4-3 歌で変われ、何度でも
ライブまでひと月を切ると、それぞれの曲のリードボーカルや全体の演出もはっきりと仕上がってくる。これまではあまり意識してこなかった男子部員の強みも分かるようになってきた。
一年男子の「うるさい方」「ひょろい方」
一年男子の「静かな方」「でっかい方」
二人が担当するのは、普段の雰囲気とは正反対のアグレッシブなロックナンバーだ。練習を重ねるにつれて動きや声色も変貌を遂げている、振れ幅でいえば今回トップクラスだろう。
そして、
彼は本編最後の曲で、ジェフさんと共に英語での語りを担当する。原曲にあったシャウトや煽りはジェフさんに任せ、ボーカルのないパートに自作のラップを入れる……という、希和らしいオリジナリティ全開のチャレンジだった。
キリスト教らしい語彙と日本人としての解釈がブレンドされており、語感やライミングも計算されている――そうジェフさんは褒めていたけれど。作った本人が歌いこなせておらず、「無理しなくてもいいのでは」という声もちらほら出ていた。
ただ最近、合宿が終わった辺りからだろうか。彼が練習に取り組む姿勢が、より前のめりになった気がする。指摘されたことを克服しようとするだけでなく、色んな人に意見を聞くようにもなっていた。
今も、希和は
「――うんうん、いい感じだよ!」
和可奈さんも同じ意見だった。
「ありがとうございます、前に直してもらってた所は」
「しっかり直ってたよ。リズムは完璧、抑揚もノリよくなってきた……後はオーラかな」
オーラ、というワードに笑いそうになる。希和にとっては苦手の最たるものだろう。得手不得手が激しいのは確かだけど、凄いことをやっているときだって彼はどこか不安げだ。夢中になっているときは活き活きしているのに、すぐに我に返って周りの反応を心配しはじめる。
誰か、熱烈に肯定してくれる人がいれば、もう少し自信を持てるのかもしれない――広がりかけた考えを打ち消す。私にその役回りはできないんだ、もう。
自主練に戻ろうとすると、
「
「いいよ〜なに?」
「私のリード見てほしいんです、この前から改善がんばったので」
見るのが私でいいのか、と思ったが。いま手が空きそうな面々の中でパートや学年を比べると、確かに私が適任である。
「いいよ。さっちゃんの成果、聴かせて」
「ありがとうございます! じゃあカラオケに合わせて通しますね……」
沙由はとても可憐な見た目だし、向けられた言葉は素直に受け取る。ネガティブな指摘に顔が曇るのは見たくない、できれば厳しいことを言いたくない相手だ。
けど、沙由はそうやって気を遣われることなんて、きっと望んでいない。可愛いからと意地悪されるのは論外だけど、手加減されるのだって嫌だろう。最近の彼女は特に、自身へのハードルを上げていた。
私だって、もうすぐ三年生である。先輩の真似はできなくても、私なりに頼れる上級生でありたい。沙由が自身に向ける厳しさを無駄にしないためにも、彼女の歌に真剣に向き合った。
「……はい、私からはこんな所かな」
「ありがとうございます、やっぱり道は長いなあ……」
私の指摘に、沙由はやはり悔しそうだった。楽譜を見つめる彼女に、つい訊いてしまう。
「さっちゃん、無理しすぎてない?」
「え? ああ、大丈夫ですよ! 体は元気ですし、確かに悔しいですけど……悔しいって思えるのは嬉しいんです」
「えっと……どういうこと?」
「私、小さい時から、それなりに頑張っただけで褒められるタイプだったんですよ。習い事だってあまりやらなかったので、できなくて悔しいって思うことが少なくて」
察しはつく。可愛いだけじゃなく性格だって素直なのだ、親も教師も甘やかしたくなるだろう。
「けど、
その様子を思い出したのか、くすりと沙由は笑う。親友のことを話す彼女は、いつも幸せそうだ。
「さっちゃんは、香永ちゃんのそういう所に憧れてた?」
「はい。昔はただ、応援するのが好きでした。私が応援すると、香永はすごく喜んでくれるので、それが嬉しくて。
けど、いつまでも子供じゃないですし、香永が一番そばにいる時間は永遠じゃない……だから今度は、私自身が強くならなきゃって思って、色々挑戦してます」
そう語る彼女の誇らしい眼差しに、胸が熱くなる。
「そっか……格好いいぞ、さっちゃん」
「ふふっ、嬉しいです! だから詩葉さんも、遠慮せずガンガン教えてくださいね」
私が指導の姿勢に迷っていたことも、見抜かれていたらしい。彼女が決意を固めているなら、私も迷っていられない。
「うん、詩葉先輩に任せなさい!」
「はいっ!」
*
その日、意外な面を見せてきたのはもう一人。
「ねえ、詩葉さん」
「うん?」
休憩時間、希和に声をかけられた。彼は私に合わせて腰を下ろす……こうして目が合うのも、なんだか久しぶりな気がした。
「ワナピュアのここなんだけどさ」
彼が取り出した楽譜は、アンコールの一曲目。リードボーカルを絞らず、みんなでソロを回していく曲だ。
「詩葉さんが良かったら、一緒にリードで歌わない?」
……このタイミングで何を、と不思議にもなったが。部員どうしの誘い、変な気を回しすぎるのもよくない。
「Chorusの繰り返しの間……原曲だとボーカルないよね?」
クワイヤパートの空白、二小節。リードを入れるにも、元になるボーカルがないが。
「そう。詞は僕が考えるから、詩葉さんにメロを作ってほしい……できたら楽しいかなって、思ったんだけど」
希和の誘いに、ますます驚く。共作となれば、いつも以上に濃いやり取りをすることになるのだ。近すぎる距離は、きっと彼にとって気持ちいいものじゃない。
とはいえ。彼になっての詞も、私にとってのメロディーも、それぞれが磨いてきた大事な個性だ。大舞台で重ねられたなら、きっと楽しい。
「……私とで、良いの?」
恐る恐る聞き返すと、彼は一呼吸置いてから。
「君が良いんです。ここで一緒に創るのは」
まっすぐに私を見て、はっきりと。彼には珍しいくらい明瞭な言葉だった。
少し前の、結樹への想いに気づいた私もそうだった。
恋は叶わなくても、言えなくても、友として仲間として。あなたと一緒だから強くなれた、そう誇れる自分になりたい。
変わりたいのは、希和も同じだ。
なら、私は。
「――うん! 創ろう、一緒に!」
君とだから楽しかった、そんな思い出をいくつも作ってきたんだ。
これからも、何度でも、私たちは創れる。
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