接種しても、感染してしまう!」


「ロックダウンしなければ、大変な事態になる!」等々


 もう既に大変な事態なのに…


 この事態は覚悟していたのではないのか!


 世界の運動会を開催するとした時点で覚悟していたのではないのか!


「災害級の感染状況、帰省、外出、控えてください!」


「親族との会食も控えてください!」


「責任のある行動を取ってください!」


 ふざけるな!


 どの口が宣っているのか!


 丸投げやないか!!


 自然災害と同じにするな!!


 自然が怒るわ!!


 人災やんけ!!


 無能なお偉方が招いた人的災害やんけ!!


 考えて発言せんか!!


 懐にしこたま私欲を掻き込み、世界の運動会プロパガンダで国民の危機管理意識を脆弱化させ、ワクチン頼みと壊れたレコードのように繰り返し言い続けて、


 アメリカ薬品メーカーの業績貢献しかならないアナウンスのみ繰り返したくせに、


 挙句の底は、丸投げか…


 ふざけるのもいい加減にせよ!!


 腐れ永田町、腐れ霞が関、腐れ丸の内!!


 お前ら雑魚が大物気取りで国を仕切ると碌なことがない!!


 明治維新の立役者の子孫のボンボン野郎!!


 薩摩、長州の熱き血潮が枯れ果てた、お坊ちゃん連中が、金持ち連中が、損得勘定で国を操りやがって!!


 加えて、田舎者のお上りさんが顔を連ねる。


 ボンボン政治家共と面を並べただけで、己も生粋の政治家だと勘違いする。


 腐れ田舎者のお上り野郎の雑魚総理大臣が!


 貴様らみたいな者に限って、有事に役立たない!


 田舎もんの癖、外面良く、欧米の品の良さに憧れるイエローモンキー!!


 何が女性の登用だ!


 トップの3割を女性にする?


 アナウンサー上がりばかり、落下傘部隊ばかり、政治も地域情勢も何も知らぬドシロウとお嬢様に選票を湯水のように与えやがって!!


 日本を潰す気か!!


 不細工ボンボンの二世、三世、それに媚びる田舎もん、そして、口先だけの女共のエセ政治家野郎!


 世界の真似をするな!!


 歴史を振り返ろ!


 戦場には女共は要らんのや!


 横文字ばかり使いやがって、腐れバァバァー、首都沈没やないか!


 ほんま、胸糞悪い、怒りが収まらん!


「憤慨」や!!


 ちょっと待ってくれ。精神安定剤を服用して、俺の大阪時代の後半を書き綴るから…


少し待ってくれ。


 大阪支店に着任し、半年が過ぎた辺りから風向きが変わったところまで話したかな。


 そうそう、卑怯者連中が恥ずかし気もなく、俺に靡いて来たのだ。


 俺は年明けの1月1日付けで人事部係長に抜擢された。


 特命は、ハゲタカ外資系ホールディングスとの合併契約の折衝だった。


 俺は会社の兄弟会社をハゲタカ共に差し出す案を提案した。


 兄弟会社の「不動産事業」については当社に事業継承する会社分割を踏み、残りの営業事業、動産事業、人員等をハゲタカに捧げる。


 こうすることにより、会社合併は、消滅する兄弟会社を因数分解し、元々、御家芸であった「不動産事業」のスキルだけ当社に引き継がせるのだ。


 この因数分解された「不動産事業」は、額面、資本金額も少額であり、見かけも弱小ぽく映り、ハゲタカの興味を削ぐ。


 そして、生贄とした兄弟会社自体の資本金もスリム化され、ハゲタカ外資系がいかにも好きそうなダイエット商品として、アフタービルドを果たす。


 当然、「不動産事業」に長けてる人員は少数精鋭として当社に迎え入れ、死に体となった事業の人員は外資系ホールディングスに引き継がれる。


 ハゲタカの餌になった人員…


そう遠くない将来をもって、再就職支援等、全くなしの、完全リストラという首斬りに遭うことは、火を見るよりも明らかであった。


 ハゲタカ、死神の本領発揮である。


 このように、ハゲタカに睨まれた都度、俺は肥満化した兄弟会社を生贄として、名ばかりの対等合併契約を締結し、当社のリスクを最小限に食い止めていった。


 誰でも考え付く方策ではないのかって?


