第15話 頼り
「……まっ……さまっ」
男性の低い声。
それと同時に座り込みうつむいたままの理歩の肩が叩かれる。
「お客様。お客様。もう、終点ですよ」
「ああ……」
理歩の目の前には、きちんとした制服を着た駅員がいた。
地べたに座ったままの理歩と視線を合わせるようにしゃがんで、声をかけていたのだった。
(どこなの、ここは……)
自分の居場所すらわからないまま、理歩は立ち上がる。その時、体がぐらっと揺れたが、手すりにつかまったことで何とか転倒を回避する。慣れないヒールのせいで転びそうになったのだ。
「大丈夫ですか? お客様。体調優れないようなら医務室に……お客様? ちょっとっ……」
駅員の理歩を思いやる声にこたえることなく、理歩は電車から降りた。
おぼつかない足取りで、駅のホームを歩く。
今にもホームから落ちてしまいそうなほどふらつくその背中を駅員は見送る。
「大丈夫か、あの人。酔っぱらいには見えないけど」
顔色は悪いが、深酒したようには見えなかった駅員は、理歩がホームに落ちたりしないか不安そうに見ていた。
駅を出ようと歩く理歩。そのときにちらりと見た駅の看板は、理歩の知る駅名が書かれていた。
その駅は理歩の実家の最寄り駅から電車で四駅、時間にして約二十分ほどの距離に位置している小さな駅。
この駅で乗り換えをすることで、実家に帰ることができる。
だが、もう電光掲示板には次の電車の時刻は表示されていない。終電は行ってしまっていたのだ。
「かえ、る……」
靴擦れで痛む足。どこかでひねったのか、赤く腫れている。
動かせば鈍い痛みが伝わるその足で理歩は改札を出た。
ピッとカードをかざせば、改札を難なく抜けられる。
その時にICカードに残った残金はゼロに近い。飲み物すら自動販売機で買うこともできない金額だ。
たとえ電車がまだ走っている時刻であったとしても、電車で帰ることはできなかった。
寒空の中、理歩はゆらゆらと駅をあとにする。
家に帰りたい。
その思いで、理歩は線路を辿るように歩きはじめた。
都会と異なり、駅と駅の間隔はとても長い。電車ならあっという間であっても、歩きとなるとどれくらいの時間がかかるかなど、理歩は考えていない。
ただ、誠士郎の元から離れたかったし、生まれ育った家に帰りたかった。
いや、今の理歩にはそこしか行く場所がなかった。
誰も歩いている人はいない夜道を一歩ずつ確かに進んで行く。
何メートルかごとに建てられた心もとない街灯が頼りだ。
もう走ることができるほどの気力は残っていない。
身だしなみに気を配ることもしない。
果歩を装うこともしない。
光のない瞳でうつむきながら、理歩は歩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます