第26話 放課後の日常

その日、学園に来ていた真は、群れの雄叫びを聞いた。


切欠は、帰りのホームルームで先生が伝えたことだった。

「という訳で、帰りの連絡事項として二週間後の職業体験の報告だ。 特別に龍刻学園を対象とした幻葬士支部での体験が可能になった。勿論、書類仕事じゃないぞー? 実地で体験できるらしいからな。 幻葬士を考えている奴は全員行ってみたらどうだー?」


次の瞬間、中等部の校舎のガラスは歓喜の雄叫びによって砕け散った。


ついでに何人かの鼓膜は破れた。



ホームルームが終わった真は化学室に向かう学園の廊下を一人歩いていた。


すると背後から誰かが声をかけてきた。


「やっと見つけました。Mr.キョウ、私と一緒に帰りませんか?」


声をかけてきたのは雪のような銀髪を靡かせた同級生のフェオ。本名はフェオドラ。ロシア人の血を引く凍栄圏からの亡命生だ。なんでも、向こうで家が没落したとか。


ただ、申し訳ないことに、俺は学校で幾つか薬品を作っておきたかった。

「ごめん。学校でやることがあるから無理かな」

「そうですか…何をするおつもりで?」

「魔導薬品を作ろうかなって」


薬品と聞いて彼女は目の色を変えて、瞳を輝かせると俺の手伝いを申し出てきた。勿論喜んで了承した。


材料を持って2人で化学室に向かうと、すぐさま精製に取り掛かった。

今回作るのは、通称 蘇生薬フェニックスの羽魔導精製糸液スパイの紐だ。フェニックスの羽は、致命傷となる傷を特殊なゴムで塞いで繋ぐ高級治療品。スパイの紐は空気に触れると強靭な糸になるという戦場でよく傷を縫う医療糸として最適な薬品だ。

それぞれ、特殊な素材と器具が必要だがこの学園の施設があれば代用できる。勿論、素材は幻葬士の俺が特別に用意した。

どちらの薬品も1人だと複雑な工程もあり、時間がかかるが彼女の協力のおかげで予定していたよりも遥かに質の良いものが短時間で作れた。

これがあれば、いざという時の役に立つ。

出来た薬品のうち、一般所持の問題のないフェニックスの羽を幾つか渡すことにした。


「ありがとな、フェオ。君のおかげだよ」

そう言ったとたん、フェオはむくれると口を開いた。

「はあ。こちらこそ、蘇生薬なんてものを作れるなんて夢にも思いませんでした。ですが…その顔はいけないですよ」

「え、そんなに気持ち悪い顔だった!?」


この朴念仁、そう言って彼女は電車のホームの方へと足早に行ってしまった。


「え、どうすれば良かったのよこれ」

呆然と化学室に取り残された俺に背後から声がかかった。

「今のは、流石の私も同情しますよ」

振り向けば、先の彼女と同じく頬を膨らませて、むくれた様子の琴音がいた。

どうすれば良かったのかと真が問えば

「女の子に対しての行動がなってません」

そう言って一蹴した彼女は、しばらく考えてみたらどうですか、どうせ私たちは職業体験で会う筈ですので、と言って同じように行ってしまった。


「やっぱり、俺はモブ以下だしな」

アイツら全員顔も性格も良いし、と内心で付け足す。というかこの学校の人間は大体顔がいい。あれか、性格とか教養が滲み出ているというやつか。


ここから先の未来で、まず問題になるのは俺がゲームでは存在していなかったこと。そして、彼女がゲームでは攫われているはずということ。

とうの昔に、俺が知るPhantom killingの世界から外れてどうなるかの予測は立てられない。この分なら、知らない方がずっと良かった。

今まで、ずっと前世チートという名のスタートダッシュでずっと誤魔化してきただけだ。


二月も前に悠太が言った言葉が、ここ最近の訓練中によぎるようになった。


琴音の攻撃が当たるようになった。

こちらの糸がバレるようになった。


後、どれくらいの間優位に立っていられるか分からない。


本編が、始まるまで残りは凡そ、1年半。


それまでに、変わった世界の中でどれくらいの間琴音を庇え続けるか…そう思って俺は今日も、真というモブを動かしていく。


衛ノ島支部行きまで残り、14日。

そして、この時期にゲーム本編前最大の事件が起きる。


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