第10話
真壁モーターズは建物からするに、だいぶ以前からここにある自動車修理工場らしかった。
店の前の駐車場に乗り入れると、年配の男性が誘導に出てきてくれる。
「午前中に連絡は入れておいたから」
と、須藤は言った。
「いらっしゃい。ご無沙汰してますね」
誘導してくれた男性が、愛想よく話しかけてくる。
「仕事中、すいません。こっちの方に来る用事もあったので、顔出しだけでもと思って」
男性は愛凪の方にもにこやかに頭を下げた。
「こちら、うちに新人で入ったサイトウです」
須藤に紹介され、愛凪も慌てて頭を下げる。
「ここの社長さん。和久さんのおじさんにあたる方なんだ。うちの仕事のことも心得ていて、ウィンガー関連の情報があったら連絡もらえるように、ご協力いただいているんだよ」
なるほど、と愛凪は頷いた。
やはり、もっと早く須藤に相談するべきだった。こんなにすんなり、真壁和久に会えるとは。しかも、独自の情報網も持っているらしい。
整備ピットでは、数人のスタッフが働いていた。全員、グレーのつなぎ姿だが、愛凪は奥の方にいる1人にすぐに目を止めた。
もちろん、彼のソフトモヒカンに刈り上げられた髪が、鮮やかなオレンジだったからでも、その耳に、ぱっと見では数えられないほどのピアスが見えたからでもない。
彼の背中には、特有の蜃気楼のようなモヤが見えた。
(マイケルクラス。多分須藤さんに近いくらいの大きさの羽…)
愛凪の様子に須藤は満足そうに笑う。
「さすが。すぐ分かったね」
周りに聞こえない程度の小声。
さっき車の中で、愛凪のシーカーの能力については和久にも言わないよう、釘を刺されていた。
「おい、カズ!」
社長に声をかけられる前に、2人の視線に気付いたのか、オレンジの頭は振り返っている。
薄い眉毛に、不機嫌そうに結ばれた口元。無表情のまま、真壁和久は軽く頭を下げ、須藤と愛凪を遠慮なく見比べた。
見るからに、ヤンキーの風情が漂っている。2人きりで会ったら、愛凪はドン引きしていたに違いない。
オレンジの髪の毛のつなぎ姿に、翼が現れた姿を想像すると、妙にシュールな絵面に、笑ったらいいのか、しかめ面をしたらいいのか分からなくなった。
「すいません、後、お願いします」
予想外に丁寧な口調で、そばにいる同僚にそう頼むと、和久は2人の方へやってきた。
「しばらくぶりです。どうぞ、事務所の方へ」
思いがけない腰の低さに、愛凪は戸惑った。須藤はいつも通り、爽やかな笑顔で応じる。
「申し訳ないですね、忙しいとこ」
「いや、それほどでもないですよ。須藤さんこそ、今日はお休みじゃないんスか?」
「人使いの荒い職場なので」
須藤は肩をすくめてみせた。
事務室は狭かったが、一応の応接スペースがある。
「いらっしゃいませ。お世話さまです」
中年の女性が、やはり須藤を見知った風にそう言いながらお茶を運んできてくれた。
多分、社長の奥さんだろう、と愛凪は想像した。
お茶のお盆を受け取ろうとする和久に、
「あんたはまず、手を洗ってきなさい!」
と一括する。
和久は、すごすごと事務室の奥へ消えた。
「うちに入った新人のサイトウを紹介しようと思って、寄らせていただきました」
須藤に紹介され、愛凪は頭を下げた。向かいに座った和久も、頭を下げ返す。
面と向かってみると、第一印象よりもずっと人の良さそうな感じを受ける。見た目で損するタイプだ。
(…というか、髪の色とかもう少し普通にしてれば威圧感、ないのに)
内心、愛凪はそう思いながら、和久を観察していた。
「というのもあるんだけどね、」
須藤は素早く事務室内に、先程の女性がいないことを確認すると、早速切り出した。
「彼女のお兄さん、真壁さんの同級生なんですよ。高野海人さん、覚えてます?」
和久の、あまり大きくない目がぱっと見開かれる。
「え、カイの?あれ、サイトウさんって…」
そこまで言ってハッとしたように、
「え?!調査員なんすか?」
須藤の部下たちが、通称を用いて働いていることを和久も知っているようだ。
「いやいや、事務の方ですよ。ただ、他のスタッフと同様の扱いの方がいろいろ都合がいいのと、ご本人もお兄さんのことがあるので、本名はなるべく使いたくないとご希望があって、ね」
須藤にニッコリ微笑まれ、愛凪も急いで頷いた。
「ああ、いろいろ、複雑っすね…」
どことなく、釈然としない表情ながらも、和久は愛凪に気遣うような視線を向ける。
「それで、その海人さんのことなんだけど…」
事情を聞くうち、和久の口元は最初に見た時のようにへの字に結ばれ、目つきは険しくなった。完全に一触即発の状況にいるヤンキーの顔だ。
(なん…か…怒らせた…?)
