森のアリス

 作:土鈴マツト



 人間のアリスは誕生日を迎えました。唯一の女の子として可愛がられてきたアリス。少ない親戚筋ですが、たくさんのプレゼントを貰いました。

 キラキラの髪飾り、ハートのイヤリング、カシミヤのコート、よそいきのローファー。

 そのどれもが高価なものでした。周りの大人たちは、質素な麻のワンピースばかりでいる年頃の女の子に着飾ってほしかったのです。

 しかしアリスは、それらを目の前にあまりうれしそうではありません。

「お気に召さなかったかな?」

 おじさんは聞きます。アリスはうつむいたまま首を横に振り答えます。

「すべて頬ずりしたいほど素敵だわ。でも、恵まれない子どもだってたくさんいるの」

 これには親戚一同感激です。かつてここまで客観的に自分を見、社会に平等な考えの十歳女児がいたでしょうか。そこで一人の親戚が答えます。

「それなら孤児院に寄付したらどうかしら。それまで身に着けて楽しむのはあなたの自由よ」

 おばさんは町役場で働く職員でした。その手の福祉団体には詳しいのです。

 アリスはそれを聞き大賛成。

「明日にでも持っていきたい」

 そうと決まれば今日のうちにやれることをやるのです。アリスはお誕生日ケーキとターキー、キャロットスープを誰よりも食べました。帰宅後また食べられるように、お誕生日ケーキはホールの半分残します。

 早速プレゼントされた宝石や服をすべて身に着けました。

 家で待つ皆に行ってきますのキスをして、アリスはとってもいい気分で森へお散歩に行きました。


 森にはたくさんのお友達がいます。ひとりの時は決まって森の中に居ました。そのおかげか、アリスはほとんどのお友達と会話ができるのです。

「べーさんこんにちは」

 森に入ってすぐ、熊のべーさんと出会いました。

「やあアリス。かわいい服だね」

 アリスは事の顛末を説明しようとしましたが、べーさんはなにやら忙しそうです。アリスには察する能力がありました。

「そんなに急いでどうしたの?」

「実は息子が風邪を引いたんだ。急いで暖かくしないとね」

 大変です。

「それならこのコートをどうぞ。カシミヤだから暖かいわ」

 いずれ自分の手から離れるものです。

「息子の命の恩人だ」

 そういうとべーさんは大層喜び、感謝を言いながら森の中に消えていきました。

 アリスは道を進みます。


「ラビさんご機嫌麗しゅう」

 ウサギのラビさんに出会いました。彼女はいつも美しい白の毛並みを自慢げになびかせています。体毛のケアには凝っているのでしょう。

「あらアリスさんじゃない」

 でも今日は変です。水たまりを覗き込み、櫛で一生懸命に梳いています。

「どうしたの?」

 アリスは聞きます。

「走っているディさんにびっくりして転んだの。」

 大変です。

 アリスは水面に映る自分の髪飾りに気付きます。

「ラビさんこれ使って」

 アリスはラビさんの毛を優しくヘアピン部分で結いました。キラキラのグリッターが白の毛並みに良く映えます。

「なんてお礼をすればいいのかしら」

 ラビさんはスカートの端を掴みアリスに一礼すると、森の奥に飛んでいきました。

 アリスは道を進みます。


「あらキアさんヤトさん」

 アリスは双子の姉妹ネコ、キアとヤトに出会いました。ふたりはいつも一緒です。

「アリスちゃん……」

 ふたりともさめざめと泣いているではありませんか。キアは振り返り、アリスが聞かないうちに教えてくれます。

「人間たちに耳を切られちゃったの。いまからデートなのに、これじゃあ恋人の前に出られない」

 よく見ると、ふたりとも左耳を少し切り取られています。左の辺が三角形に凹んでいるではありませんか。少し赤く腫れています。

 大変です。

「なんてひどいことをするのかしら」

 耳を切るなんて罪人への報いでしか見たことがありません。

 耳、耳……。アリスは身に着けたハートのイヤリングを思い出します。

 ふたりの頭をそっと撫で、アリスはイヤリングを一つずつ付けてあげました。

「これで切られたところは見えないわ」


 そう伝えるとネコたちは大喜び。

「ありがとう!」

 キアさんはそういい、ヤトさんは長い前髪をより長くして一礼し、森の奥へ消えてゆきました。

 アリスは道を進みます。


「ウーさんどうも」

 アリスはオオカミのウーさんと出会いました。

「やあ、キミを探していたんだ」

 なにやら忙しそうです。

「なあに?」

 アリスは問います。

「ディさんが足を怪我しているらしいんだ。走り回っているのでオレが捕まえなくちゃ森中ぐちゃぐちゃさ。もしよければその靴を貸しておくれ」

 大変です。

 アリスは快く靴を差し出します。

「すまないね」

 そういうとべーさんは靴を咥え、鹿の悲痛な鳴き声の方へ向かっていきました。


 麻のワンピースに靴下。ついにアリスはいつもの格好……足は靴下な分、いつもよりみすぼらしい姿になりました。

 アリスはなんだか寒気がしてきました。ここは大人しく帰るべきです。

 アリスは道を引き返します。


 森はすっかり薄暗くなっていました。急いで帰らなければ、家族が心配するでしょう。

 ふとアリスの首筋につよいかゆみが走ります。

「ひっ!」

 指で触れると、粘液で湿ったヒルが乗っているではありませんか。ヒルは森の動物と言える階級ではないので、アリスと会話は不可能です。我慢ならず、アリスは家まで走りました。その途中で痛みすら覚える箇所が増えてゆきます。

「ママ、パパ、おじさん、おばさん!」

 いつもの家が見え一安心。

 屋根から見下ろすネコ四匹は、あくびをしながら毛繕いをしあっています。八つの耳のうち二つ、ハートのイヤリングが揺れていました。

 アリスは玄関まで回り込みました。しかしドアにはべーさんの大きなお尻。

「べーさん、何をしているの?」

「何って夕飯時だろう」

 アリスは震える声で問いました。べーさんは答えます。

「風邪引きには栄養が必要なのさ」

 奥からウーさんの声も聞こえます。

「今日はおなか一杯になりそうだ。ん、いい焼き加減」

「ええ、キャロットスープも美味しいわね」

 ラビさんもいるようです。

「ケーキの匂いがするわ。たくさん走ったから疲れちゃって」

 アリスの背後から声がしました。前足にローファーを履いたディさんです。べーさんを乗り越え、家に入ってゆきます。

 アリスが恐る恐る覗くと、少し前まで動いていた有機物は食料と化していました。

 アリスは叫びます。

「どうしてこんなことを!」

 動物たちはきょとんとした様子で開口します。

「だっていつもくれるじゃない」

「今回は言うのが遅れたわ」

「こっちにも生活があるのでね」

「オレなんて絶滅しかけなんだ」

「私怪我してるのよ」

「そうだね、命の恩人だ」

「いただくわ」

「ほんと、助かるよ」

 床に落ちた肉やケーキを食らう獣を前に、ワンピースと靴下だけのアリスには、どうにもできませんでした。

 

 おわり

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