第17話
私が異世界に来て、一週間が経った。相変わらず、第七騎士団にお世話になっている。
部屋も最初に案内されたままで、本当にここに住んでもいいらしい。
寝室、居間兼応接室、シャワールームにトイレ。小さなキッチンもついていて、生活にはまったく困らないと思う。1L+ミニキッチン。一人暮らしとしては十分だ。
そして、服やなんやかやの小物もザイラードさんが用意をしてくれた。
ザイラードさんが女性ものを用意するのに滞りがなく、ははーん、結婚しているのかな? と思ったが、そうではなかった。第七騎士団から、王都側へと行くと何個かの村があるらしく、そこの女性が通いで働いているようなのだ。で、その女性にお願いしてくれたようだ。
日常の普段使いのワンピース、肌寒いときに着る上着、パジャマ。歩きやすい靴に靴下や下着。あとは生活していくのに必要な整容品などもいただいてしまった。
お金のない私には払えるものがないため、さすがに心苦しかったが、ザイラードさんは爽やかに笑ってくれた。私に命を救われたのだから、安いものだ、と……。
――日本にいるお父さん、お母さん、元気ですか。まあ、きっと元気でしょう。
私は異世界で出会った人に親切にしていただいて、死んだ目で働いていたあの頃よりもよく眠り、肌ツヤよく、非常に元気です。
こちらで私は――
「魔物と暮らしています……」
とても強い、ドラゴンとフェンリルです。
「トール、ダッコ!」
「トール、ダッコシテ!」
「いいよ……いいとも……」
とても強いのに甘えん坊な二人を一度に抱きしめる。
右手はレジェドの鱗ですべすべ。左手はシルフェの毛皮でふわふわ。
――お父さん、お母さんここは神が与えたもうた楽園です。
さらに私は――
「――ブレスが吐ける会社員になりましたよ」
レジェドとシルフェを抱きしめて、窓から外を眺める。
私の自室は四階。そこから見れば、魔の森の大きさがはっきりと認識できた。
鬱蒼とした森は終わりがわからない。が、そこには三筋の不自然な跡があった。
「あれはレジェドがシルフェを吹き飛ばしたあと……」
二車線の道路だね……。広めの道幅で渋滞知らずだね……。
「あれはレジェドが私と一緒に放ったブレスのあと……」
こちらは一車線。すれ違いにちょっと困るかもね……。
「あれは……あれは……私が放った……」
うっ……頭が……。
レジェドの作った道と並行するように走る一車線の道路。そうです。これが私がブレスを放ったあとです。
「私……一人で道路を走らせることができるようになったんだなぁ……」
レジェドからもらう力は『ブレスを吐くこと』。レジェドから力をもらい、体が光る。そのあと「とう」というと、口から光線がまっすぐに出ていくのだ。
「と」というときの空気の破裂音で一気に光線が放たれ、「う」という頃には収束する。たぶん「と」の力加減とか「う」をいうタイミングとかで強さの調節ができそうだ。
「一回目にしてコツを掴んでしまった……」
みんなは考えたことある? 「薙ぎ払え!」って言う側じゃなくて、言われる側になるってこと。
私? あるわけない。ないよ。一回もない。
なのにコツがわかってしまう。さすが私。こういうどうしようもない才能がある。日本なら使わなかった才能だよね。ブレスの力加減のコツが一回でわかるという才能……。
一人、窓の外を見て、自分の価値について物思いにふける。
すると、コンコンと軽快なノックが響いた。
「はい!」
返事をし、レジェドとシルフェを腕から解放。そして、急いで扉の前へと移動した。扉を開けた先にいるのは――
「おはよう。体調は悪くないか?」
「はい。とても元気です。……今日はいつもの服ではないんですね」
「ああ、仕事ではないからな」
――私服姿のザイラードさん。
これまでの騎士服っぽいのも素敵だったけれど、今回の服も似合っている。
「では、朝食へ」
「はい」
ザイラードさんの言葉を受け、準備を整えていた私はそのまま扉の外へ出る。
ザイラードさんはこうして、毎朝私の体調を伺いに来てくれた。
忙しいときもあるようで、一緒に朝食を摂れたのは二度だけだが、今日は一緒に食べれるようだ。
そして、今日はそれだけではない。このあと、私たちにはいく場所があるのだ!
