第11話
その後、男の子はすぐに隣にいた母親らしき女性に怒られ、そのままぴゅーと抱きかかえられ村人の輪から離れていった。
大丈夫だろうか……。男の子は悪くない。私も私を聖女だとほぼ思っていない。私が男の子の期待したハードルの下をくぐったのは間違いないし、それについてはごめんしかないのだ。ですのでお母さん、あまり怒らずに……。
村の人たちも一斉に謝り始め、私は「大丈夫です」「気にしていません」「どうかそちらもお気になさらず……」となんとか場を収めた。
「できればなんですけど、魔物の暴れた現場って行ってもいいでしょうか」
落ち着いたところで、村長さんらしき人に声をかける。
すると、すぐに「もちろん!」と頷いてくれた。
そして、村を案内してもらう。
木でできたログハウス風の建築に赤い屋根。山の中腹にあるためか気候は涼しく、陽の当たりが柔らかく感じる。そよそよと吹く風が針葉樹を揺らしていて、とてものどかだ。そして――
「あの、ヤギが多すぎません?」
――あっちにもヤギ、こっちにもヤギ、一つ飛ばしたあちらもヤギ。ヤギヤギヤギヤギ、大集合。
村の中に自然にヤギがいる。別に牧場の敷地とかではないのに、ヤギがいる。道中に普通にヤギ。
不思議に思ってきくと、村長さん(たぶん)はふぉふぉふぉっと笑った。
「この村は牧畜が主産業でのぅ。ここより高い場所に放牧地があるんじゃが、ヤギは寒いからか勝手に村に降りてきよるんじゃ。この村はいつもこんなじゃよ」
「ヤギは乳を取るのか?」
「チーズを作っております。このあと聖女様にもチーズを使った料理を召し上がっていただこうと準備しておるんじゃ」
「わぁ! それは楽しみです」
村長さんとザイラードさんの会話にとてもいい情報があった。
チーズ料理食べたい。そう思えば、大量にいるヤギも可愛く見えてきた。君たちが私においしいものをくれるんだね……。
「それで、魔物が現れた現場はここなんじゃが……」
村長さんについていった先はちょうど村から森へと入るあたり。太い針葉樹がなにかになぎ倒されたように地面にごろごろと転がっている。
これはかなりの大物の暴れ方を感じる。
「いきなり大きなネズミのようなものが出現したのじゃ。大きさは村のどの家よりも巨大じゃった。巨大なネズミは森の入り口で木をなぎ倒すとこう言ったんじゃ。『ナニカヨコセ』と」
「ほう……」
物盗りの犯行。
「魔物が人間になにかを要求するのは珍しいな」
「そうなのですか? わしらはよくわからんから、とりあえず村にあったチーズを渡したんじゃが、『オイシーイ』と喜び、そのまま消えていった」
「チーズで満足したということか……」
「わしらにもわからないんじゃ。ただ、暴れたというよりは自分の要求を通すために木をなぎ倒し、それなりに納得が行ったから帰った。そういう感じじゃった」
「うんうん。きっとチーズを食べに来たんですね」
村長とザイラードさんの会話になるほどと頷く。
ネズミはチーズが好き。わかる。あれだよね穴の開いたチーズ。猫とネズミが追いかけっこするやつで、ネズミが好きだったよね。ほむとふぇみー。
「そしてそのあとにな、とても美しい少女が現れて、ありったけのチーズを食べて消えていったのじゃ。わしらはよくわからなかったんじゃが、あれが聖女様なのかと思ってなぁ」
「美しい少女が現れた?」
「美少女ですか……」
「聖女様は魔物を鎮めることができると聞いていたんじゃ。だからあの少女が聖女様なのだろうとわしらは思ってのぅ。だが、早合点じゃったな」
村長はほがらかにふぉっふぉっふぉと笑う。
どうやら魔物が現れたあとに美少女をこの村の人たちは聖女だと思ったようだ。
「さきほどの子もな、聖女様に失礼なことを言ってしまったが、魔物を鎮めてくださったと思った少女と、実際にこうして訪れてくださった聖女様とが違ったから、あのように口走ってしまったのじゃと」
申し訳なかったのぅと村長がもう一度、頭を下げる。
私はそれにまた「いえいえ」と首を横に振った。
「では、あの男の子をここへ連れてきていただけますか?」
「それは……」
私の提案に村長が困ったように口籠る。
私はそれに力強く頷いて返した。
「なにかをしようというわけではありません。ただ、ちょっと男の子が好きそうなことをするので、見ていただけたらな、と」
「……よくわかりませんが、聖女様がそうおっしゃるなら」
村長は困惑顔のまま、どこかへと歩いていく。
きっと男の子を探しに行ってくれたのだろう。
そして、私はなぎ倒され、そのままになっている森の入り口を見つめた。
「やるのか?」
「はい」
ザイラードさんが片眉を上げて、ニッと笑う。
私はそれにへへっと笑って返した。
「レジェド、力を貸して!」
「オウ!」
視界の端に男の子が現れたのがわかる。
私はそちらに不敵に笑って見せると、レジェドが私に力を渡してくれた。
きらきらと体が光る。
そして――
「トウッ!」
――重機ジャンル私による、整地活動!
「ひょぁあ!?」
「えええ!?」
「すごぉぉおおい!!」
聞こえたのは村長と母親と男の子の声かな。
男の子は歓声だったから、やはりこれは男の子にウケる! 重機ジャンルつよい!
口から吐き出されたブレスはなぎ倒された木を粉砕し、そのまま消す。まだ何本か残っているが、これならば森へ入ることもでき、村の人たちも安心だ。
さすが私。無駄な才能がある。
「ヤッター!」
「ボクモ! ボクモ『エイ』スル!」
「さすがだな! いつ見ても爽快だ」
盛り上がるレジェドとぴょんぴょん跳ねるシルフェ。
ザイラードさんが「はたらくくるま」である私をきらきらした瞳で見つめれば、ここがそう、私の持ち味です。
「へへっ」
私は照れ笑いを浮かべた。
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