彼女と彼女、と彼の恋詩

いち亀

プロローグ:旅立つ私と君へ(2/2)

 二○一五年、三月下旬。

 卒業式の数日後、私たちのいた雪坂ゆきさか高校合唱部でも卒業パーティーが開かれていた。


 引退してから受験に取り組み、(浪人を決めた私以外は)それぞれ戦い終えた同期たちと。これからも歌い続けていく後輩たちと。お姉さんみたいな顧問の先生と一緒に、カラオケボックスに集まり。

 三年間を記録した映像を振り返って、「輝く! 雪坂デミー賞」なる企画で健闘を称えあって、歌ったりはしゃいだり突っ込んだりの大騒ぎ。


 思い出を存分に振り返りながら、私たち卒業生は送り出してもらった。


 そして全体が解散した今。


「おめでとうございます、先輩」

 後輩の女子部員・陽向ひなたが、卒業生の男子に歩み寄って声をかけた。


「ありがとう、企画してくれたのも嬉しかったよ」

 微笑みと共に答えた彼、希和まれかず。さっきは翳って見えた横顔は、懐かしい笑顔にちゃんと戻っている。

 そして希和は、一瞬だけ私を見てから、真剣な声色で陽向に言う。


「後、さ。任せたからな、これからのこと」


 これから。私と陽向で歩いていくこれから。希和が少しずつ遠ざかっていく、私たちのこれから。


 寂しさも心配も混ざった言葉に。陽向はいつもの、自信に溢れた笑みで答える。


「安心してください。どんな社会でも、お互いがいればそれだけで大丈夫です――だから、あなたも」

「うん。君たちくらいにはお似合いの誰か、いつか紹介するから」

「ええ、覚えときますからね」


 ハイタッチ。希和が差し出した手を、陽向は全力でバシンとはたく。かつては距離のあった二人の、まっすぐなエールの交換に、私まで胸が熱くなる。


 陽向は私の隣に立ち、背中をそっと押す。

「はい、詩葉うたは

「うん」


 今度は私が、希和の前に。

 中学で出会って、もう六年。高校からは同じ部活で、まる二年間。


 いつか君と結婚するのかな、そう思っていた時間だって長かった。

 君はもっと、長く、強く、そう願っていた。


 それでも。

 別々に歩いていく道は、きっと、お互いにとって一番幸せな未来に続いている――きっとお互い、そう信じている。


 一歩詰めて、手を差し出す。少し迷ったように差し出された希和の手を、しっかりと握る。もう私のよりずっと大きくなった手を、確かめるように。


 届けたい言葉は何度でもぶつけ合ってきた。それでも湧いた想いは手紙に込めた。


 今ここで、この声で伝えるとしたら。


「じゃあ、」

 確かめるような希和の声に、

「うん、」

 迷いを振りきる、弾む私の声を重ねて。


「「いってらっしゃい!」」


 最高の笑顔を、お互いの瞳に映してから背を向ける。


 彼はひとり、私は陽向とふたり。反対側に歩いていく。


 また怖くなるかもしれない。誰かの声に、社会の形に、不安になるかもしれない。


 それでも、絶対に後悔しないから。

 私たち、ずっと大丈夫だから――左手を陽向とつなぎながら。背中越しに右手の親指を立てた。


 私たちも。君も。

 性別、年齢、磨いてきた技芸、目指す姿――それぞれ違った、仲間たちひとりひとりも。


「みんな、ずっと幸せだといいな」

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