〜物語の裏側にて〜攻略不可能ヒロインと俺の暗躍
高麗豆腐
X章
第X章 涙雨
「ハァ、ハァ、ここまで来れば、流石に追ってこられないだろう。最期まで、理解せず邪魔してくれて」何故、大多数の人間は魔導科学の発展という崇高な目的を理解してくれないのか。
弟として、医者として、科学者として心の底から疑問に思っていた。
口を開けば、やれ道徳が。やれ倫理観が、やれ人権が、やれ法律が。
けれど、肩に背負うこれはそんなものを吹き飛ばすだけの可能性を孕んだ母体だ。
これを手に入れたいと考えた矢先、都合の良いことに幻想の牙だか獣だかが物資に人員、計画まで全て支援をしてくれた。ついでと、兄の邪魔をしたいと頼めば、それすらも肯定され、有頂天になった。
こんな状況でなければ、一度大声で高らかに笑いたいくらいだ。
一度、立ち止まって大きく呼吸する。
背後で爆発があったのか、地面が軽く揺れる。焼け草の匂いがする空気を吸い込んで、唯一の脱出口へと向かう。
「報復は、絶対だ……!」
もとは美しく咲き誇った薔薇も今は焼け焦げ、黒い炭しか残らない。
そんな庭園に蜘蛛の巣のように張り巡らした鎖の上に立つ。
「よくも……!やってくれた……!」
後ろを警戒して必死に逃げ出す白衣を睨みつける。銃が壊れていなければすぐさま撃ち殺してやるものを。
苛立ちを吐き捨てて、幻覚を作る魔導を心の中で詠唱し始める。
(属性は風 効果は蜃気楼 纏え《ウィンドヴェール》)
白衣の行手を気づかれないようにジワリジワリと一つ一つ逃げる可能性がある場所を全て潰していく。
そして、もう脱出出来るのは、俺の真下にある出口だけだ。
鎖の上から飛び降りて、太腿に差してあるナイフホルダーから一本だけ抜いた。
後は待つだけ。
「ここしか脱出出来ない……誘導された、のか!?護衛をしつつ乱戦の中こんなことが出来るのなんて……ああ、やっぱり気づかれたか」
俺たちを裏切って悠々と逃げようとしていた白衣も唯一の脱出口の上に立つ俺の姿をようやく捉えたらしい。
クソ野郎の白衣を纏った肩には、ぐったりとした彼女が、
俺が原因で、巻き込んでしまった彼女。
何故かは、いまだに理解が出来ていないが師匠と呼ばれて慕われているのだ。
仮にも師として、報復をしなければならない。
訓練メニューを組んで、一緒に受けた身として断言出来る。
気絶していようと僅かに意識が残っているなら少しの物音で起きられる。そういう訓練をした。だが、目が覚めないということは、薬で気を失っているのだろう。
どんな薬を使ったかは、分からないが許せない。
思考を、目の前の白衣に戻した。
戦闘員ではない白衣が相手だ。周辺の伏兵に気をつける程度で問題無い。
手元のナイフを向け、冷静に一度だけ問いかける。
「投降をする気は、あるか? 無いなら殺す。組織的に、裏切り者をわざわざ生かしてやる理由も無い。個人的にも、お前は生かしたくはないからな」
いつもより、遥かに低い声が出た。自分でも、想像以上に、裏切りが許せなかったらしい。
けれど、このくらいで投降するなら白衣は裏切りものになんてならないだろう。
コイツは自分の目的の為には、兄弟すら裏切れる人間な程に見境が無い。例えるなら、社会適応したサイコパスだ。いや実際そうか。
全く、嫌な信頼だ。
手の内を握り締め、返事を待つ。
相対したコイツの視線が俺を下から上まで見て、顔のあたりで止まった。
「あー、君は確か……
ヌケヌケと、やはり自分だけのやつだな。
「名前なんてどうだっていい。 質問に答えろ、これが最期だ」
脅しではないと、背後に鎖を張り巡らし、脱出口とコイツの背後の道を塞ぎ、棒立ちの足も鎖で縛り拘束しておく。
この間、0.1秒。
瞬きの間に逃げ道を奪われたにも関わらず、飄々とした態度を崩さない。
怪しい。
だが、コイツ自身は詰みだろうと態度を崩さない人間だ……それでも、訳も分からない嫌な汗がじっとりと首を伝った。
「やれやれ、これだから
やれやれと肩をすくめて、心底理解出来ないとばかり口にした。
駄目だ。冷静にならなくてはいけない。
全く。使えるものはなんでも使えば良いのに。道具は道具らしく使わないといけないだろう?」
冷静には、出来ない。
コイツは、よりにもよって彼女のことを道具と……そう言ったのか?
