安心安全な場所で
シヨゥ
第1話
「好きな相手の本音を引き出すにはどうしたらいいかって?」
宴もたけなわ。周りが酔いつぶれたころ合いを見計らったかのように後輩が横に座った。
「それ、俺に聞くことか?」
「だって先輩、本音を聞き出すの上手じゃないですか」
「どこからそう思った?」
「小林君とか木佐貫君、あと竹原さんと最上さんも」
「全員俺が面談したのをきっかけに会社辞めていった奴じゃないか」
「みんなが心の底で思っていた『会社辞めたい』っていう曝け出せない思いをうまく引き出せた証拠じゃないですか」
「そのせいで俺は『辞めさせ屋』なんて変なあだ名で上司から呼ばれているんだがな」
面談した4人がすっきりした顔で退職届を提出する様は今でも脳裏に焼き付いて離れない。
「じゃあじゃあ。4人と面談するときに気を付けたことを教えてくださいよ」
「気を付けたことか……なんだろうな……そうだな。強いて言えば安心安全な環境を考えて面談したことぐらいか」
「安心安全な場所?」
「そう。人間って緊張していたら本当の自分って出し辛いんだよ。ぼぉーっとして力が抜けた状態でやっちまったってなるあれ。あれこそが本当の自分だからな。」
「なるほど」
「だから会社の会議室は避けたし、騒がしい居酒屋も避けた。小上がりのある定食屋で、あいつらを壁側に座らせて。ネクタイやジャケットなんて取っ払ってラフな感じを心掛けたかな」
「他には他には」
「あえて核となる話は避けてダラダラ話したっけかな。あえてこっちの恥をさらすような話もしたりして。話しやすい空気って奴を作ろうとしていたっけ」
「なるほど。そしてあの4人は会社を辞めたいという思いを確かなものにしていったんですね」
「結果的にそうなるな。本当はそんなに思い詰めず気楽に仕事しろよって伝えたかったんだけれども」
店を出る時の憑き物が取れたような顔もまた脳裏に焼き付いている。
「分かりました。安心安全な環境ですね。心掛けてみます」
「応。がんばれがんばれ」
「じゃあ失礼して」
横に座っていた後輩が対面に座る。
「これで座り位置は良し。あとは」
そしてシャツのボタンを一つ外して裾をパンツから出した。着崩れてラフさが強調される。
「それじゃあ飲みなおしましょうか」
「待て待て待て。それだとそういうことになるんだが」
「そういうことはどういうことでしょう? とりあえずカンパーイ!」
突き出されたグラスに仕方がなくグラスを合わせる。
「先輩の本音が聞けるまでとことん飲みましょう」
蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちなのだろうか。周りは酔いつぶれていてまともな救援を願うことも出来そうにない。
「よし分かった。腹を割って話そう」
腹をくくって酒を呷る。
「良い飲みっぷりですね」
かわいい後輩ととことん呑んでやろう。そう決意するのだった。
安心安全な場所で シヨゥ @Shiyoxu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます