第9話 イエスマン、組織の犬の腐れ研修

 どっ白けのオリンピックが始まったみたいだな。

 開会式の演出家が、昔、ホロコーストのコントをしてたって?

 屑な奴だ!

 久々聞いたよ「ホロコースト」って単語をね。


 アウシュビッツその他のナチス収容所を描いた「夜と霧」という本を読んで以来だ。


「ホロコースト」


 この言葉を聞いただけで寒気がする。


 虐げられた人類の最大の恐怖が詰まっている言葉だ。


 それをコントに…


 そして、そのような人格を持った人間を平和の祭典であるオリンピックに抜擢する。


 何も変わっちゃいない。


 喉元過ぎればこの様だ。


 犠牲者の命など虫ケラさ。


 成果主義、商業主義、忖度、コネ、そんなスキルが悪魔に脚光を当てる。


 この屑野郎より、この屑野郎の人格を見抜けなかった組織に責任がある。


 ドイツもとばっちりさ。寝た子を起こされたな。


 歴史上、最大の「イエスマン」がナチスを支持したドイツ国民だ。


 奴らは知っていた。


 ホロコーストの存在をね。


 虐げられた人々の怨念は、消えないのさ。


 ホロコーストだけではない!


 今尚、至る所で虐げる者と虐げられる者とが区分けされている。


 前も言ったように人間の不幸量は秤で測れない。


 何をもって、歴史上、最悪の不幸かは、神のみぞ知る。


 また、話が逸れたな。


 会社組織との確執がスタートした所までだったな。


 そう。会社組織は俺を「イエスマン」に仕立てあげようとし出したんだよ。


 この反逆者を事もあろうに「イエスマン」にさ!


 俺の悪い心は、躍起して大喜びさ。


「お前がイエスマンになるのか?それは、見ものだ!」とね。


 そして、俺の悪い心は、そのご褒美に病をくれたよ。


 ほんの小手調に、ますば「閉所恐怖症」からの「パニック障害」さ…


 労働組合に加担しない俺を会社組織は面白いとした。


 俺の仕事の実力でもなく、将来性でもなく、ただ、モルモット、実験用の社員として俺を抜擢したのさ。


 その頃、バブル経済の崩壊が始まり、外資系企業、所謂、「ハゲタカ」どもが日本企業を根こそぎ吸収しようとしていた。


 俺の会社も類に漏れず、内部統制、内部ガバメントの強化に打って出た。


 こう言うと格好良く聞こえるが、中身は人員整理さ!大量リストラ策だよ!


 そのためには、ホロコーストのカポーと同じように、腐れ仕事、憎まれ役をする社員が必要となった。


 そこに労働組合と一線を引いた俺みたいな変わり者が浮上したわけさ。


 会社は俺を本社の幹部候補生養成の為の研修施設にぶち込んだ。


 周りは一流大学出のエリートばかり、そこに何故か俺みたいな半グレ野郎がちょこんと席を貰っていたわけさ。


 この研修は主に内部統制の為のマネージメントスキルの習得を主としたが、人員整理のため、また、コスト削減の為、民事訴訟法の訴訟知識を叩き込まれた。


 どうして?


 弁護士に代わる法務担当職員が必要だったからさ。雇用弁護士のコストは膨大な金額となっており、さらに、今後のリストラ策により労働者との訴訟が増大することを会社は危惧していた。


