第2-1話 300年後の世界

 300年後、本当の世界にいる和技は公園のベンチに座り、マグカップの液体を飲んだ。

 それから丘の下にある、工場のような白く巨大な建物をぼんやりと眺める。



「今日はずいぶんと、早いな」


 見あげると低音ボイスに似合った体格の良い中年男がいた。


帯論たいろんさんは、いつも通りだね」

「年寄り扱いするな。ピチピチな俺は徹夜明けだ」


 どすんと隣に座り、和技の向いていた建物に視線を向ける。

 その建物には、今が2021年だと信じている『普通の人達』が住んでいた。

 正確には、生命維持装置を付け、定期的に栄養管理された液体を自動的に流し込み。2021年に時代設定された架空ネットワークに繋がり続けられるように管理されている。


「どうした? 七流ななるちゃんでも恋しくなったか?」

「何で妹に。国内の管理センターのどこかにはいるのは間違いないけれども、ここにいるとは限らない」

「妹と言っても、あっちの世界設定での妹だろ」


 架空世界では、血の繋がりのない夫婦の元に子が勝手に割り振られている。

 架空世界なので外見の変更は簡単に変えられ、和技の顔も向こう世界では親に似た顔になっていた。


「俺にとって七流は妹」


 話を終了させるため、和技はマグカップ中にある液体を飲む。管理された1食分の栄養がスープとなっていた。


「まあ、額に ちゅう しただけで、ほとんど眠れず、朝早くから公園にいる和技ちゃんには、妹に手を出せる積極さはないだろうな」


 的を射た発言に和技はスープを吹き出しそうになったが、何とかこらえ、飲み込めたものの、動揺の表情は消せない。



「思い出させるなよ。

 って、何でキスなんだよ。もっと強制終了アクションほ他にあっただろうに」


 和技の矛先は、修復アクションに向かう。

 架空世界でバグが発生した時、架空世界を管理するコンピューターが修復するので、和技たちは修復場所を記すため電子ハンコを押すだけで済む。

 しかしAIの再起動などの強制終了は、口に触れるアクションが必要だった。


「簡単に強制終了できないようにだよ。別に額に ちゅう でなくてもナイトみたいに手の甲にちゅうすれば良かったのに。おじさん、モニター越しに見ててハラハラしたぞ」

「え?額じゃなくても良かったのかよ。だって帯論さん、額だって言ったはず」

「まあ…あの時は、奥手の和技ちゃんには良い経験かなあと」


 真っ赤になって つかみかかろうとする和技から逃れるため、帯論はベンチから立ち上がり、公園の端に進む。


「ほら、和技ちゃん。そろそろ、あっちの世界に戻らないと、学校に間に合わなくなる」


 端に進んだ帯論は、自動で開いたドアから廊下に出た。

 そう、公園の外は廊下で巨大工場のような建物も丘の上にある公園も全て屋内であった。

 外と思わせる青い空や景色も天井から張り付けた巨大スクリーンである。




 COP《コップ》やら、脱炭素、プラゴミゼロ、脱地球温暖化など足掻いたものの、経済成長という欲を捨てられず、200年過ぎたあたりでオゾン層は完全に破壊され、地上で生活することは困難となった。

 宇宙に行く者もいたが、地球を恋する者達は地中深くに都市を造った。

 それが架空世界で『特別な人達』がすむ和技たちの生活空間である。




「あの野郎…」


 自分の部屋に戻った和技は、恥ずかしさと怒りの混ざり合った感情を消せないまま、架空世界に向かう準備を進めるため、部屋の中央にある寝台に向かう。


 金属とも陶器ともいえない白く硬いが木のようにぬくもりのある材質で出来た寝台は板のようで布団もシーツも存在しない。

 和技が横になると、ガラスのように透明な物質が和技を包み込むようにせり上がり、円筒形に覆う。

 それから、生き物のように幾つかのケーブルが伸びて和技の首や四肢に付着し、ヘルメットのような形をしたネットワークを接続する装置が和技の頭を覆った。


 和技は向かう、2021年というネットワークの架空世界へ


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