第8話

 金曜日の夜とあって、店には人の出入りが多かった。だいたいは若者のグループで、二次会、三次会で流れてくるらしく、いい感じに出来上がって店に入ってくる人が多い。


「あの、本郷さんって、医学部ですか?」

 愛凪の問いに、凪はあっけらかんと頷く。

「お父さんもだけど、お兄さんもお姉さんもお医者さんですよ。小学校の時から頭良かったし」

 そう言うあなたも薬学部でしょう、と思いつつ、母から聞いた情報と一致する、と納得した。


「お母さん、学校の授業の進め方が遅い、とか電話かけてきちゃったりするおウチだったんだけど。本人は全然、普通の人だから」

 母が、『お母さんと話したことはない』と言っていた時の微妙な表情を思い出す。

 勉強もスポーツも、人並みについていければいい、という鷹揚な高野家とは世界の違う家だったのだろう。


 凪は、あまり立ちいったことを聞かない方がいいと判断したのか、海人のことには触れず、愛凪の仕事のことを尋ねてきた。

 それはそれで、愛凪としては答えにくいところなのだが、隠すのは不自然だ。


「あの、桜木さんの彼女って、すごい美人なんですよね」

 なんとか、仕事の内容に触れずに済む話題を探す。

 凪は顔を輝かせて頷いた。愛凪がなにも言わないのに、スマホの画面を見せてくれる。

 自宅だろうか、ケーキを前にした、きれいな女性の写真だった。

(ホントに美人だ!)

 モデルみたいな美人、と聞いても所詮はクラスで一番かわいいとか、学年で一番、とかのレベルを想像していたのだが。写真の撮り方もあるのかもしれないが、確かにモデルやタレントと言っても通用しそうな華やかな美人だった。


「桜木さんって、仕事の時どんな感じ?優しい?」

「あ、そう…ですね…」

 凪は友人の彼氏である桜木隼也に、好印象を持っているに違いない。

 人によって態度を変える、とか、機嫌が悪いとすぐ顔に出る、とかは言えなかった。

「すごく、はっきり自分の考え言う人です。まだ、あんまりよく話したことはないんですけど」

「へぇ、そうなんだ…」

 凪の大きな目が少し意外そうに見開いた。


 入り口にスーツ姿の男性が現れた。

 スーツ姿もこの店ではあまりいないようだが、1人で入ってくる客も珍しい。

「桜木さんの彼女さんって、モデルとかしてないんですか?」

 このまま、仕事の内容に触れない話題のままだといいけど…愛凪はそればかり考えていた。

「うん、何回もスカウトされたことはあるんだけど、お父さんがものすごい反対してるんだって。未生ちゃんも、そう言う仕事に大して興味あるわけじゃ…」

 いつの間にか、テーブルのそばに、スーツ姿の男性が立っていた。

「あ、本郷」

 気がついた凪が顔をあげる。

「よう。お疲れ」


 人の良さそうな笑顔を凪に向けた後、愛凪に軽く頭を下げて、本郷宙彦ほんごうそらひこは凪の隣に腰を下ろした。

 肩幅があるせいか、がっしりした体つきに見えるが、顔立ちは優しげだ。医者の息子とか前情報がなくも、育ちの良さを感じさせる顔立ちだった。もちろん、まだ若干の子供っぽさも残っているが、医師にはうってつけの雰囲気を持っていると言っていいだろう。


「本郷です。カイの妹なんだって?」

 ニヤッとなんだか懐かしそうな笑みを浮かべながら、愛凪を見つめてくる。

 カイ、その呼び方が愛凪をホッとさせた。

 兄の友人はみんな、海人をそう呼んでいたことを思い出した。


「なんか、あったの?」

 本郷の服装を見ながら凪が聞く。

「ああ〜」

 ネクタイを緩め、背もたれに寄りかかると、たちまち学生らしい表情がのぞいた。

「整形外科の学会、今、絵州市でやってるんだよ。それの手伝い。半日、こき使われてさ〜」


 同情するように頷く凪が、モコモコのパーカーに、デニムというラフな出で立ちのせいもあるだろうが、見比べながら、やはり同級生には見えないな、と思う。

「あれ、水沢、飲んでないの?」

 運ばれてきたビールのグラスを手に、本郷が凪の手元を見た。

「あたし、まだ未成年だよ。早生まれだから」

「ふうん、そうなの?」

 本郷の目が何か言いたげに、いたずらっぽい光をたたえたのを愛凪も気付いたが、凪はなにも言わない。

 なんとなく、さっきより凪は話しずらそうだった。


 グラス半分ほどを一気に飲み、ふうっと息をつくと本郷は、真剣な眼差しで身を乗り出した。

「で、カイが行方不明って聞いたんだけど?」

 愛凪の背筋が自然に伸びる。

 先ほど凪にした話と同じ話を繰り返す間、本郷も凪もほとんど口を挟まなかった。

 飲み物だけが減っていき、追加の飲み物を待つ間も、3人の口数は少なかった。


「それ、警察か、アイロウに相談していい…てか、相談しなきゃならないやつだよな」

 少し間を置いてから、本郷が口を開く。

「まあ、気持ち分からなくはないし。本人も、しばらくほっておいて欲しいのかもしれないけど」

「このメモの名前、どういうことか、わかりませんか?」

 テーブルに置かれた付箋紙の4人の名前に目を落とした本郷は、すぐに首を振った。

「俺、最後にカイに会ったの、カイがトレーニングセンターに行く前の送別会の時なんだよ。その後は連絡もとってないんだよな…だから、なんで俺の名前が出てきたのかと思ってさ」

