第10話 試験結果

 鋭い剣が振り下ろされてくる。

 試験だという気持ちで臨んでいたのだが、男性から一瞬凄まじい殺気が放たれて恐怖を肌で感じて冷や汗が流れ落ちた。それと同時に迫る剣の速度が遅く感じる。


「少年……君はここまでのようだ。身の丈にあった夢を抱くといい。きっと魔法騎士になることよりも素晴らしい夢を抱けるはずだ」


 さらに剣が迫る。

 ああ、ここで終わりなのか……。夕凪美桜に会って守るという夢を叶えることなく終わってしまうのか……いや、何度倒れても起き上がる! 俺は魔法騎士に!

 迫る剣を防ぐために全身から炎を吹き出すことで、剣の軌道を変えようとする。しかしその攻撃を見た男性が、小賢しい真似をしてと笑顔で言ってる声が聞こえる。


「これでもダメか! それに顔と声が合っていないですよ!」

「こんなことをする受験生はいなかったからな、今年の受験生の中でお前が一番考えているようだ」


 褒められたとしても剣が迫っていることには変わらない。

 炎によって速度が遅くなったので、神楽耶でギリギリのところで防ぐことができた。それは本当にギリギリで、剣の切先が肩に触れてしまっているのを見て分かる。


「これからどうする? お前が合格できる確率は限りなく低いぞ?」

「それでも……それでも俺は夕凪美桜に会わないといけないんだ! 守るって約束したんだ!」


 夕凪美桜と言葉を発すると、男性がなぜその名前を知っていると驚いてしまう。そして、目を見開いてなぜ知っているのかと聞いてきた。


「なぜって、子供の頃に会っていたからです。その時に守るって約束をしたんです」

「子供の頃に……もしかしてお前は黒羽出雲か?」


 突然自身の名前を呼ばれて心臓が高鳴ってしまう。どうして試験官である男性が知っているのか、それに夕凪美桜の名前を出してから様子がおかしい。


「そうか。お前があの方が言っていた希望の星か。確かに未だに生きているから希望なのだろう」


 希望の星とかあの方って何だ? 聞く限りあの方は夕凪美桜なのだろうけど。

 男性の様子に驚いていると、剣を構えて突撃をしてきた。いきなりのことなので態勢が崩れてしまうが、振り下ろされる剣を防ぐことができた。


「お前が希望の星ならこれくらいの試験合格出来るよな! いや、やってみろ!」

「俺がその希望の星かは分かりませんけど、絶対に合格してみせます!」


 神楽耶に炎を纏わせて距離を取ると、源十郎に放った天明流・双炎撃の構えをする。その構えを見た男性は天明流かと小さく呟く。


「古いが、実戦に向いている技が多い流派だな」

「古くないです! 現役な流派です!」


 源十郎に放った通りに技を発動すると、三撃目まで軽く防がれてしまう。だが、防がれることは承知の上だ。四撃目を放つ際に、背後に回って全身に巡らせている身体強化を右足に集中させて、さらに炎を纏わせる。


「これが今の最高の一撃です!」


 男性の背中に回り込んで蹴りを放つと、周囲一帯に響き渡る轟音を鳴り響かせて吹き飛ばすことに成功をした。男性は何度か地面を擦りながら、奥にある岩壁に衝突をしたようだ。


「や、やったか!? これ以上の攻撃は今の俺には無理だ……」


 神楽耶を地面に刺して肩で息をしていると、まだまだだという声が耳に入る。


「ど、どうしてもうここに……奥にある岩壁に吹き飛んだんじゃ……」

「威力はあったが、その程度だ。あれぐらいじゃ俺のことは倒せない」


 大きく深呼吸をして立ち上がり、神楽耶を構える。

 絶対に合格をしなければならないことを忘れずに、目の前にいる男性に立ち向かう心をギリギリ折らないようにしていた。


「だとしても……だとしても……俺は必ず魔法騎士になるんだ!」


 想いを叫ぶと、男性が肩に手を置いてくる。

 思いもよらないその行動に対して呆気に取られていると、お前は合格だと告げられた。


「へ?」


 素っ頓狂な声を出してしまった。

 まさか急に合格だなんて言われるとは思わないし、戦闘が続くかと思っていた。それなのに合格だなんて突然言われても意味が分からない。


「一撃を入れた時点で合格だ。流石は美桜様が希望の星と呼ぶ少年だ」

「やっぱり夕凪美桜なんですね……彼女は今どこに?」

「それは言えない。自分の目で確かめるんだ」


 そりゃそうだよな。さっき言えないって言っていたしな。

 合格をしたというよりも、夕凪美桜のことを知れないことの方がショックだった。


「これから自分の力を示して上に行けば、美桜様に謁見することも可能だろう。さらなる精進をすることだ」

「はい! ありがとうございます!」


 神楽耶を鞘にしまって頭を下げた瞬間、吐き気を催してしまった。

 急なことなので戸惑ってしまうが、地面に両膝を付いて蹲ってしまう。


「ど、どうした!? なにがあった!?」


 男性が背中に手を置いて話しかけてくる。


「きゅ、急に気持ち悪くなって……」

「魔力の使い過ぎか? 急にハイペースに使ったから体が追い付かなかったんだろう。ここで少し休むといい」

「ありがとうございます……」


 地面に寝転がって目を閉じていると、次第に気持ち悪さが治ってくる。呻き声を上げながら立ち上がると、周囲には片づけをしている魔法騎士団の人達で溢れている様子が目に入る。


