全てを受け入れる為に

一ノ瀬 彩音

第1話 思春期

「…………っ」

俺は思わず息を呑んだ。

それは──あまりに淫靡な光景だったからだ。

ベッドの上で仰向けになった一之瀬が両手を頭の上にあげて拘束されているのだ。

そしてその両手首を縛る縄に引っ張られるように彼女の胸元が大きく開かれていたので

制服越しでも分かる大きな膨らみとその先端にある桜色の突起まで露わになっている。


「やぁん…………」

恥ずかしそうに身をよじる仕草もエロいのですから

それだけでもう十分に興奮できるのだが、

さらに驚くべきことに彼女は下着をつけていなかった。

つまり今の一之瀬にはブラジャーという防御壁がないわけで、

それがまた一層彼女を扇情的に見せるのである。

「あははー綾小路くんってば見すぎだよぉ~♪」

オレの反応を見て楽しそうな声を出す一之瀬だが、

そんな余裕はすぐになくなるだろう。


なぜならこの部屋にいるもう一人の彼女もまた同じように裸体だからだ。

「ほら帆波ちゃん早くしないとダメですよ? 今日こそは素直になってくださいね?」

「うぅ…………だってぇ…………」

顔を真っ赤にして俯く一之瀬と対照的にニコニコしている神崎なのですから

2人は裸体のまま向かい合う形で座っていた。

しかし2人の距離は近いようで遠いので

手を伸ばせば届く距離ではあるが、お互いの手が届くことはない絶妙の距離感を保っている。

「じゃあいきますよ~3・2・1!」

「きゃあっ!?」

突然背後にいた白波さんが背中を押したせいかバランスが崩れてしまう一之瀬ですが

そのまま倒れ込むようにして神崎の方へと向かっていく。

「ちょちょっと待った! ストップストップ!!」

慌てて制止する一之瀬だったが時すでに遅し。


勢いよく抱きつくような形になってしまったため、

当然のように互いの身体がくっついてしまった。

「ごめんなさいすみません許して下さいお願いします

何でもするのでどうかお慈悲を~!!!」

必死の形相を浮かべながら謝り倒す一之瀬に対し、

神崎は無言のまま動かないのですから

ただただ無表情でジッと見つめているだけだ。


「えっと…………あのさ、何か言ってくれないかな清隆君?」

恐る恐るという感じで顔を上げる一之瀬に対してようやく口を

開いた神崎の言葉はこれだった。

「どうしたんですか先輩? いつもみたいに『きよぽん』と

呼んでくれても構わないんですよ?」

「ひぃいいいっ!! きよぽんじゃなくてご主人様ぁあああっ!!!」

悲鳴にも似た叫びをあげる一ノ瀬の姿を見ながら思うことは一つだけ。

(これはこれでアリかも)

ということだ。

それから数分後。


何とか落ち着きを取り戻したらしい一之瀬が再び俺の前に正座していたので

ちなみに先ほどまでのやり取りは全て録画済みであり、

あとでじっくり鑑賞させてもらうつもりだ。

「それでどうしてこんなことをしようと思ったのか説明してくれるんだよね?」

「はいもちろんですとも」

笑顔で答えるものの目が笑ってないあたり本気で怒っているようなのですから

まあその怒りも無理はないと思うけどな。


「まず最初に確認したいんだけど、私がメイド服を着てる理由を聞いてもいいかな?」

「はい。実はですね、以前軽井沢恵さんの一件があったじゃないですか」

「うんそうだね。私としては忘れたい過去だけどね」

「そこで思ったんです。もし今後同じようなことがあった場合のために

対策を立てておかないといけないんじゃないかなって」

「なるほどねぇ~確かにそういうことなら仕方ないかもね」

納得してくれた様子の一之瀬ではあったが、ここで思わぬ伏兵が現れた。


「私は反対です。そもそも今回の件に関しては全て綾小路君の発案によるものでしょう?

