第32話

 私は着ていたワンピースをあっというまに脱がされ、下着姿になると、いろんなサイズを測られた。いや、そこのサイズ調べてなんに使うの? という細かい場所まできっちり図られた。肩の厚みや首の長さやエトセトラエトセトラ。

 さらに、そのサイズを元に、女性たちはベージュの仮縫いのドレスを持ってきた。で、それを着せられ、あちこちをマチバリで留めたり、長さを変えたり。

 女性たちの目はきらきらと輝いていて、声もウキウキと弾んでいる。あまりにもうれしそうだから、私はなにも言えなかったよね……。されるがまま。借りてきた猫。

 仮縫いのドレスを何度も着たり、脱いだり、補正したりを繰り返し、ようやく女性たちは満足のいったものになったようだった。


「ふぅ……これならば、刺繍部分の変更はせず、背中の身ごろの調整と部分的な裁断とレースの追加で済みそうですね」

「えぇえぇ。腕が鳴りますね。これでこそです」

「はいっ……急な支度。焦る心、時間との闘い、休憩も取れずくたくたになる今日。……私たちが待ち焦がれていたものですねっ!」

「ザイラード様に『どうしてもっと早く伝えてくれないのですか!』と言ってみたかった。ようやく、ようやく言えます」


 女性たちはブラックな勤務を待ち望んでいたらしい。私なら急な業務は絶対にいやだが……。

 下着姿の上に肌触りのいい素材のバスローブを着せられ、私はそっと目を閉じた。


「では、私たちは一度、御前を失礼いたします」

「ではっ!」


 仮縫いのドレスと裁縫箱を手に、眼鏡の女性と一番背が低い女性が去っていった。

 あれかな……今から、ドレスを直す的な? そういうことで合ってる?


「あの……結局、私はどうなりますか……?」


 王宮へ乗り込むぞ! 離宮だぞ! 採寸だぞ! という流れにふらふらと乗ってしまったが、私はいったいなにをして……?


「申し訳ありません。細かいことはザイラード様よりお話を聞くのがいいのではないかと考えます。一介の侍女である私たちが説明をするなど恐れ多いことです」

「あ、わかりました。こちらこそすみません」


 私の質問に、髪をきっちりと結い上げた女性が目を伏せて答えた。

 そうだよね。雰囲気的にザイラードさんが主なわけで、勝手に考えを話したり、説明したりとかはできないよね。うん。ちゃんとしている。


「というわけで、次は湯浴みです」

「湯浴み……?」


 髪を結い上げた女性はパッと顔を上げると、私の手を引き、進んでいく。

 やはり声が弾んでいるな……。あれだよね? 私がどうなるか教えてくれなかったのは雇用の問題だよね……? 秘密保持の契約を結んでるとかだよね……? 私に有無を言わせないためじゃないよね……?

 あれ? と思い、四人目のおさげの女性を見る。おさげの女性は「腕が鳴る、腕が鳴る」とにこにこ顔だ。


「こちらが湯殿でございます」

「湯殿」


 案内された場所は、たしかに風呂場と呼ぶには規模が大きすぎる。ホテルの浴場とかよりも豪華なんじゃないか……。

 そして、あれよあれよと裸に剥かれ、とても広い十畳はありそうな、半身浴タイプのお風呂に浸かっていた。こわい。あまりに自然過ぎて、自分が裸であることが気にならない。こわい。そして、気持ちいい。


「あったまる……」


 気持ちよくて、もはやなんでもいい気がする。

 自分が今、どこにいて、なにをするために来たのか。些事。すべてのことは些事……。悩みはすべてほわほわと漂う湯気の向こう。


「全身温まったようですので、こちらへ」

「はいぃ……」


 体はほかほか、頭はとろとろ。

 ぼんやりとしている私を女性がどこかへ案内する。


「ここに横になってください。体のマッサージをさせていただきますね」

「はぃ……」

「どうぞそのままお休みになってください」

「……はぃ」


 案内されたのはたぶんベッド……だと思う。エステとかにあるようなやつだと思うけど、あんまりわからない。

 そこに横になると、ほわっと温かくて、それがまた眠気を誘う。なんだかいい匂いもするし、ここは天国ではないだろうか。


「足は全体的にもっと細くできるし、バストアップも可能。どこから揉みほぐしましょうか。ああ……腕が鳴る……」

「しっ。まだ眠っておられませんよ」

「え……?今……?」


 なにか関節をポキポキ言わせる音が聞こえたような……? ここには優しそうな女性しかいないはずなのに……?

 まどろんでいた意識がすこしだけ浮上する。

 が、そんな私を安心させるように、そっと目に温かい布が掛けられた。

 わぁ……ホットアイマスクみたいだ……気持ちいい……。


「申し訳ありません。そのままお休みになってください。タオルは熱くありませんか?」

「はぃ……」


 じんわりとした温かさと優しい声に、また意識がうとうとと落ちていく。

 そうして、うとうとしているうちにたぶん、女性たちはマッサージをしてくれたのだろう。時折、声をかけられるので、その指示通りに体を動かす。うつ伏せにもなって、しっかり揉まれ、顔にもマッサージをされた。あと顔になにか温かい液体を塗られ、髪にも。たぶんパック的なことをしてくれたようだ。


「――りました。終わりました」


 優しい声に導かれ、パチッと目を開く。

 どうやら、ここでの作業は終わったようだ。

 とてもすばらしい体験だった……高級スパ。そして最高なエステ。ここが天国でした。


「とても気持ちよかったです。ありがとうございました」


 そんな素晴らしい体験をさせてくれた女性二人にお礼を言って頭を下げる。

 腕まくりをしたおさげの女性の髪は最初より乱れていて、全身を使ってマッサージをしてくれたことが一目でわかった。


「すごく体が軽いです。本当にありがとうございます」

「こちらこそ、最高の時間でした」


 おさげの女性はそう言うと、やりきった笑顔で頷く。

 非常にきらきらしているね……。


「では、足元に気を付けてこちらへ。ドレス、体と準備は進んでおります。時間も押しておりますので、最後の作業へ参りましょう」


 髪を結った女性がバスローブを着せてくれ、一緒に元の部屋へと帰る。

 そして、私を大きな鏡台の前へと座らせた。


「まずは髪をすこし乾かします。こちらは最後に巻いたあと、結わせてください」

「あ、わかりました……」


 なにもわかっていないけれども。

 でも、さすがにちょっとわかってきてはいる。

 ザイラードさんは容姿で殴ると言っていた。つまり、私はドレスアップをして第一王子を殴りに行くわけである。

 不安だ……。女性たちはすごくがんばってくれているのはわかるが、私で大丈夫か? 不安だ……。

 窓を見れば、もう夕焼け。もうすこしすれば陽が沈むだろう。

 魔物たちはそれぞれの場所でお昼寝をしているようだ。平和。いいね、みんな……かわいいね……。


「では、すこし風が吹きます」


 私が癒されていると、髪を結った女性が私の髪に手を触れた。

 すると、温かな風が吹き――


「えっ……すごい……っ」


 ――髪がふわっと渇きました。


「えっ、えっ?」


 思わず声が出る。そんな私に髪を結った女性は鏡越しでゆったりと笑った。


「私はすこしだけですが、魔法が使えるのです」

「魔法……。今、魔法で髪を乾かしたんですか?」

「はい。魔法の力は強くないので、このようなことにしか使えないのですが、侍女としては非常に役立つだろう、と思っております」

「わぁ、素敵ですね」


 魔法を仕事に役立てることができるなんて、すごいよね。

 感心して声を出すと、髪を結った女性はきゅっと眉を寄せた。


「……今、初めて、主のお連れの方に対して使うことができました。しかもこんなに喜んでいただいて。感無量です」


 そして、じーんと噛みしめている。


「さあ、私の本領発揮はここからです」


 髪を結った女性はそう言うと、ザンザンザンッ! と手元にたくさんのワゴンを引き寄せた。乗っているのは……化粧品?


「お好きな色、使ってみたいもの、ありましたらぜひおっしゃってください。私が必ずや希望に沿ってみせます。素材を生かし、お顔を明るく。今、不安なこともあるかと思いますが、私がその不安を払拭いたします」


 髪を結った女性が、鏡越しにたくさんの化粧品を持ち、頷く。

 これはBAさん……。美容アドバイザーさん……。デパートとかにいらっしゃる化粧品のプロ……。


「今回は殴り込みと伺っております」

「あ、はい」


 そうですね。楚々とした振る舞いとその言葉が似合ってないから、ちょっとびっくりしてしまったが、そうですね。


「では、テーマを決めさせていただいてもよろしいでしょうか」

「テーマですか?」

「はい。お化粧は毎日同じものをするわけではありません。その日のコンディション、気分、仕事。その中で、一番自信が持てるためにするものだと考えています」

「なるほど」


 自分に自信を持つためにするのが、お化粧。素敵な考えだ。

 鏡越しに目が合った女性に、「お願いします」と頷く。

 すると、女性の目がきらりと光った。


「テーマは――」


 そして、いい笑顔。


「――『清楚で可憐。だが目で殺す』にいたしましょう」

「目で……」


 テーマ、強いですね。

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