“落ちる”③ 「2階の部屋」
コンビニおにぎり事件、そして、ハンドドライヤー事件と、二週間で二度も恐ろしい体験をした私は、それでも表向きはいつもと変わりなく朝早くから夜遅くまで仕事をしながら過ごしました。
当時の私は、朝は7時半に出勤して、夜は22時くらいに退勤するような感じで仕事をしていました。退勤は大抵、私が最後になることが多かったので、アラームのセットと玄関の施錠をすることになります。
その日も、私が最後の退勤者となり、職場の1階の廊下を歩いて玄関まで行き、廊下の電灯を消した後、アラームをセットし、玄関の電灯を消してから戸外に出た、その時です。
「ガラガラがっしゃーん!」
何かが床に落ちたようなけたたましい大きな音が2階から聞こえてきました。
右手に玄関のカギを握りしめたまま、私は(2階のあの部屋だな)と咄嗟に思いました。
本来であるならば、最後の退勤者である私が、2階に上がって安全を確認しないといけません。しかし、これまで、二度も“落ちる”怖い体験をしている当時の私にその勇気を持つことはできませんでした。
(ごめんなさい…行けません。どうか何事もありませんように)
私は半ば祈りながら玄関ドアに鍵を掛けました。
翌朝です。ずっと気になってあまり眠れなかった私は、いつもよりも早めに家を出て一番に職場に着きました。何かが落ちていたり、破損していたりしたのではそれを片付けなきゃいけないと思ったからです。
朝の強い陽射しを浴びた玄関ドアを開錠し、アラームをリセットして、2階へと階段を駆け上がりました。
それでも、目星を付けていた部屋に入るときには、そーっと入りました。
すると、その部屋に置いてあったものはすべて正常な状態で置かれていて、何も床に落ちていませんでした。念のために、隣の部屋も、またその隣の部屋も覗きましたが、やはり、何も落ちていませんでした。
(では、私が退勤の時に聞いたけたたましい音はいったい何だったのだろう)
私は、何事もなかったことにほっとしながらも、やはり、怖い気持ちを振り払うことができませんでした。
私は、昨日の大きな音の報告を兼ねて、「コンビニおにぎり事件」「ハンドドライヤー事件」も合わせて、時系列を追って上司に思い切って告白しました。
まるで作り話のような馬鹿げた3つの出来事を、上司は頷きながら真剣に聞いてくれました。
そして、私が話し終わると、上司はこう言いました。
「鈴懸さん、それは大変な思いをしたね。怖かったでしょう。今朝は、それでも気に掛けて朝一番に出勤して確かめてくれてどうもありがとう。結果、何事もなくてほんと良かったです」
そして、こう上司は続けました。
「鈴懸さん、こんな風に捉えられないかな。確かに、この3つの出来事は怖い体験だったろうけど、もしかして、それが鈴懸さんを守ってくれたのかもしれないよ」
「え?私を…守る…ですか?」
「そう。もしかして、その後に起こったかもしれないもっと悲惨な出来事、例えば、交通事故や酷い怪我を負うような出来事に出くわすことからタイミングをずらしてくれていたかもしれないよ」
私は、この上司の一言で、救われたことを今でもはっきりと覚えています。
それ以来、私の身の上で起こった不思議な出来事は3年前の1件が最後になっていますが、私の生活を脅かすことにはなっておらず、また、上司の一言を思い出して前向きに生きております。
これまでも、長いスタンスでたびたび起こってきましたから、また、今後もあるのかもしれません。
でも、この上司の言葉を忘れずに、何かあったときはいつでも取り出せるようにしておきたいと思っています。
少し前なら『この世に起こるすべての不思議な現象は、妖怪のせいなのです』というナレーションが使えそうだったんですけどね(笑)
“落ちる” 三つのお話 橙 suzukake @daidai1112
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