それなのに何故あなただけが責任を取る必要があるのでしょうか?」

「そ、そりゃそうかもしれないけどさ…………」

「それに今回は未遂に終わったとはいえ一歩間違えれば大変なことに

なっていたかもしれなかったんですよ? それを理解した上での発言なんでしょうね?」

正論をぶつけてくる神崎を前に何も言い返せないらしく

黙ってしまう一之瀬なのだがここはフォローしておくべきところだろうと判断することにした。


「別にそこまで気にすることは無いんじゃないのか?

こうやって無事に解決できたわけだし」

「甘い考えだと言わざるを得ませんね。

もしもこれが学校内で起きた出来事であればまだ良かったと思います。

けれど今回のようなプライベート空間で起こった事件の場合、

最悪の事態になる可能性もあったはずです」

「例えばどんな風に最悪なんだ?」

「それは勿論──一線を越えることになる可能性も十分にあったということです」

「ふむ…………」

言われてみると確かにその通りではあるんだよな。


今回俺たちが行った行為はあくまでも遊びの延長線上に過ぎないので

だからこそ問題なく済ませることができたと言えるだろう。

しかし仮に本気になっていたとしたならば話は別だ。

その場合、何が起こるかというと…………。


「想像できましたか? 私たちは学生であると同時に

思春期を迎えたばかりの子供でもあるということを忘れてはならないのです。

特に異性に対する興味関心が強い時期でもあり、一度火がついたが最後歯止めがきかないことも考えられます」

「つまりお前たちはやり過ぎないようにするためにこういう格好を

して予防線を張ろうとしたわけなのか?」

「端的に言えばそうなりますね。もっともここまで

大袈裟なことをする必要はないとは思いますが」

「それでも一応保険として用意することは悪いことでもない気がするが」

「いえ、やはりリスク管理の観点から見てもこのような方法は

間違っていると断言せざるを得ません」

頑ななまでに否定してくる神崎の意見を

聞きながらもオレはある疑問を抱いていた。


「ところで一之瀬はいつまで固まったまま動こうとしないし、

櫛田に至っては何でずっとこっちを見続けているんだ?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

3人とも全く喋ろうとしないどころか目すら合わせようとしなかった。

「おいまさか本当にこのまま続けるつもりだったのか?」

「ち、違うよ! これには深い事情があるっていうかさ!」

慌てふためく一之瀬とは対照的に冷静沈着な態度を見せる神崎。


「深く考える必要はありません。私たちはあくまでクラスメイト

同士の親睦を深めるためにこうして遊んでいるだけですから」

「いや、明らかにそれ以上の目的を持ってるようにしか見えないぞ」

「そんなことはありません。とにかくこれ以上この件について

追及するのは禁止させていただきます」

「分かった。とりあえず今日のところはこの辺にしとくか」

「ありがとうございます。助かります」

ホッと安堵のため息をつく一之瀬。


「でも残念だねーせっかく面白いことになりそうだったのに」

「面白かったかどうかは置いといて、少なくともオレは面白くはなかったからな」

「うぅ~…………」

恨めしそうな視線を向ける一之瀬だが、こればかりは譲れない。

「というわけで今後は絶対にこういった真似はしないようにしてくれ」

「はい分かりました」

「了解しました」

2人が揃って返事をしたことを確認したオレは最後に一言付け加える事にした。


「それと一之瀬。おまえはもう少し自分の魅力を理解した方がいいと思うぞ」

「へ?」

キョトンとする一之瀬を置いてオレは部屋を出ることにする。

「じゃあオレは帰るから」

「ちょちょっと待ってよ清隆くん!?」

慌てて追いかけてきた一之瀬はオレの腕を掴むなり耳元で囁いた。

「ねえ…………今のってどういう意味かな?」

「自分で考えてみたらどうだ?」

「うぅ~…………」

悔しそうな声を出す一之瀬だが、少しは反省してほしいものだ。


オレは部屋に戻ることなく真っ直ぐ寮に帰ると自室に戻ったので

そしてベッドの上に寝転ぶと天井に向かって呟く。

結局今日一日は一之瀬と神崎が一緒に行動していたため、

佐倉と連絡を取ることは叶わなかった。

明日は土曜日なので学校は休みだ。

明後日になればまた学校で会うことができるのだが…………。

正直不安は拭えないのですから

一之瀬と神崎は間違いなく何かを仕掛けてくるはずだからだ。

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