第13話 侍女との対面
どっぷりと重々しい闇が辺りを優しく包み込む。全てを飲み込む漆黒に、灯籠に灯された炎は強い輝きを放ち抗っていた。
そんな中、一台の軒車が
「——
生家である董家、育った鳴家の屋敷と比べるもの烏滸がましいほどに美しく、豪華絢爛という言葉がよく似合う。今日からこんな素敵なところに住むのか、と眺めていると御者を務めていた白暘が木箱を両手に近付いてきた。
「こちらが
鳴は姓、美人は位を現す。雪玲に与えられた妃位は正四品の下級妃だが白暘はいつものように「春燕どの」と呼ばず、敬称で呼んだ。瑞王の腹心であっても、宦官が妃嬪に馴れ馴れしくはできないのかいつも以上に丁寧に接してくる。
「他の方々への挨拶は明日でもいいのですか?」
「もうこんな時刻ですからね。
「ええ。そうさせて貰います」
「これから先の案内は彼女が務めます」
彼女と言われて、雪玲はあたりを見渡した。こんな夜更けに起床しているのは自分達と門衛ぐらいだ。白暘のいう人物を探していると少し離れた場所で恭しく頭を下げる女人がいた。
「鳴美人様にご挨拶申し上げます」
女性にしては低く、艶のある声音だ。
「お会いできて光栄でございます。瑞王様より、鳴美人様の身の回りのお世話を
女人——珠音は揖礼を捧げたまま口上を述べた。
「あと二人、鳴美人様付きの侍女がいますが夜も遅いため私のみがご挨拶に伺いました」
珠音は同じ体勢のまま会話を続ける。
「長旅での疲労もあると存じます。湯浴みの準備は整っておりますので、房室にご案内する前に湯殿へご案内いたします」
淡々と言葉を紡ぐのを見て、雪玲ははっとした。主人である雪玲の許可がなければ、彼女は面をあげることはできない。だからずっと同じ体勢のままなのだ。
「楽にしてください」
先日の翔鵬の真似をしたが、これであっているのかと心配になる。
(高圧的すぎましたでしょうか?)
心配する雪玲をよそに、女性はゆっくりと姿勢を正した。
「……あら」
雪玲は目を見張った。
珠音の容貌が飛び抜けて整っていたからだ。豊かな髪はゆるやかに波をうち、陶器の肌は白く透き通っている。色素の薄い睫毛にふちどられた瞳の色は緑萌ゆる森の色。爽やかなその色は知的な面差しの彼女によく似合う。
「珠音様は奏国のご出身ですか?」
好奇心から問いかける。珠音は桃の花が綻ぶように、ふわりと笑った。
「母が奏国の生まれです。皇太后様の輿入れの際、侍女として共に瑞国の地を踏みました」
珠音は自らの髪に指先を絡めた。
「髪は染めているのですが光に当てるとどうしても元の色が透けて見えるんです。気持ち悪ければ布で隠すなり、剃るなりしますのでお気軽に言いつけください。この瞳も、くり抜くことはできませんが鳴美人様の目に入らぬようにいたします」
「あら、素敵な色ですから隠さなくてもいいですよ」
「この瑞国では我々は奇異な存在ですから……」
珠音はちらりと端に視線を投げた。
その視線の先には白暘の姿があり、珠音の言いたいことを理解した。
白暘は獅子のように勇ましい美丈夫だ。現に篝火に照らされた横顔は息を飲みほど美しく、異性に興味がない雪玲でさえ思わずため息をつくほど。
白暘は二人の視線に気付いているはずなのに気にする素振りを見せず、衛兵と荷卸しに徹していた。木箱を下ろしおえた鳥籠の中身を凝視していたため、雪玲はぎょっとする。
「木槿は私が連れていきます」
口早に告げて、白暘から奪う勢いで鳥籠を受け取ると大切に抱え込む。木槿は予想通り、呑気に惰眠を貪っていた。軽く揺すられた程度では一向に起きる気配はない。
「鳴美人様のご愛鳥ですか?」
「ええ、私の友達で、家族ですので共に連れてきました」
「大きな鳥ですね」
珠音は驚愕の表情を浮かべた。鴆の中では小柄でも、雀や鴉と比べたら大きいので驚くのも無理はない。
「今すぐ、木槿様のお
「いいえ、もう遅いですので明日で結構です」
袖で籠を覆いつつ、雪玲は首を振る。
「木槿も疲れているようなので、今日はこの籠の中で休ませます」
「では木槿様をお預かりします」
白暘が軽く手を持ち上げた。
「お荷物と共に、お房室へ運んでおきます」
「……では、お願いします」
一考してから雪玲は鳥籠を白暘へ渡した。
(大丈夫です。この子は鴆に見えませんから)
自分に言い聞かせる。瞳や羽毛の色といい、体格といい、木槿は鴆には見えない。雪玲でさえ、初見の際、どこからか逃げた鸚鵡かと勘違いしたぐらいだ。
だから、絶対に分かるわけがない。
「決して扉を開けないでくださいね。飛び去ってはこの子を捕まえることはできませんから」
そう言い残すと珠音の先導の元、雪玲は湯殿へ向かった。
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