第3-3話 対価

「相手してあげるって、まさか」


 その言葉に警戒するべきだったと和技は後で後悔した。

 完全に別方向の行為を考えてしまった綿山車に、置山 帆乃は飛びつき抱きつく。

 想い人からのハグに考える力が生まれないまま、綿山車はさらに唇を奪われる。


「…」


 甘い感触に綿山車は驚きと喜びの頂点に達したが、その刹那に突き刺さる痛みが首に走った。


「あ…」


 綿山車は唇が離れて見えた置山 帆乃の歪んだ笑みを目にしたが、意識は遠のき、体を支える力も消え失せ地面に倒れる。



「…………………」


 和技は一部始終を見ていた。

 強制終了をクラスDのプログラムが実行した。しかも、プログラムにはない行動、注射器を首に突き刺して。


「可愛い女の子にキスしてもらったんだから、感謝してよね」


 クラスDのプログラムであるはずの置山 帆乃は、意識のない綿山車見下ろし、突き刺した注射器を引き抜く。

 注射器といったが、病院で見るのと異なり黒色の金属製のものだった。メモリの代わりに電子画面があり、長い英数字が表示されていた。


「…君は一体」

「あぁ、ボクは『何も知らない平和な人達』を見下す『特別な人達』だよ」


 和技を『普通の人達』と見えた置山 帆乃はにやりと笑った。


「可愛くした容姿にふらふらと近づいてきた男どもに、キスしてハッピーにさせてているんだよ。対価として個人ナンバーを頂くけれどもね」


 個人ナンバー

 架空世界設定時代に12桁の番号が全国民に割り当てられたが、300年後ともなると管理しやすいように英数字に変わっていった。

 実態のないクラスC、DのAIやプログラムは和技が強制終了時に唱えられる桁だが、魂がある者たちは文章並の桁になり、簡単に読み取れないようにセキュリティシステムが働いている。


『帯論さん…あの注射器』


 和技は緊急時に伴い声に出さず同僚に問いかける。


『あぁ、あの娘が持つ注射は簡単に取り出せるとんでもない道具ツールだ』


 300年後の世界から見ている同僚は、クラスDのプログラムについても推測する。


『おそらく、あの娘は、悪巧みをする同胞(特別な人達)に乗っ取っられたんだろう』

『個人ナンバーを入手したのは、成りすますため?』

『犯罪級の悪事を計画しているならば、クラスBの個人ナンバーが必要だからな。

 クラスC、Dが自ら悪事を起こすことはなく、もし、起きればクラスAの操りだと即座にバレる』


「平和な人達には、分からない話だったかしら?」


 脳内会話をただの無言と解釈した置山 帆乃は、歪んだ笑みを和技に向ける。


「もちろん、君のナンバーも欲しいわ。

 もっといけない事をしてあげようか? もちろん、それ以上の対価はもらうよ。

 なんせ世界の秘密をちょっとバラしちゃったんだから、記憶をいじらないと」

「…」


 和技は改めて辺りを見回す。綿山車が倒れる前から通行人はおろか車すら来ない。

 周りに誰もいない事を確認しての行動か、人を寄せ付けないよう細工したようだ。


『さて、どうする和技ちゃん。クラスZと判明したからには、確保しないとね』


 クラスZ

 この架空世界には4つのクラスに分かれているが、さらにもう一つのクラスが存在する。

 世界の秘密を知るクラスAがそれを悪用する落ちぶれた者たちをアルファベット最後の文字にあてた。


『あの時、外見バグで終わらせなくて正確だったって事だね、帯論先輩』

『俺は最初から疑ってたが、可愛い後輩のために教育がてら放置しただけ』

『そういう事にしておきましょう』


 脳内では雑談を交わしていたが、和技の目の前では置山 帆乃が、和技に向かって駆け出していた。


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