第14話

 笑ってごまかしてみる。

 が、もちろんそんなことで事態は収拾しない。普通の人間は光らないからね。うん。知ってる。


「なにかあったのか?」

「いや、あったというか……」


 もごもごと言葉を濁す。

 すると、そんな私の代わりに! と右肩のレジェドと腕の中のシルフェが元気よく返事をした。


「オレ、トールト契約シタ!」

「ボク、トールト契約シタヨ!」

「契約……?」


 ザイラードさんが怪訝な顔をする。

 ふむ、この反応からすると、どうやら魔物との契約というのは一般的ではないのかもしれない。


「契約とはなんだ?」

「オレ、トールトズットイッショ!」

「ボク、トールトズットイッショダヨ!」


 うん、私にした説明と同じ。まるでわからないやつ。わからないから、諦めたやつ。

 このままではザイラードさんにも伝わらないと思うので、補足をしなくては。


「えっとですね、私がこの二人に名前をつけました。こっちのドラゴンがレジェド。こっちがシルフェです」

「名前をつけたのか」

「はい。二人が望んだのもあるし、このままだと不便だしな、と」

「そうだな。ずっとレジェンドドラゴン、シルバーフェンリルと呼ぶのもな。そう呼んでいると、事情を知らない者が驚くこともあるだろう」

「あ、それもありますね、たしかに」


 ザイラードさんの言葉に新しい知見を得る。

 今後、私が人がたくさんいるところに行けるかはわからないが、買い物ぐらいはしたい。

 で、そのときにこの魔物二人がついてきた場合、「レジェンドドラゴン」とか「シルバーフェンリル」と呼びながら、街を闊歩するわけにはいかないだろう。

 は? ってなるよね。こんなかわいい二人を悪の象徴と善の象徴の名前で呼ぶのだ。私のセンスが疑われてしまう。

 なので、うんうんと頷くと、ザイラードさんはさらっと告げた。


「最強クラスの魔物の名前だからな。その言葉だけで、街が恐慌に陥るかもしれない」

「きょうこう……」


 恐慌……だよね。なにそれ、こわい。センスの問題じゃないのか。

 あの魔法使いの物語でいうところのヴォなんちゃらさんみたいの感じなの? 名前を出しちゃいけない的な?


「名前についてはわかった。それで?」

「あー……、名前を呼んでくれって言われたんです。お互いのおでこをくっつけて、名前を呼び合いました。そうしたら……光ったんです」


 光ったんですよねぇ……。なんでだろうなぁ……。


「申し訳ないんですが、二人に言われるままにやっただけなので、私自身はよくわかってなくて。『契約』と二人は行っています。が、具体的なことを聞いても、さっきみたいに『ずっと一緒』と答えるだけで、どういうものかわかってないです」


 結果、まあいいか、と諦めました……。

 正直に言うと、ザイラードさんは「わかった」と答えた。

 そして、私から魔物二人へと視線を移す。


「契約とはなんだ? できるだけ具体的に、答えられるだけでいいから教えてくれ」


 その言葉にレジェドとシルフェはお互いに見合った。


「ドウスル?」

「ドウスルノ?」

「魔物のことをすべて知りたいわけではない。知っておくことで彼女を守ることに繋がることもある」


 ザイラードさんは落ち着いた声で根気よく語りかける。

 私と違う。諦めない心。

 そうすると、レジェドもシルフェも考え込んだ。


「ウーン……。コイツハ人間ニシテハ、ツヨカッタ。時間カカッタ」

「ボクニ魔力障壁ヲハル指示シタノモ、コレダヨネ。アレ、ドーンッテナッテ迷惑ダッタヨ」


 どうやらペット化する前にザイラードさんと対峙したときの話をしているみたい。

 二人ともザイラードさんがいることがちゃんと記憶にあったようだ。


「コイツニハ、オシエテモイイカ」

「コレニハ、オシエテモイイヨ」


 二人は頷き合った。

 ……。どうやら、ちゃんと聞かずに諦めた私が悪かったようだ。しっかり話せば伝わる心。

 ザイラードさんの認められてます感とともに、私のチョロさが浮かび上がる。しかたない。二人ともかわいいからな……。


「トールノコト、ワカル」

「ドコニイルカ! ゲンキカ!」


 元気いっぱいに答えた二人の言葉に、ほぅと頷く。

 つまり、契約したら、相手がどこにいるかとかどんな状態かとかがわかるってことか。

 今、私のいる場所や状態がレジェドとシルフェにはわかっているということだろう。それが「ずっと一緒」という意味なのかな? 私がどこにいてどんな状態かわかれば、ずっと一緒と言える気もする。


「それはこちらからもお前たちのことがわかるのか?」

「ドウダロウ。シラナイ」

「ワカンナイ」


 ザイラードさんの疑問に二人は首を振った。

 二人から私のことはわかるが、私から魔物二人のことがわかるかは謎らしい。たぶん、魔物にとってそういうのってどうでもいいだろうしね。


「試してみてくれるか?」


 ザイラードさんが私へと視線を移す。

 そうだね、レジェドとシルフェにわからないならば、今ここで、私がやってみればいい。


「あー……」


 とりあえず、目を閉じてみる。(雰囲気として)

 次に、なんとなく胸に手を当ててみる。(雰囲気として)

 そして――


「……」


 ……そして? そしてなんだよ。だれか教えてくれ。なにをどうしたら会話もせずに相手のことがわかるんだ。私にはGPS機能も遠隔通話機能もない。普通の会社員だ。


「どうやったらわかるかが、わからないですね」


 私はパチッと目を開けて、言った。

 わからない。なにも。


「それは……そうだな」


 ザイラードさんも納得した。


「おい、お前たちはどうしてるんだ?」

「エー……。トールノ気配、サグル」

「トールドコー、オモッタラワカル」

「なるほど」


 私はへへっと笑った。


「たぶん無理ですね」


 ないもん、だれかの気配を探ったこと。ないもん、心でどこにいるの? って聞いたこと。普通の会社員だもん。


「オレガトールノコト、ワカレバイイ」

「ボクガトールノコト、ワカレバイイノ!」


 うむ、なるほど。一方的な利害関係である。契約とは。私への得は。


「まぁ、二人にわかられても困ることはないからいっか」


 ね。魔物二人に対して、私のことが悟られてしまうわけだが、だからどうということもないだろう。かわいいし。うん。かわいいから大丈夫。損はない。


「アト、ヒカラセル」

「……ひからせる?」


 ひからせる……。光らせる?

 契約について納得した私にレジェドが胸を張った。が、言っている意味がわからない。ので、首を傾げる。


「コウダヨネ!」


 シルフェが腕の中で明るく声を上げる。

 その瞬間、私の体がきらきらと光って――


「「「おおお……!」」」


 ――なぜか周りからどよめきが起きた。


「え?」


 その声に周囲へと視線を向ければ、そこにいたのは騎士団の面々。

 えっと……訓練中だったはずだが、もしかしてザイラードさんと一緒にこちらに来てた? そして、遠巻きにこちらを見ていた……?


「奇跡だ……」

「やはり、救国の聖女様は違う……」

「なんて美しい光だ……」

「あの光で俺たちを救ってくださったんだな……」


 なんか言ってる。なんかすごい、神々しい感じの一場面を見た人の感想を述べている。この騎士団の方々からの視線。畏敬の念とはこういうことを言うのではないだろうか。

 よし。


「契約解除で」


 クーリングオフで。一週間以内だから。

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