一番槍

カゼタ

それは誉れなのだ、例え病院の中と言えど…

 読者諸兄には、自身や家族、友人などに、大食い、もしくは早食いに命を懸けている存在は居るだろうか?

 或いは、テレビやネット動画などでも大食い・早食いタレントと言った人種を見た事があるだろうか?

 もしもそう言った機会に恵まれていない方がいらっしゃれば、一度でも良い、その動画や、もしくは場面を目撃してもらいたいと思う。


 その場面を見て、あるいは自身が体験して、どう感じられただろうか?見てるだけで胸焼けがする?溢された食べ物がもったいない?…確かに、そうかもしれない。

 しかし、もっと根源的な感性で感じ取ってみてほしい。

 どうだろうか?

 そう、そこには、本能に訴えかける「闘争心」の激烈なる迸りを感じずにはいられないであろう。

 かつて人間と人間が、生身の身体でぶつかり合い、その命を削りあった、そんな時代の名残が、その心の埋み火を起こす暴風となるような、そんな感情を…

 賢明なる読者諸兄にはもう伝わってしまっているだろう。そう、彼ら「フードファイター」とは、この平和で飽食の時代に於いて、連綿と人類が紡いできた闘争の歴史を、「食」に発現させた、現代の戦士であるという事が。


 …かつて私は、現役バリバリで《そちら側》の人間であった。起き抜けの「カツ丼」、昼には「カツ鍋定食」におかわり「カツ丼」、夕方には飲み会の前に荒ぶる胃を鎮める「人柱」ならぬ「カツ丼柱」、飲み会では二杯のカツ丼、シメのラーメンのついでに締めカツ丼という生活を、平然と過ごしていた、一角の「闘士」であったのだ。

 しかし無念ながら、この身体は「フードファイター」としての適性に恵まれなかった。

「沈黙の臓器」たる肝臓はたった1人、私に弱音を漏らす事なく、その身を脂肪肝に変えても私を笑って支えてくれた。

 我が体内の「インスリン」は、途絶えぬ戦火にその分泌量をすり減らし、やがて血中糖度の上昇を抑えられなくなってしまった。それでも必死に、今でも共に戦ってくれている。

 スラリとした美幼児であった我が容貌は、やがて逞しい益荒男ぶりを現したが、ついに益荒男を通り越して、よく言えばふくよか、悪く言えばデブと言われるシルエットを持つに至ってしまった。


 高血圧で倒れた際に、フードファイターにとっての戦士生命の終焉、即ち糖尿病の宣告を受けてから、もう10年の時を過ごした。宣告直後は、生まれて初めての糖尿病食と栄養指導…1日に摂取するカロリー、食べるスピードの自由を、奪われた…そう、あの時に、自由と気高き戦士としての魂を、私は殺されてしまったのだ。

 諸兄に想像できようか?あなたの誇りを、尊厳を、自由を…人生を懸けた道を閉ざされる哀しみが…


 今、私は魂なき戦士として、抜け殻のような人生を歩み、道を踏み外し、心を病み、その治療のために入院をしている。1日に許された摂取可能カロリーは1600kcal、減塩、減糖質の食事を、言い付けられたわけでもないのに、ゆっくりと咀嚼して摂っている。永遠の闇に囚われたかの如き生活を送っている。


 しかし、最も暗い闇の中に、一筋の光が差す事がある。

 私は、戦乙女の野に駆け行く姿を見たのかも知れない。


 入院7日目の昼食時であった。

 配膳は12時10分過ぎるのがようやく分かって、段々と入院リズムに慣れ、味気ない糖尿病食にも馴らされた頃である。

 昼食配膳の20分前から、配膳者の停車位置に並ぶ、ギラギラとした闘志を隠さぬ乙女の姿があったのだ。かつてフードファイターの末席を濁した私には判った。彼女は戦士であると。摂取カロリーの上限を決められ、闘い始める時間までも自由を奪われてすら、その束縛の中で抗い、配膳では誰にもこの誉れある一番槍を渡してなるものかという、孤高の魂を、その背中で黙して、私の魂に喝破して見せたのである。

 見事!その心意気や良し!!私は彼女の後塵を拝し、二番槍に甘んじるが、久々に疼く闘志に、かつて恐れられたその疾さで闘いを挑む事とした。


 彼女の1日摂取カロリーは2200kcal、私の1.375倍に当たる。故に、同時完食では負け、彼女のタイムより28%以上疾くなければ、勝てないのだ。

 幸い、この病院では早食いに文句は言われない。

 ならば魅せるしかない、疾さを。

 私は配膳されたお盆を机に置き、そして闘いに没入した。


 3分。そう、それが私の全力であった。ご飯、薄味あんかけ豆腐ハンバーグ、味の薄い味噌汁…難敵であった。私は意気揚々と下げ膳に向かう。

 しかし…そこには既に、完食した彼女の背姿が…


 バカな⁉︎私の負けだと⁉︎


 そこからは、連敗続きである。食べては負け、食べては負け…


 しかし、入院するまでに落ちぶれた私の魂には、いつの間にか、いつかあの一番槍に届きたい、追い抜きたいという、戦士としての闘争心に、新たな火が灯っていたのであった。

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