仕事中にこんな話をしにきたから?
もしかして、お兄ちゃんとなんかトラブルあったとか?
愛凪が椅子の中で固まってグルグル気を回す中、
「それ、マジですか?すげー、心配っすよね…」
和久は身を乗り出し、愛凪をその険しい目付きで見つめた。声は、優しい。
(あ、れ…心配してくれてる顔…なのかな…?)
「それで、海人さんから、最近連絡もらったりはしてませんか?」
和久の顔に、今度は明らかに驚いた表情が浮かんだ。
「オレ、ですか?いや、ウィンガー同士でもカイとは全然っすよ。最後会ったのって、あいつが東京行く前だし。そんなに仲良くないし…」
そう言ってから、慌てて
「あ、いや、仲悪かったって意味じゃなく。オレらのクラスって男子は基本的にみんな仲良かったンすよ。女子はいろいろあったみたいだけど。でも、カイと2人で遊んだりすることはなかったってだけで」
そう付け足した。
「ああ、小学校の時のクラス?」
須藤に和久は頷く。
「カイとは中学校も一緒だったけど、同じクラスにはならなかったから、あんまり喋ったりもしなかったし、高校も別だし。ただ、ウィンガーになって、トレーニングセンター行くから、送別会してやろうって連絡きた時、一応、オレ、ウィンガーの先輩じゃないっすか。なんかアドバイスとかできんじゃないかと思って、行ったンスよ。その時、会ったのが最後です」
落胆した様子の愛凪と須藤を見比べながら
「あの…だから、さっき言ってたメモにオレの名前があったって…正直、なんでかと」
そう言いながら、眉を寄せ、睨んでいるような顔になっているが、これもどうも不安や心配の表情らしい。
こういう顔の人なのだ、と思えば愛凪も、少し気楽に話せそうな気がした。
メモを取り出して見せると、ますますその眉が寄った。
「水沢と本郷、確かに同級生ですよ。確かに2人ともT大入ったって聞いてます。でも、2人ともしばらくっていうか…水沢なんか小学校以来、会ってませんよ。本郷とも最後会ったのいつだったかは、覚えてないっすね。ノッキは…」
和久が、一番下に書かれた寺元信樹の名前を指差す。
「この前の定期検診の時、病院で会いましたけど、それも何年ぶりかでしたよ。この中で、カイと連絡取ってたヤツって……」
和久は最後まで言わなかったが、言いたいことはわかる。結局、彼も何も知らないのだ。
須藤が、水沢凪が昨日の居酒屋にいた、『桜木の彼女の友達』であることに気付いていないようなので、正直、愛凪はほっとしていた。このままの調子だと、彼女や本郷は巻き込まずに済みそうだ。
しかし、海人はどういう意図でこのメモを書いたのだろう?もしかしたらこれから連絡を取ろうとしていた相手なのだろうか?
