第16話
どうしてこんなことに。
触れたてのひらと、おがくずになった木。
指先ならぬ、てのひら一つでダウンなの? 私はいつのまに秘孔がわかるように……? というか、木に秘孔ってあるの……?
現実から逃げるように、二、三歩下がる。
すると、私に助けを求められたザイラードさんは――
「ははっ、あなたでも狼狽えることがあるのだな」
――なぜか笑っていた。
金色の髪がふんわり揺れて、エメラルドグリーンの瞳が柔らかく細まっている。爽やか! だが、違う。
「笑いごとじゃないですよ……」
これは大変なこと。会社員が触れただけで、木がおがくずになってはならぬのです。世界的に。
「すまない。異世界から来たことを理路整然と説明し、ドラゴンが小型化しても動じなかった。あなたのそういう姿を見ると、つい、な」
「ついじゃないんですよ……」
諸々のことは、疲れていて驚く気力もなかっただけなのだ。そして、今はすやすや寝たために、元気。
あと、これまでは「なんかしらんけど」という、どこか他人事感があったが、さすがにこれは自分がやったとわかる。触れたらおがくずになったわけだが、しっかり感触があった。やだ。また感触思い出した。
その感触を失くすよう、手をすりすりとさする。
すると、ザイラードさんがその手をそっと取り――
「大丈夫か? なにか体調に変化が?」
「い、いえ、あの、ちょっと感触を忘れようとしただけで、元気は元気です。すごく」
「そうか」
ザイラードさんがほっとしたように息を吐いた。
いや、本当に大丈夫です。ザイラードさんが手を包み込むようにしてくれたおかげで、おがくずにした感触はすでに忘れた。ここにあるのは温もりだけ。
あ、ザイラードさんの手、大きいな……。
「あなたの手は小さいな」
どうやら同じことを考えていたらしい。
が、私の手のサイズは普通だ。ザイラードさんが大きいのだ。
「ザイラードさんは剣を持つ手なので、大きいですね」
働き者のきれいな手じゃ……。
「笑って悪かった。あなたがかわいくて、つい、な」
「あ……」
「ついじゃないんですよ」と言いたい。言いたいが、胸がぐぅってなった。「あ」しか言えなくなった。カエル……カエル食べなくちゃ……。
ザイラードさんは、そんな私の手を離し、魔物たちへと視線を移した。
「この力はずっと維持されるのか?」
「ウウン! 一回ダケ!」
「そうか。力を渡したときだけなんだな?」
「ウン! チカラヲトールガツカウト、ナクナル!」
ザイラードさんが聞き出してくれた情報に私もふむふむと頷く。
シルフェと契約したからといって、常に秘孔が突けるわけではない。
・シルフェが私の体を光らせる
・シルフェが私に力を渡す
・私が渡してもらった分の力を使えるようになる
・使い切ればそれで終了
よし。理解した。
「シルフェ、私の体を光らせちゃダメ」
「エッ!? ナンデ!?」
「困るから。私を困らせることしないって約束したよね?」
「コマラセルコトシナイヨ!」
「じゃあ、光らせないでほしい」
「……ウウ……ワカッタ」
私の言葉にシルフェはしぶしぶと言ったように頷いた。
でも、納得できていないようで、しょんぼりと座り込み――
「トールトアソビタカッタ……。イッショニ……。トールト……」
投げ出された後ろ足。前足はその間にちょこんと揃っていた。けれど、肩ががっくりと落ちている。悲しそうな赤い瞳が見ているのは地面。そして、ぽしょぽしょと話を続けて――
「イッショニ……。トールト……」
――もう。
「わかった……。かわいい……。わかった……!」
私はシルフェを抱き上げ、ぎゅっと胸に。
「ときどきね……。人がいないとき。一緒に遊ぶって決めたときに、ときどきね……」
「ウン! トールスキ!」
かわいいからね。しかたないね。ときどき、木をおがくずにして遊んだっていい……。
「おがくずは馬房にも敷けるし、火おこしにも使える。魔の森は木の成長も早いから、伐採もする必要があってな。魔の森の木を間伐してもらえるのはありがたいな」
「あ、そうなんです?」
シルフェの遊びに付き合うだけのつもりだったが、木を切ることや、それがおがくずになるのは騎士団として歓迎してくれるようだ。
じゃあ、なにも問題なし?