「キイチゴ狩り、楽しみです」
「あなたが行きたいと言っていたからな。いい場所はすでに押さえてある」
「カゴいっぱいになりますかね?」
「ああ、下見はした。二カゴはいけるんじゃないか?」
「わあ……楽しみです」
異世界スローライフ希望の私が初手として伝えていたキイチゴ狩り。それをザイラードさんが覚えていてくれて、一緒に連れて行ってくれるのだ。ありがたい。
「下見までしてくれていたんですね」
感謝。圧倒的感謝……。
神対応に心でそっと拝む。ザイラードさんはだいたい神。
「あなたがキイチゴ狩りにがっかりして、ここを離れたいと言わないように、な」
「いやぁ、今のところ一回もここを離れたいと思ってないですよ」
爽やかに笑いながらお茶目なことを言うザイラードさん。もったいないことだ。私は大満喫です。
「トール、オレモイッショ!」
「ボクモイッショ!」
「うんうん。そうだね」
右肩と足元についてきているレジェドとシルフェ。
もはや自然すぎて、ザイラードさんを始めとする第七騎士団の方は私たちが一緒にいることに慣れている。
食堂に向かっている私たちは何人かの騎士とすれ違ったが、みんなザイラードさんや私に挨拶はするが、驚いたり、不思議がったりする様子はない。私とレジェドとシルフェ。サンコイチである。
そうして、私たちは食事を摂り、ザイラードさんが調べてくれていたというキイチゴスポットへと向かった。
手にはカゴ。大事。
どうやらキイチゴスポットは魔の森の中にあるようで、森を進んでいたんだけど――
「……すまない。道が塞がれてしまっている」
森の小道を進んでいると、先行してくれていたザイラードさんが足を止めた。
ザイラードさんが示す場所を見てみると、そこにはなぎ倒された木が折り重なって、層になっていた。
「わぁ……これでは進めませんね」
「ああ。一昨日までは問題なかったのだが……。一本や二本の木であればなんとかなるが、さすがにここまでだと、俺だけでは道を開くのは難しいかもしれない」
「うーん……。土砂崩れですかね」
私たちが進んできた小道を横断するように、木と共に大きな岩などもある。
土は流れていったが、木や岩だけ残ったのだろうか。左手から右手に向かって緩やかな坂になっているから、右手側に土が流れていったのかもしれない。
「昨日、雨が降ったわけでもないが……」
「そうですね。私が来てからはずっと晴れでしたね」
が、まあ、こういうのはちょっとしたきっかけで起こるものでもある。
……ほら、大きいシルフェが歩く度に地震を起こしていたし、吹き飛んだときのも揺れてたし。地盤が緩んでしまったんだろう。
「この道は魔の森の警らにも使っていた。騎士団に戻って、道を復旧しなければならないな……」
「あー、仕事でも使う道なんですね?」
「申し訳ない。せっかく、あなたを案内しようとしていたのに」
「いえいえ、それは問題ないです」
ザイラードさんの眉尻が悲しそうに下がる。
まさか、晴天続きで土砂崩れが起きるなんて思わないし、こういうのはだれのせいでもない。……いや、シルフェのせいかもしれないのはしれないんだけども。その場合は結局、シルフェと契約した私の責任問題にもなりそうな、そうでもないような。
というわけで。
「道、直しましょうか?」
私って、一回でコツを掴む人間なので。
「直す? だが、これは騎士団の人員が交代で復旧作業をしても三日はかかるぞ」
「ですよねぇ……。重機とかがないとね……」
日本でも土砂災害はあるわけだが、やっはり人力だけでは大変だ。重機のパワーが必要になる。
そして、ここは力isパワーの二匹がいる。
今回はレジェドに力を借りよう。
「レジェド、力を貸して」
「っ! モチロンダ!」
私の言葉に右肩でパタパタ飛んでいたレジェドの青い目がイキイキと輝く。
力を受け渡すのはうれしいらしい。
「イクゾ!」
レジェドの言葉と同時に、私の体がきらきらと光る。
私は声を立てないように、そっとザイラードさんを追い抜いた。
私の行動を見て、ザイラードさんもピンと来たのだろう。なにも言わずに頷き、前方を指差した。
「道はあそこへ続いていた」
ザイラードさんの示した方向を見れば、土砂崩れの向こうに道が見えた。
よし、あそこまで。あそこまでブレスが届けばいい。
慎重に方向と距離を測る。そして――
「……とう……」
小さな小さな声。
それと同時に私の口から出た光線が、まっすぐに突き進む。
なぎ倒された木、転がる大岩、あふれた土砂。それらすべてが光線に当たった途端に蒸発したように消え去り――
「すごいな!」
ザイラードさんの興奮したような声。
土砂崩れにより塞がれていた道がまっすぐに復旧していた。
「よかった。うまくいきました」
さすが私。無駄な才能。力加減がいい。
「ボクモ! ボクノチカラモ!」
「うんうん、そうだね。じゃあシルフェの力を借りて、こっちに落ちてきそうな木をおがくずにして、岩の粉砕しようか」
レジェドの力を借りたあとは、シルフェの力も借りる。
もう道はできているので、そこを進みながら、今後危険かもしれない倒木や大岩を粉砕して回った。
「ふぅ。これでよし」
「とう」と「えい」を言っただけだが、なんとなく心理的に額の汗を拭う。全然疲れていないし、汗もかいていないが。
「あなたは本当にすごいな……!」
作業を終えた私に感嘆の声がかかる。もちろんザイラードさんだ。
エメラルドグリーンの目がきらきらと輝き、とてもきれいである。
そして、それは――
――ショベルカーやダンプカーなど「はたらくくるま」を見たときの三歳児のそれ。
本来、人間が向けられるタイプの目ではないね。そだね。
「へへっ」
私は愛想笑いをした。
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