 本郷は、それで愛凪に話を聞いてみたいと思ったらしい。


「ノッキとか、かべっちも同じだと思うけどなぁ。水沢なんか、小学校以来だろ?」

 ノッキが寺元信樹、かべっちが真壁和久のことだとはすぐ分かった。

「共通点といえば、絵州市内に今も住んでるってことぐらいか…でも、市内に残ってる同級生なら他にもいるしな。誰かこっちに帰ってきてから会いに来たりとかしてないの?」

 本郷の問いに首を振ってから、ふと愛凪は思い出した。

「あ、でも、確かいなくなる前の日に…誰かと電話してました。お兄ちゃん、携帯もパソコンも全部処分して帰ってきて…誰も連絡取る必要のある奴なんかいないとか、言ってたんですけど。なんかの時に必要だからって、お母さんがスマホ買ってやったんです。私、それ知らなかったから、誰かと電話してるの聞いて、びっくりしたんですけど」

「誰と話してたかは、分からない?」

 愛凪は首を振った。

「もしかしたら、東京の方の知り合いだったかもしれないし…ただ、すごく焦ってる感じで」

 思い出してみると、あの電話は今回の失踪と関係がありそうに思える。愛凪に気付いた海人が、すぐ切ってしまったので、会話の内容すら分からないのだが。


「うーん…」

 本郷は腕組みをして、視線を落とした。

 凪がチラッとその様子を見て、申し訳なさそうに、愛凪に視線を送る。

「ごめんね。なんか、力になれなくて…」

「あ、いえ、すいません、私こそ、急に声かけて、変な話しちゃって」

 期待してしまっただけに、落胆もしていたが、この2人が悪いわけではない。

 愛凪はため息をつきたいのを、我慢した。


「まあ、ノッキとかべっちにも聞くだけ聞いてみたら?俺も連絡先は分からないけど、確か…ノッキは水道局に勤めてるはず。かべっちは、親戚の人がやってる自動車修理屋で働いてるって聞いたな」

 急いでメモをとる。

(いい人達で良かった…)

 心底、そう思った。


「ありがとうございます。ーこれで、何も分からなければ、警察に相談するように、親に言うつもりです」

 内心、愛凪は、海人の同級生から何か情報が得られるとは考えられなくなっていた。

 考えたくはないが、兄が自暴自棄になって、おかしな行動を起こす前になんとかしなければ、という気持ちが強くなってくる。


 本郷が残っていたビールを一気にあおった。

「カイさ、帰ってくるのにも相当、覚悟決めてたんだろうな。だから、かえって誰にも帰ってきたこと言えなかったんだろ」

 本郷の言ってる意味が、よく分からなくて、愛凪は首を傾げた。

「え?どういう…?」

 本郷の方も、あれ?という顔になる。

「こっちに帰ってくると、周りにもいろいろ言われるから、このまま、東京の高校通って、就職も向こうで決めるって。トレーニングセンター行く前から言ってたから、さ」

 愛凪は、驚いて目を見開いた。

「え、聞いてない…です」


 トレーニングセンターで翼のコントロール訓練を受けながら、通常の生活に支障がないとみなされた時点で、近隣の学校に編入するのが一般的なパターンだ。

 個人差はあるが、検査、トレーニングを含めて2か月から3か月程度の期間を要することが多いため、特に義務教育期間中の児童の発現者に関しては、受け入れる学校も決まっていた。

 海人の場合も2ヶ月ほどでトレーニング終了、となったわけだが、

「こっちの学校の方がウィンガーに対するノウハウを持ってて、生活しやすい」

 と、その時になって言い出した。少なくとも、愛凪はそう記憶していた。

 本郷の言うことが本当なら、センターに行く前から、生活拠点を東京に移す決心をしていたことになる。


「見つかったら、あんま怒らないでやってくれ。きっと、あいつなりに考えがあるんだろうから。まあ、しばらく会ってない俺が言うのもなんだけど」

「早く見つかるといいね」

 地下鉄の駅まで送ってくれた本郷と凪は、2人とも申し訳なさそうな、心配そうな顔をしていた。

「すいません、急に声かけたのに、話聞いてもらえて…ありがとうございました」

 がっかりしているのは本心だし、きっと顔にも出てしまっている。

 でも、この2人に会えて話をできたことは無駄ではなかった、と愛凪は思った。

 少なくとも、早く須藤に相談しよう、という決心は固くなった。

 階段を降りると、ちょうどよく電車が滑り込んでくる。

 すぐにでも、電話してみようかと思ったが、もう11時近い。

 明日、なるべく早めに。行動を起こそう。

 愛凪はスッキリした気分で、地下鉄へ乗り込んだ。



 高野愛凪を見送った凪は、本郷をチラリと見やった。

 凪も実は帰りは地下鉄だ。愛凪とは反対方向だが。

 ホームまで一緒に行ってもよかったのだが、そうしなかったのは、本郷に聞いておきたいことがあったからだ。だが、

「水沢、メシは?」

 凪が口を開く前に本郷がそう聞いてきた。

「え…ああ、バイト前にパン食べたくらい」

「ラーメンでも食いに行かね?」

 凪のぱっちりした目が、ひと回り大きくなる。

「本郷って、ラーメン食べるんだ」

「は?!」

 凪は慌てたように、曖昧な笑みを浮かべた。

「いや、ほら、本郷って、ラーメンとかコンビニ弁当とか食べなさそうなイメージだったから…」

「どういうイメージだよ。ま、確かにコンビニの弁当はそんな好きじゃないけど、普通に食うぞ」

 呆れたように言うと、本郷はさっさと歩き出した。

「ちょっと歩くけど、うまいとこ、あるんだ。付き合え。話しておきたいこともあるしな」

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