育った街を遠く離れて

穂高 萌黄

第1話 EとW

「東と西で味が違うの?」


 私は無意識にテレビに話しかけていた。

画面にはインスタント麺の製造工場が映し出され、同じ製品でもエリアによって少しずつ味を変えて販売していると紹介されていた。地域によって味の好みが異なるというのがその理由で、パッケージの側面には小さく東を表すE、西を表すWがそれぞれ印刷され、見分けられるようになっているらしい。食い入るようにその番組を観て、頭を抱えた。全く気付かなかったからだ。


 私はEのエリアで生まれ育ち、結婚を機にWのエリアへ引っ越した。子供の頃、年越しにはこれを食べたいとねだった緑のたぬき。大人になってからも大好きで、よく買い置きし、もっと食べたいと思う気持ちに反してビッグサイズを完食出来ない自分の小さい胃袋を恨んだ。緑のたぬきは生活のとても身近なところにいつもあった。そして、今も。それなのに居を移した先で同じものを買い求め、食した際に味の違いに全く気付かなかった。


「私はバカ舌なのか?」

知り合いのいない街に移り住んだ娘を案じて、時折電話をかけてくる母親に、ことのついでとその話をすると、

「へぇ、そうなの。面白いわねぇ。」という薄っぺらな相槌が返って来た。当たり前だが、母はカップ麺の味の違いに関心がない。逆に私は自分の事を、愛する人の心配りに気付かないKY女、長年連れ添った彼氏を理解出来ていなかったせいでフラれたボンクラ女くらいに思って責めている。もうこの話を人にするのはやめよう。空気の読めないバカ舌女の烙印を自身に押し、この件は封印することにした。


 それから数日後、宅配便が届いた。実家の母からだった。

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