許せない
裏切りよりも、何よりもコイツは彼女の信頼を裏切って己の欲望を満たす為に彼女を道具とする。
そうだった。このクソ野郎はそういう我が道を行くやつだった。
「最期の言葉がそれでいいんだな。なら……もう、用は無い」
抵抗出来ないコイツに近づいて、喉元を一突きすれば出血で苦しんで死ぬ。
身体強化を行い、一息に殺そうと脚に力を入れて、爆発させ
「うん、もう僕は用は無いよ」
「何をっ」
突然、右の視界が紅く染まった。
その瞬間に嫌な予感が気配に変わり、背筋を這い回った。
視界の隅に光が見えた。
ドパァン
腕に巻き付けてある鎖を勘に従って振った。
パキン
ビチャビチャと視界に紅の玉が飛び散った。
く、そっ
視界が紅く染まって、力がぬけた。
超長距りそ、げき!
こ、んな、とこ
冷たい感覚を最後に意識は消えた。
ーーー
ゴーグルに飛び散った血を白衣で拭い、足を縫いとめた鎖を外そうとする。だが、どんなに引いても伸ばしても外れない。
よほど彼は僕を逃す気が無かったらしい。
ようやく外れ、自由になった足を動かして出口に進む。
「やー、流石は幻葬士が誇る唯一最強の
頭から血を流して倒れ、今は物言わぬ男の姿を下に見遣り、希少なサンプルとして血を回収しておく。
一目見て気付ける魔力量。流石は世界を股にかける組織、その暗部を超えた特務部隊で第三席を張っていただけのことはある。
魔導の炎に透かしてみれば、二色のオーラが見える。
渦巻くような緑と結晶を幻視する透明なオーラ。
思わず、息が漏れる。
「すっご! 最高級の両属性だ!」
血でこれなら、肉体はどうなのだろう?
好奇心が湧いて溢れるが、生憎手元には、サンプルを作る為のナイフが無い。
口惜しいが、これ以上のことは無理だろう。
「それにしても……アッハッ、やっぱり気づいてなかった。それでも、音に反応して鎖で防ごうとするなんて最強すぎだよねー。はあ、勿体ないことしちゃったかなぁ……彼も優秀な被験体に出来たかもしれないし。まあ無理だろうけどー。それにしても、ありがとー君が琴音くんを連れて来てくれてから僕の研究は「Dr.U」ハイハイ、行きますよ。じゃあねー彼女は有効に使うよ⭐︎」
ルンルンと外へ足を進めつつ、ふと自分の言ったおかしなことに気づいた。
(あれ、そう言えば狙撃した時、音が先だったっけ?いや違うよね。普通、弾丸が先……けど、それなら彼はどうやって反応したんだろうか、マズルフラッシュ?ま、いいか死んだし)
過ぎたことを考えるよりも、未来を考える方が、よほどマシだ。
希少な能力者を手に入れたことなのだから、やりたかった実験、不可能だった実験を考える方が楽しい。
そう考えて、荒れ果てた庭から脱出した。
動くものは、もういなかった。
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