考えても、もちろん愛凪にも何もわからなかった。
「市内に今もいるヤツなら、他にも何人かいるし…オレとノッキはともかく、水沢と本郷が入ると、同級生って以外、共通点見つからないっすね…」
「同級生同士でSNSのグループ作ったりは、してないですか?」
須藤の問いにも和久は首を振るばかりだった。
「オレらがきっかけになって、曰く因縁ありのクラスになっちまいましたからね。中学校に入ってからは、意識的に同級生だったこと言わないようになったンスよ。別に、無視されるとかそういう訳じゃないけど、オレとかノッキのいる前では、明らかにウィンガーのネタは避けられてたと思いますよ。
安西莉音も、
不動、の名前が出ると、須藤がサッと愛凪を見た。
「そういえば、不動さんの弟さんは知り合いじゃなかったっけ?お兄さんとの面識は?」
不動典光と同じ高校だったことを、ここで口にしていいのか分からず、用心しながら、愛凪は口を開いた。
「面識はあります。うちにも兄弟で時々、遊びに来てましたから。でも、典光くんが、トレーニングセンターに行った時か、その少し後くらいに転校したと思います。その後は、私も…しばらくぶりに会うまで全然どこにいるのか、知りませんでした」
「弟は確か、こっちの高校にいるって聞いたけど、兄貴の茂光の方は、今は北海道の大学、行ってるらしいっスよ」
須藤は頷いた。
「典光さんはぼくも会ったことあるんだけど…そうすると、やはり海人さんと連絡取ってる可能性は低いね」
「そう…思います」
ガッカリした様子が、顔に出てしまってるんだろうな、と思いつつ、愛凪はうなずいた。
和久は何も悪くない。悪いのは、こんな形で自分たちを振り回している海人だ。
だが、本人がどこで何をしているのか分からない以上、文句の言いようもない。
時間を取らせたことに礼を言って、立ち上がる。和久の方も、かえって申し訳なさそうだった。
「そういえば、仕事のついでって言ってましたけど、ここらでウィンガーの目撃でもあったんスか?」
「ああ、実は」
須藤はちょっと、首をすくめた。
「ウィンガーが
「飛んでいる!」
「飛んでいる?」
愛凪と和久の声はきれいにハモった。
須藤がクスクスと笑いだす。
「まあね、相手が小学生だし荒唐無稽な情報ではあるんだけど。その状況の描写がやけにリアルな感じがしたもんだから、つい、確認しておきたくなったんですよ」
和久の顔が、今日一番崩れた。
「いいな、夢があるわ!」
顔を背けて、クックッと笑いを堪えている。
「小学生って、まだウィンガーが飛ぶ、とか思ってるんですね」
愛凪はどちらかというと、少し呆れながら驚いていた。
翼=飛ぶためのもの、という常識はウィンガーには当てはまらない。
彼らの翼はトレーニングによって、意図的に動かすことができるようにはなるものの、そもそも、専門家に言わせれば、鳥の翼とは構造が違うらしい。
発現している間は、物理的にもそこに存在しているから、広げた時に当たったものを動かしたり、落としたりすることは可能だ。羽ばたけば、ある程度の風も起きる。
だが、一説によると、人間が飛ぶためには片翼だけでも15メートル以上の巨大な翼が必要という。しかも、その翼を羽ばたかせる為の筋肉が不可欠となるため、現在の人間の体にいくら巨大な翼をつけたところで、飛行は無理なのだ。
この世界には、ウィンガーと呼ばれる翼が現れる人々がいるが、飛べるわけではないんだよと、物心つく頃には愛凪も教わっていた。
小学校低学年や、幼稚園児でも周知のことではないだろうか。
「うん、本人もそれは分かっていてね。だから、自分は世紀の大発見をしたんじゃないかと、興奮していたよ」
愛凪はぽかん、としてしまった。
そういう、斜め上の発想はなかった…
まあ、小学生だとすれば、かわいらしい考え方だろう。
和久の口角が上がる。