 そこで、社員と一線を引いている変わり者(俺みたいな輩さ)を墓掘り人として養成しようとしたのさ。


 俺は悪い気はせず、この3ヶ月間の研修に前向きに取り組んでいた。


 研修所の寮は個室で室内は完璧な装備が整っていた。

 予備校の寮とは雲泥の差だ。


 ただ、個室という孤独感は同じであり、孤独を好む俺には最適な環境がまた与えられたと言えた。


 来る日も来る日も俺は講義を熱心に受け、寮に戻っても寝る時間を削って民事訴訟法の勉強に精を出して行った。


 すると、俺の悪い心がヘソを曲げて来た。


「お前、本当に会社の幹部になるのか?お前、本当にイエスマンになるのか?お前、本当に組織の犬になるのか?」と


 耳鳴りと一緒になって、俺の悪い心は俺の脳裏に連呼をし始めたんだ。


 ある朝、いつものとおり、寮から本社で行われる講義に向かう為、俺は満員電車の中に居た。


 俺の寮は府中市にあり、本社は丸の内だ。1時間ほど中央線の満員電車に揺られる必要があったが、この東京名物の満員電車にも俺はすっかり慣れていた頃であった。


 しかし、あの朝…


急にあの耳鳴りが酷くなった。あの心の連呼がジンジンと頭に響き出し、目の前が真っ暗闇になったり、光眩くなったりし、心臓の鼓動が尋常ではない音を立て始めた。


 その時、俺は何かが急に怖くなった。得体の知れない何かだ!


 この箱詰めの車両ごと、得体の知れない何かに飲み込まれそうになるように俺には思え出した。


 この密着したまま、前の禿頭の中年サラリーマン、俺の後ろで下を俯いている女性会社員、早々と席を陣取り満足気に腰を据えてる学生ども!


 こいつらと一緒に得体の知れない何かに抹消されてしまう!


 そんな恐怖感が湧き上がり、俺は何とかこの場所から出たい!という強烈な願望に駆られ出した。


 発狂する寸前だ!大声で叫びたい!「俺をここから出せ!」と


 息苦しくなって来た。脂汗が凄い量だ。


 俺は、苦しく踠きたい、しかし、それができない現実と一抹の理性、この対立に益々、動悸は激しくなって行った。


 満員電車だ。誰も俺の様子などに気を止める者など居ない。


 俺はひたすら目を閉じ、ゆっくり呼吸することに努め、恐怖から逃れるため数字を数え出していた。


 何字まで数えたか?何万字は数えたよ。


 やっと電車が止まり、俺は解放された。


 暫し、駅構内のベンチに座り、呼吸を整えた。


 そして思った。


「心の奴が仕掛けた妨害策か!遂に強行策に出たな…」と


 俺はその夕方、本社近くの心療内科に行った。


 今のように予約しないと何ヶ月待ちといった繁盛ぶりはなく、簡単に受診できた。まだ、心療内科がタブー視されていた時代であった。それが幸いだった。


 医者は俺の衝動的不安感を一通り聴くとこう言った。


「パニック障害ですね。日常とこと離れた事をしだすと、急いで環境に適用しようと脳が焦り、パニックを起こすんですよ。」と


「治療方法はありますか?」


「薬を処方しましょう。安定剤です。それと良質の睡眠が必要とされますので睡眠導入剤を出しておきます。」


 こう述べると医者の診断は終わった。


 心療内科とは薬剤師と同じだ。それは今も変わらないがな…


 一応、俺は心の攻撃に防御する為の盾(薬)を得ることができた。


 そこで、俺は心に折り合いをつける為、条件停戦を持ち出した。


「おいおい、慌てるなと何度言ったら分かるのか!俺は決してイエスマン、組織の犬などにはならないよ!獲物、敵を探しに、その懐に潜り込んだだけだ!」と


 すると俺の悪い心はこう応じた。


「お前が「怒り」を失いそうだったから、俺から仕掛けたまでだ。獲物、「怒り」の獲物、偽善者どもを見つける為なら、それはそれで宜しい。」と


 俺は一安心した。


 無事、研修も終わり、俺の成績はまずまずの上位であり、九州支社は喜んだ。


 俺の将来に喜んだのではなく、自分らの保身の役に立つ資格を得て、九州に帰ってきたことを喜んだのだ。この九州支社の役員どもはな…


 ほら見ろ!


 すぐに獲物は現れただろう。


 自身の懐は傷めず、俺をモルモット、腐れ役に仕立てようとする狡賢い輩どもが、早速、のこのこ登場して来たよ!


 俺は許さない!


 狡賢いコヨーテ野郎!


 保身に走りやがった腰抜けども!


 絶対に許さない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る