聖者
ひろおたか
聖者
とある街に富豪の父娘がいた。娘エヴィは原因不明の難病に罹り、常に寝たきり状態に陥った。父ジョンはその病気が妻リリーと同じ症状で、リリーは治療の甲斐なく亡くなったこともあり、妻の忘れ形見であるエヴィは必ず救おう決めていた。そしてその時と違い、自分は商売に成功しそれなりの財も人脈も築いていたから必ず救うことができると信じていた。
ジョンは国中の、有名な医師のもとへ赴いたり呼んだりしてその医師にエヴィを診てもらったが、首を横に振られ病気がなんなのかさえもわからないと言われ続けた。国内でダメなら国外の著名な医師にも診てもらったが、梨の礫出会った。そして医師以外にも薬師、神頼みということでと高名な僧にも祈ってもらったが、エヴィの症状は一向に良くならなかった。
ジョンは途方に暮れた。自分はこのまま娘エヴィが死にに行く様を、妻リリーと同様、見ていることしかできないのだろうか。息を荒くして横たわる娘のそばで、ジョンは何もできない自分を責め続けていたところ、執事から、どのような病気であっても救ってくれるという聖者がいるということを知り、藁にもすがる気持ちでその聖者に会うことを決意した。
その聖者は地の果てと呼ばれる辺境に住んでいたため、自分の財産のほとんどを換金して旅の費用を捻出した。ジョンは苦しむエヴィを励ましながら、なんとかその聖者の住む教会に辿り着いた。その教会は滝の内側にある、そり立った崖をくり抜き、そのくり抜かれた空間に大理石でできた教会が建てられていた。当初ジョンらその教会を見つけられずにいたので、ただの噂話だったのかと気落ちしていたところ、たまたまその教会で勤める神官が滝の外に出てきてくれたことから、その教会を発見することができた。
「神はまだエヴィを見捨てていない」
そうジョンは思わず呟いた。ジョンは自分達を教会に案内してくれた神官に事情を説明し、聖者のお目通りをお願いした。しかし神官は、
「聖者様は皆の願いを叶え続けております。順番が来るまでお待ちください」と伝えジョン達を待機部屋に案内した。ジョンは救われたいのは自分だけではないとはやる気持ちを抑え、神官の言葉に従った。待機部屋にエヴィを寝かせるための簡易ベッドを作っている途中、部屋の前を、娘を聖者様に見てもらって良かったわと口にする夫婦と思われる男女が横切った。
「エヴィ様もきっと救われます、旦那様」と執事が声をかけてきたので、ジョンは期待を持って同意した。
一週間経った。依然としてジョンに声がかかることはなかった。エヴィの状態が明らかに悪化していた。ジョンは居ても立っても居られなくなり聖者に直談判しようとしたところ、待機部屋のドアがノックされた。
「娘さんに聖なる力を使うと聖者様がおっしゃっておりますので娘さんを聖堂までお運びください」と使いの神官が話した。聖堂にはジョンとエヴィしか入ることが許されなかったので、ジョンは娘を抱き、もう少しで助かるからなと声をかけ、急いで聖堂に娘を連れて行った。
聖堂の真ん中に人が横たわることのできる台があり、見たことのない模様が刺繍された布が敷かれていた。使いの神官からエヴィをその台の上に寝かすよう促された。ジョンは使いの神官の言われる通りにし、後ろに下がった。数分経った頃に、お経を唱えながら十一人の神官が聖者を連れて聖堂に入ってきた。ジョンは聖者に跪き、娘を助けてくださいと懇願した。
聖者は息が荒く苦しみ悶える娘を見ながら、
「おお! こんな幼い娘が可哀想に! お父さん、心配しなくても良い。娘は必ず救われるだろう。明日神官を呼びに行かせるので、その時に改めて聖堂に来るように」と笑顔で語った。ジョンは聖者の言葉に歓喜し、よろしくお願いしますと頭を下げ聖堂を後にした。
翌日、使いの神官とともにジョンは聖堂を訪れた。そして台の上で横になるエヴィのそばに駆け寄った。エヴィは昨日までと打って変わって、苦痛を感じさせない安らかな顔で眠っていた。まるで生きているかのように。
「あなたはどんな病気でも治してくれる聖者ではなかったのか!」と聖者に大声で問い詰めた。
聖者は昨日と同じ笑顔で言った。
「ここはこの世の最果ての地であり、あの世への入り口でもある。私の力はこの世での苦しみから解放してやることでその者の魂を救うことである。娘は治ることのない病気にかかったことを受け入れられず、怒りと悲しみで魂が穢されていた。しかし私の聖なる力でその不条理な死を娘は受け入れることができ心に安らぎを得て旅立った。その魂は必ずや神の御許に召されるであろう」
「さすがは聖者様だ」
神官は口々に聖者を褒め称えた。
ジョンはエヴィを抱きあげ人目を憚ることなく大声で泣きながら聖堂を出て行った。
聖者 ひろおたか @konburi
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