 会社法上は、パーチェス法と呼ばれポピュラーな合併手法ではあったが、内部統制、内部ガバメントの指揮が上手くいかないと、単なる足し算になってしまう。


 俺はそうならないよう、大阪支店の上層部に釘を刺した。


「ハゲタカ相手に無傷なんて、そんな欲は捨てて頂く。

 手足の一本、二本は捥がれる苦痛は覚悟した上、交渉に当たらないと、絶対に敵わない。

 その覚悟はありますか?」と


 大阪支店の上層部、本社出身者で椅子を埋める傀儡上層部…


 生きて本社に戻れれば、大阪支店なんぞ、知ったことじゃないと、他人事のような本音を持ってる卑怯者連中、


 俺の提案に首を横に振る者など、誰一人として居なかった。


 あれだけ、大阪人、関西人の特質、地元贔屓を腹黒く活用していた上層部は、ある意味、地元を見捨てたのだ。


 東京に行きたくなくて、転勤を断り、我儘に兄弟会社に出向していた弱虫社員は、一人残らず、外資系ホールディングスに吸収され、すぐ様、残酷なリストラの餌食となって行った。


 俺が知ったことではない!


 損得感情ばかりがまかり通っていた関西圏の風潮が危機を回避できなかったのであり、


 大阪人の地元エコ贔屓に目を瞑り、更には、それを煽り、他所者を村八分にすることにより、自身らへ対する風当たりを避けていた本社出身の腰掛け上層部、結局、誰も助ける事はできず、大阪、関西を売ってしまったのだ!


 俺の知ったことではない!


 お前らが撒いた種だ!


 刈り取ってあげただけ、感謝しろ!


 こうして、俺の大阪勤務の2年目は、ある意味、ハゲタカと手を結んで、九州の死神として、爪痕を残して行った。


 良くも悪くもだ…


 しかし、俺の悪い心はじっとしては居なかった。


 小雨のパラつく阪神甲子園球場のライトスタンド。


 物凄い歓声が湧き上がった。


 7回裏ツーアウトから3番マートンの逆転二塁打。


 満塁のランナー一掃の逆転タイムリー二塁打だ。


 相手は巨人。そのマウンドには逆転打を許したのに、ニヤけてキャッチャーと会話をしている、左腕投手がいた。


 パリーグのチームからフリーエージェントにより今年、巨人のユニフォームに袖を通した、田舎者の、金の亡者の無能な左腕投手。


 地元阪神ファンは地響きのような歓喜に浸り、「六甲おろし」を熱唱し出した。


 俺の隣に座る家族も大喜びだ。


 気の触れた阪神ファンの老人が千円札を花吹雪のようにばら撒き、叫ぶ。


「ワシの奢りや!皆、ビールを頼め!そして、六甲おろしを歌うんやぁ~」と


 ビール樽をおんぶしたビールの売り子が誰も彼にもビールを注ぎ渡し始めた。


 俺は後ろポケットから角瓶のクォーターボトルを取り出し、抗うつ薬のカプセルを開け、その白い粉を丁寧に琥珀色の液体の入ったボトルに注ぎ込み、一飲みした。


 千円札をばら撒いた、気の触れた阪神ファンの老人が俺に物申す。


「アンタも歌わんかい!」


「阪神、逆転やー」と


 俺はその阪神ファンの素振りを無視して、また、抗うつ薬の溶け込んだウィスキーを一飲みする。


 そして、あのニヤけてる巨人の投手をじっと睨みつける。


 お祭り騒ぎのライトスタンドの中、1人だけ、異臭を放つように、空気の色が変わっているかのように、怨念に満ちた死霊のように、俺はひたすら巨人の投手を睨み付けていた。


 この頃、俺の鬱病はかなり深刻な状態となっており、希死念慮に対抗すべく、全ての感情は「怒り」で支配されていた。


 脳内細胞から分泌されるセロトリンは、抗うつ薬で分泌されることはなく、この無気力を打破するために、俺の心は俺に「怒り」を投薬した。


 「怒り」だ!


 「怒り」狂うために生きていくのだ!


 「怒り」を止めると、鬱が無気力が襲ってくる…


 俺の悪い心は、周到な「怒り」のアーカイブ室を作り上げ、俺の脳細胞の死骸を払い除いた片隅エリアで「怒り」の映写機を回し始めた。


 俺はそれを映画館でポップコーンを食べるように、抗うつ薬をツマミにしてウイスキーを飲み続け、脳内を麻痺させ、大魔神が目を見開くかのように、「怒り」の眼差しで前方を睨み続ける。


 俺の視界にはニヤけの雑魚投手など入っていない。


 見えてるのは、俺を裏切り、俺を侮辱し、俺に対抗した輩共、そいつらの顔だけだ!


 俺は鬱病を最大の燃料とし、「怒り」の映像を回し始めた。


 遂に回し始めたのだ。


 この先、俺は「怒り」と共に歩み続ける…


 「怒り」と共に

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