「体が光るのも、木を粉砕できるようになったのも驚きましたが、問題はなさそうですね」
「ああ。もちろん木以外も圧縮できるのだろうから、使い道については考える必要があるが……」
「使い道?」
はて? と首を傾げる。
すると、ザイラードさんはシルフェに話しかけた。
「渡した力は、木だけではなく、触れたものを圧縮できるのか?」
「ウン! ナンデモ! ニンゲンモデキルヨ!」
シルフェがふふんと胸を張る。
かわいい。かわいいが私の背中はゾワッとした。
こわい。無邪気だがさすが最強クラスの魔物。こわい。そうか……この力を人間に使うこともできるんだな……。
地面に落ちたおかくずを見てそっと目を閉じる。
人体がこうなる……。あ、やめよう。ホラーだこれ。本当に秘孔を突ける。
「なぜ『えい』の一言で……」
発動条件がもっと必要だと思う。
そんな短い言葉で手を触れたらできてしまうなら、私ならうっかり狙っていないものを粉砕しそうだ。安全装置がなさすぎる。滅びの呪文か。三文字で古代遺跡が消滅しちゃう。滅ぼすわりに短い。そして、私の呪文「えい」はそれより短い二文字。
「力を渡されるのがあなたでよかった。あなたなら無暗に使うことはないだろう」
「そうですね、おがくずを作るだけにしたいと思います。……うっかり以外では……」
大丈夫か、私。ちゃんとしてるか、私。ザイラードさんは安心してくれているが、私は私に対して不安しかない。いつもそうだ。私は碌なことをしない。
「オレモ! オレノチカラモ!」
自分の生き方について振り返っていると、右肩で必死な声がした。レジェドだ。
「オレモ、チカラヲワタス!」
「……どんな力?」
ワクワクと青い瞳を輝かすレジェド。
私の質問にレジェドはうれしそうに答えた。自信満々に。
「ブレス、デキルヨウニナル!」
「それ、絶対いらない」
いらないです。
「エエ!? ブレス、ツヨイ!」
「強さはいらない」
「ブレス、ハキタクナイ!?」
「全然」
そんな気持ちになったことは一度もない。宝くじで三億円当たりたいよね!? みたいなテンションで言われても……。
ブレスはほぼビームだった。それを受け大きなシルフェが吹き飛ばされた光景は私の目にまだ新しい。ほぼ怪獣大決戦だった。
ブレスが吐けますよ! ビーム出せますよ! と言われて、喜ぶ会社員いる? いや、いるかもしれないが、私はあまり喜ぶタイプではない。
「ブレスを吐いてはみたいよな……」
いや、ザイラードさんまでも。ザイラードさんまでも宝くじに当たりたいよなのノリで来られても。
もしかしたら、異世界ではみんなブレスを吐きたいのだろうか……。
「オレ、ツヨイ」
「……そうだね」
「オレ、契約シタ」
「……うん」
「トールニチカラ、ワタセル」
「うん……」
レジェドはそっと私の肩に下りる。そして甘えるように頬をすりよせた。
肩にかかっている足は私を傷つけないように爪は立てていない。そして、すりよせられた頬はすべすべて――
「イッショニ……オレモ……オレダッテ……」
「……」
「トールト……イッショニ……」
――もう。
「わかった……。わかった……。かわいいよ……」
やろうじゃないか、力の受け渡し。やろうじゃないか、ブレス。
かわいさの前に私のちょっとした気持ちなんて関係ある? ない!
「イクゾ!」
その言葉とともに、私の体が光る。
おかしな現象なのに、もはや二回目にして慣れてきた。こわい。
「『トウッ!』ダゾ! 一気ニスッテ、一気ニハク!」
「うん。わかった。オッケオッケー」
「セーノ!」
「『とう』」
……そうして私はブレスを吐ける会社員になった。
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