第12話
「身元引受人、ですか?」
「ああ。あなたの身分を保証するためだ。第一王子や第二王子が入ってくるよりもいいかと」
「なるほど……」
ザイラードさんの言葉にすこし考える。
この世界、国がどういう仕組みがあるかはわからないが、日本のようにしっかりと戸籍などが整っている国だった場合、私のような存在が仕事や家を探すのは難しいだろう。
なにごとにも保証人や各種証明書が必要になる。
それをザイラードさんがしてくれるということだよね?
「私としては、異世界に来て、頼るものがなにもないのが現状です。仕事をするにしても、家を借りて暮らすにしても、知識もなければ、伝手もありません。なので、身元引受人が必要ならば、なっていただけるなら、ありがたいです」
そう。とても助かる。
そして、私の意思とは関係なく、私はこの国の王位継承について関わる可能性があるっぽい。美人な女子高生とのキャットファイトが始まるわけだが、それは本当に嫌だ。
で、あるならば、第二王子が私の前に現れ、その身元引受人になられた場合、非常に困る。
「王位継承に関わっていくのも、あまり気が進まないので、第二王子派になると困るなぁとは思います」
思うけれども。
「ザイラードさんはいいんですか?」
「俺か?」
「はい。こんな訳が分からない疲れた人間の身元引受人になるのは、大変ではないですか?」
ザイラードさんは第七騎士団? の騎士団長? をしていると言っていたし、騎士に指示をする立場であることは見ていてわかった。
私が謎の異世界人だとしても、身元を保証できる立場なのだろう。
が、だからこそ、こんなめんどくささしかなさそうな案件に関わる必要はないのでは?
なので、思ったまま尋ねると、ザイラードさんはふっと瞳を和らげた。
「あなたは自分が異世界に来て大変なときに、他人を思いやれるのだな」
「あ、……いえ……あの……、私がめんどくさいことが嫌いなので、他の人も嫌だろうって思うだけなので」
危ない。もう少しでまた「あ、あ、」しか言えなくなるところだった。
エメラルドグリーンの瞳の優しさにやられることなく、言葉を告げる。
すると、ザイラードさんは私を安心させるように頷いた。
「俺は第七騎士団の団長だとは言ったな。ここは国境近くの魔の森に面しており、魔物退治の前線だ。国の防御として大切な場所であり、それなりに信頼も勝ち得ている」
「防衛の前線なんですね」
「ああ。そして、第一王子派でも第二王子派でもない。俺が救国の聖女である、あなたの身元引受人になれば、二派閥も手が出しづらく、また、国としてはこのままでいいだろうと判断されるはずだ」
「なるほど。救国の聖女が防衛の前線に立ち、その騎士団長が身元引受人であれば、国としては問題ないということなんですね」
むしろ、王宮にいるよりも、救国の聖女の役目を果たしているように見えるかもしれない。
ただのスローライフ希望だったわけだが、それがいい具合に作用しそうだ。
異世界から来た、ただの疲れた会社員なわけだが、そういう名分があればこの国でも生きていけそう。
で、その場合、そこを守っている第七騎士団の団長が身元引受人になるというのは自然だろう。
ここまで言われると、ザイラードさんに迷惑をかけたとしても、身元引受人になってもらうしかない気がするな……。申し訳ないが。
「それに、だ」
ザイラードさんはそう言うと、そっと私の手をとった。
「言っただろう? 俺はあなたに命を助けられた。あなたの内面も好ましく思う」
う、胸……胸が……潰れる……。
「今、俺は、俺があなたの身元引受人になるメリットを必死で述べたつもりだ。どうだろう? 俺が身元引受人になった場合のことは伝わっただろうか」
「あ、あ……たくさん。いっぱい」
ほぼ100%、ザイラードさんに身元引受人になってもらったほうがいいだろうと思いました……。
が、手の熱さとエメラルドグリーンの瞳の真摯さで、うまく言葉が出ない。
なんだ「たくさん。いっぱい」って。もっと上手に話せ、私。
「あなたはキイチゴを摘んだり、釣りに行きたいと言っていただろう? ぜひ俺に案内させてほしい」
気づけば、ザイラードさんはソファに座る私の前で跪いていた。
気づかなかった。なんて自然な……。これが騎士か……。
「俺が、この世界での、あなたの身元引受人になりたい」
エメレルドグリーンの瞳が私を見上げる。
きらきら輝く金色の髪がふわっと揺れて――
「あ、あ……あ……おねがいします……」
私は必死で言葉を紡ぎ出した。
すると、右肩と膝の上の二人が、こてんと首を傾げる。
「ハナ、チラスカ?」
「ハナ、チラスノ?」
いい。背景に花は散らさなくていい。祝福っぽくしなくていい。
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