王女騎士の魔法騎士
天羽睦月
第1部
プロローグ
行かないでくれ。
当時五歳であった少年は何度も心の中で叫ぶが、その声は目の前に立っている少女には届かない。少女は目の前で艶やかな空色のショートカットの髪を揺らしながら、見惚れてしまうほどに綺麗な鳶色の瞳で見つめてくる。
同い年に見える少女であるが、艶麗な天使という言葉が似合う綺麗で美しい顔をしていたのを覚えている。
どこから来たのか、どうして目の前に現れたのかは分からないが、好意的に接してくれたのは嬉しかった。
「私とお友達になってくれる?」
数か月前、初めて会った時の第一声である。とても綺麗で、透き通るような声だったのを覚えている。突然お友達になってくれるかと聞かれて戸惑ってしまうが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「うん、いいよ。俺の名前は黒羽出雲、よろしくね。君の名前は?」
「私の名前は夕凪美桜よ。よろしくね」
綺麗な笑顔だ。その顔は子供から見ても美しいとしか言葉が出ない。これがいわゆる初恋なのだろうか。
心臓が次第に高鳴るのを感じつつ、出雲は耳にかかるまででの黒髪を風で揺らしながら、頬を掻いて照れているのを隠していた。
「早速だけど、どこかに連れて行ってもらえないかしら。私ここに始めてきたの」
「そうなの?」
「うん。少し前まで遠い場所に囚われていたから……」
その時は囚われているという言葉を特に気にしなかった。
言っている意味が分からなかったし、外に出る機会がなかったと勝手に思っていたからだ。
「この辺りだとどこかなー。公園とか楽しいよ!」
「聞いたことあるわ! 色々な遊具がある場所でしょ! 行ってみたい!」
綺麗な瞳を輝かせて行ってみたいと連呼をする美桜。
それほどまでに行きたいのかと若干引いてしまうが、ご希望通りに連れて行くことにする。
「凄い! 沢山の遊具がある! これはブランコっていうやつね! こっちには滑り台がある!」
まさしく年相応の子供のように楽しんでいるようだ。
近くから遊んでいるのを見守っていると、次第に辺りが暗くなってくると帰ろうと話しかけてきた。
「もういいの?」
「うん。それに遊ぶのは今日だけじゃないしね。また遊んでくれる?」
「もちろんだよ。俺の家は今日あった場所にあるから、いつでも来てね」
「うん! ありがとう!」
初日はそれで別れることとなった。そして、約束通り翌日から毎日のように会うようになり、二人は多くの思い出を積み重ねていく。
そんなある日、家の前で会った美桜の様子が違うことに気が付いた。
「どうしたの? 何かあったの?」
顔を伏せて何やら考えている様子だったので、心配になり声をかけた。
すると美桜はパッと俯いていた顔を上げて、出雲の手を握り笑顔のまま目から涙を流してしまう。そして――。
「さようなら」
美桜が発した一言が、重い意味を含んでいるとはその時は分からなかった。目から涙が零れ落ちながらも笑顔は崩さずに、出雲の手を力強く握り締めてくる。
そして数秒、数十秒か短くも長い時間が経過すると、手を放して背を向けてしまう。どうして背を向けるのか、なぜこちらを見ないのか理解ができない。それに、”さようなら”とはどういう意味なのか。
「ど、どうして!? どうして急に!?」
必死に叫ぶが美桜は振り向かない。聞こえないのか分からないが、肩を震わせているのが見える。それでも、振り向かずとも、叫ぶがこちらを向く素振りはない。
「必ず迎えに行くから! 待ってて! 絶対に会いに行くから!」
大声で想いを叫ぶと、一瞬こちらを向いた気がする。
今はそれでいいと思いつつ、出雲は国を守る要である魔法騎士団に入団をし、魔法騎士として夕凪美桜を迎えに行こうと決めた瞬間である。
「一番有名な職業である魔法騎士団に入団すれば、美桜と出会える確率が上がるかもしれない。難しいかもしれないけど、俺は必ず成し遂げて迎えに行く! 必ずだ!」
夕凪美桜と出会い、短いながらも濃い思い出を積み重ねたことにより、出雲の進むべき道がこの時に決まった。
それから時は進み出雲が十五歳となった時、別れた運命が再び巡り会うこととなるのだが、それは苦難に満ち溢れた日々となる――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます