第31話
正直に言おう。
――すごくときめいた。
いや、でもこれは仕方がないのだ。なぜならザイラードさんはとてもかっこいい。顔の造りが~とかスタイルが~とか、もちろんそういうところもあるが、なんといっても安心感というか、頼りがいというか、この人と一緒なら大丈夫だ感が圧倒的なのだ。
で、だ。
そんな陽だまりのような人がさ、悪い顔で誘ってきたら……そりゃときめく。たぶん全人類ときめく。老若男女すべて。ワンチャン動植物も。これはもう生命の業といっても過言ではない。
だから、差し出された手に、思わず手を載せてしまったことに罪はないだろう。正気じゃなく、なんかこう、気づいたらふらふらっと体が動いていた。
そして、今、私がどこにいるかというと――
「離宮……」
――すごく豪華な宮殿? にいます。
手を取られ、そのまま転移魔法陣と呼ばれるもので移動し、気づいたらここにいたのだ。
最初は王宮かと思ったが(王宮に乗り込むと言っていたし)、王宮ではないらしい。
この国の中心は王都。で、そこに王族が住む区域がある。現国王は王宮に住み、それ以外の王族は区域内に建った離宮で暮らすことが多いのだと説明された。
で、いくつかあるうちの離宮の一つに私はいるわけですね。そして、ザイラードさんは私を離宮に連れてきて、普通に離宮の主として振舞っていた。つまり――
「ザイラードさん……王族なんですね……」
「ああ。現国王の弟だ」
「王弟殿下じゃないですか……」
「まあそうなる。といっても、王位継承権は早々に放棄して騎士団に入ったから、王族としての振る舞いは忘れてしまったな」
――そう言って、ははっと爽やかに笑った。
金色の髪とエメラルドグリーンの瞳がきれいですね。うん。たしかにこれは王子様だ……。
離宮の一室に案内され、まずは、とお茶を出されてそれを飲む。
魔物たちは各々が好きな場所でくつろいでいる。順応性が高い。私はソファに座りながら、話をしているが、いまだに不思議な心地だ。
「第一王子は甥にあたるんだが、ほとんど交流はなくてな。騎士団で忙しくしているうちに、気づけばこんなことになってしまっていた。あなたにも迷惑をかけた」
「いやいやいや、それはザイラードさんに謝ってもらうようなことじゃないので」
知らないうちに身内がどこに出しても恥ずかしい(ザイラードさん談)になり、困ったことをしたとして、ザイラードさんは十分やってくれたと思う。
私を騎士団で保護してくれて、身元引受人になってくれたしね。
「あ、もしかして、ザイラードさんが身元引受人になってくれたのは、王位争いから守るためが強かったりします……?」
第一王子と第二王子は王位継承をめぐって争っており、魔物から国を救った(つもりはないが)、聖女(まったく似合わないが)の私を手元におきたいと考えていた。
異世界から来て、なんのよすがもない私の身元引受人になれば、王位が近づいたのだろう。
私が女子高生(狐)のようにバイタリティがあって、国のトップに立つ! みたいな性格であれば、第一王子か第二王子のほうがいい。
が、私はそれに巻き込まれたくないと言ったので、ザイラードさんが身元引受人になってくれたのだろう。
王位継承権を放棄した王弟であるザイラードさん。王族としての血筋はありながらも、政治とは距離がある。
騎士団でのんびり暮らしたいという私の望みは、ザイラードさんが身元引受人になってくれたことで叶っていたということだ。
「いろいろ気づかずにすみません。あらためて、ありがとうございます」
疲れていて考えたくなかったとは言え、もうすこし、ザイラードさんがどうしてくれたかを聞いたほうがよかったよね……。
そうじゃないと、ザイラードさんの優しさや気遣いに甘えているだけになるところだった。
「そして、失礼なことばかりしていて、申し訳ないです」
ほんとそれな、私。本当に失礼なんだよな。
最高の上司だぁ! とか思っている場合ではない。相手は王族。しかもかなり高位。日本人の私でも王弟というのがすごい立場であることはピンとくるからね……。
「それについて俺もあえて伝えなかった。あなたとの関係は騎士団でのものだけでいいと思っていたんだ。だが、やはり、第一王子の妄言を野放しにするのは違うと思ってな」
「なるほど……」
「なので、身分については気にせず、今までのように接してほしい。……まあ、身分ではないものが、あなたに響いてくれるとうれしいとは思うが」
「響く?」
「いや、こちらの話だ」
はて? と首を傾げると、ザイラードさんはふっと笑った。
「というわけで、この場所や俺についてのことはわかったと思う」
「はい」
「では、またあとで会おう」
「え?」
ザイラードさんはそう言うと立ち上がって、扉付近に佇んでいた女性たちに声をかける。
人数は四人。どの女性も上品なエプロンドレスを身に着けている。礼儀正しい態度や服装から見て、この離宮に勤めている人たちなんだろうが……。
「楽しみにしている」
ザイラードさんはそう言うと、ぽかんとしている私をソファに置いたまま、扉から出て行ってしまう。
そして入れ違いのように、女性たちがスススッと近寄ってきて――
「あぁ腕が鳴ります。どこで成果を出せるかもわからないまま過ごした月日。それは無駄ではなかった」
「ええ。私たちの研鑽の日々はこのためだったのです」
「はいっ。このままだれの目にも止まることはないと思っていたドレスっ……。ついにっ……」
「失礼します」
眼鏡をかけたまじめそうな女性が私をそっと立たせる。
その手にあるのは……メジャー?
「まずは採寸です」
そして、その眼鏡がきらりと光った。
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