「でも、試したこと、ないっスか?頑張ればちょっとは浮かぶんじゃないかって」
須藤がなぜか、ちょっと気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「ぼくは、翼が出た時、18だったから…でも、まぁ、一回はやってみたね」
和久が、やっぱり、と大きくうなずく。
「ウィンガーあるあるじゃないっスか?無理って聞いてても、少しは飛べるんじゃね?って」
須藤も苦笑しながら頷いた。
「ぼくは結構理屈っぽいもんだから、飛べもしないのに、なんで羽なんだ、とか考えましたね。身体能力の向上を表現するものなら、髪が逆立つとか、目の色が変化するとかの方がカッコいいのにって」
聞いてた愛凪は思わず笑ってしまった。
「なんか、少年漫画みたい…」
「いや、実際なんの実用性もない翼なんて、見た目でハッタリかましてるだけだって言われたことがあってさ〜」
「…ひどいっすね。こっちも別に望んでそうなってるわけじゃないのに」
須藤は明るい笑顔で首をすくめて見せた。
「ま、それもウィンガーあるあるでしょう」
話しながら事務所を出ると、社長がいた。
「お邪魔しました。すいません、お仕事中に時間とらせて」
「いやいや、構いませんよ。あ、須藤さん、スタッドレス、買いました?」
「ええ、そろそろ買わないと、とは思ってたんですが」
「11月中には替えた方、いいですよ!12月に入ると、どこでも混むから!」
元気のいい、社長の声が響く。
「愛凪ちゃん、車は?」
隣から和久が聞いてきた。
「あ、まだ免許ーと、取ってません」
取れる年じゃありません、と言いかけて咄嗟に言い直す。和久は気付いた様子はない。
「なんだ、2人とも、取ってないのか…まあ、そのうち車買う時が来たら声かけてよ。おじさん、中古車販売もやってるから。ああ見えて、結構やり手でさ…」
須藤と話していた社長がパッと振り向く。
「ああ見えてってなんだ!いい男だろ」
そう言って、やや出っ張ったお腹をポンポン!と叩いて豪快に笑った。
つられて須藤と愛凪も笑う。
「そう言えば、真壁さん、来年から整備士の学校行くんでしょう?一人暮らしするんですか?」
和久はすぐ首を振った。
「いや、金もないし、ここで仕事しながら通うから。しばらくはこのまま、住まわせてもらいます」
「家賃、格安だからな!」
社長が口を挟み、また、ヒャヒャヒャ、と大きな声で笑った。
「というわけで、しばらくはここにいますよ。また、何かあったら…オレに協力出来ることあればいつでも」
和久と社長に見送られ、真壁モーターズを出た愛凪は、不思議と吹っ切れた気分になっていた。
「さて、後は寺元さんだけど…」
須藤にそう言われた時、もう、寺元信樹に聞いても同じ答えしか返ってこないだろうと確信していた。
須藤も内心は同様に思っていたらしい。
「寺元さんにはここ半年で、何回か会ってるんだけど、同級生の話題とか出たことなくてね。どうも、真壁さんよりも当時の仲間とは疎遠になってるみたいだから」
慰めるような調子もありつつ、アイロウに報告せざるを得ない状況を理解させたい雰囲気も感じる。
だが、言われないまでも、愛凪だって分かっていた。
「これ以上、時間とらせても…須藤さん、もう、アイロウとか警察に言ったほうがいいと思うんです」
愛凪のむしろスッキリした顔を見て、須藤は表情を緩めた。
「分かった。あまり、大袈裟なことにならないように、ぼくの方でもやれることはやってみるから、心配しないで。同じウィンガーとして、世間で騒がれる面倒は、よくわかるつもりだよ」
須藤は幹線道路へ向かう道へハンドルを切った。
「お母さんは、今ご自宅?ぼくも一緒に行って話してみよう」
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