ワラシ・ファミリー

坂本梧朗

第1話


     プロローグ


 川の堤の桜並木が両岸ともに満開に近い。休日の朝の穏やかな一時。堤の斜面の下の川原に設けられた散歩道を人々が行く。

 前方の一点に目を据えて、早足で一心に歩く人。これはウォーキングをする人。夫婦連れ、あるいは二、三人の女性のグループが多い。日課なのだろう。互いに交わす言葉数は少ない。行き合う人々の多くは「おはようございます」と挨拶を交わす。登山道でのすれ違いと同様だ。

 ジョギングをする人もいる。トレーナー姿で底の厚いスニーカーを履いている。これは概して厳しい顔つきで走っていく。

 これらの運動をする人々は殆どが中高年だ。

 犬を散歩させる人もいる。柴犬、レトリバー、ビーグル、ダックスフント、マルチーズ、犬種は様々だ。自転車に乗って元気のいいポインターを走らせる少年もいる。

 こう見てくると、ぶらぶらと純粋に散歩する人は少ないことに気づく。

 中年の夫婦が三匹の小型犬を散歩させている。犬種はシーズー。夫が一匹、妻が二匹のリードを持っている。妻が先行する。妻がリードを握る二匹はスタスタと歩く。夫はしだいに遅れ、今や二十メートルほどの間隔が空いた。

 夫がリードを引く一匹はあちらこちらに立ち止まり、ニオイを嗅ぐ。この犬は時々進行方向と逆の向きに体を傾け、進もうとする飼い主にブレーキをかける。先行する二匹に比して肥えており、年もとっているようだ。

 夫婦は犬が大便のためにしゃがむと、犬の尻の下にポケットから取り出した紙を広げて敷く。紙の上に糞が落ちる。糞を紙で包み、ビニール袋に入れる。その袋を提げるのは一匹しか担当していない夫だ。

 一家はこうして橋から橋の間を一往復した。


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