「ぱっと見て二十人くらいかな? 結構の数の人が関わっているんだな……俺は本当に魔法騎士団の入団試験に合格をしたのかな?」


 未だに現実を直視できないでいると、試験で戦った男性が近づいてくる姿が見えた。


「元気になったか? 吐き気は大丈夫か?」


 戦った時とは違い、とても優しく接してくれた。

 その差に驚いてしまうが、この漢字が普段の男性の姿なのだろうと感じる。


「あ、はい。よくなりました。ありがとうございます」

「そう畏まることはない。来年の春から共に国のために戦う仲間じゃないか」


 やはり合格をしていたようだ。

 そのことを直視した瞬間、涙が溢れてきた。これは嬉しい気持ちからだろうと思うが、涙が止まらない。


「ど、どうしたんだ!? 大丈夫か!?」

「本当に合格をしたんだなと思って……嬉しくて……」

「君は本当に合格をしたんだ。しかも歴代最年少だ。誇っていい」


 誇っていいか。本当に合格をしたんだな……これで夕凪美桜に近づいた。俺のことを覚えているらしいから、早く会えるようにしないと。

 夕凪美桜が覚えている。今はそれだけで充分だった。これから魔法騎士団の一人として活躍をして、必ず会えるようにしようと心に決めた瞬間である。


「あ、そうだ。言い忘れていたな」

「何をです?」


 これ以上のことがあるのかと冷や汗をかきそうになっていると、男性が自己紹介を始めた。


「俺の名前は進藤守。一応魔法騎士団の副団長をやらせてもらっている」


 衝撃だった。

 まさか戦った人が副団長だったなんて思ってもいなかったからだ。進藤守という名前は魔法騎士団を調べた際によく目にした名前である。

 一人で他国からの侵略や国家を転覆させようとした犯罪組織を壊滅させた、国を守った英雄と言われている男性だ。


「あの英雄と戦ったんだ……」

「俺は英雄ではないぞ。ただ守るために戦った結果、英雄と呼ばれているだけだ。俺はただ一人の魔法騎士団員で、それ以上でもそれ以下でもない。君も活躍して英雄と呼ばれた際には増長をしないことだ」

「増長……分かりました! 肝に銘じます!」

「それでいい。調子に乗ると必ず痛い目に合うからな」


 その言葉を残して守は片付けを手伝い始めたようだ。

 他の団員からは平気ですと言われているようだが、一蹴して手伝いをしている。


「俺は帰るか。ていうか、どうやって帰ればいいんだ?」


 片付けている魔法騎士団員を見ながら呟いていると、ここに連れて来てくれた若い男性が駆け寄ってくる姿が見えてきた。

 息を荒くしながら待っててくれと叫んでいるようだが、必死な形相過ぎて若干引いてしまう。


「試験に合格をしたんだってな! おめでとう!」

「あ、ありがとうございます!」


 来た時とは違って、とても好感が持てる笑顔だ。

 こっちが本当の若い男性の姿なのだろうと思っていると、送り届けるから待っててくれと言われた。


「まだ教えてなかったけど、俺は轟京平だ。魔法騎士団本部の事務員ってところだな」


 本部の職員の人まで試験に関わっているんだ。魔法騎士団ってやっぱり凄いな。

 多くの人がこの試験に関わっていることを知り、改めて魔法騎士団に合格をした事実を受け止めた。


「車に戻っていてくれ。片付け終えたら行くから」

「分かりました」


 踵を返して車に戻ろうとして歩き始めると、京平に待ってくれと呼び止められた。


「何かありましたか?」

「先ほど守さんが歴代最年少だといったと思うが、それは君ともう一人いる。今回の合格者は君を含めて二人だ」

「二人なんですか!」

「そうだ。もう一人は同い年の少女だ。同期が同い年の異性とは羨ましいな」


 切磋琢磨をしろよと言いながら京平はその場を後にした。

 忙しい人だなと思いながら車に移動をすると、神楽耶を鞘から引き抜いて太陽の光に照らすことにする。


「綺麗な刀だよな。神楽耶のおかげで合格したよ。ありがとう」


 神楽耶に向けて感謝の言葉を言うと、キーンとどこからか音がした気がする。それは直に耳に入った音というよりは、脳内に直接響くような感覚であった。

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