第92話 例の三人、脱国する
「――む?」
「ネプチューン様、どうかされました?」
ネプチューンが何かを感じ取ったのか、視線を上へと向けた。
油断なく、何かを探知するように集中している。
クロアとウィエルも同じように視線を上へ向けるが、何も感じる取ることが出来ない。
「国王様、何かありました?」
「……例の三人だが、今海上へ向かっているぞ。水域探知に引っかかった」
「なんですって?」
「ただまあ、王国軍は海域の警備も行っている。このことは珍しくはないのだが……あのことがあって直ぐに国を出るのは、妙だと思ってな」
ネプチューンの言葉に、クロアは黙考する。
このタイミングで、軍団長が何も制裁を加えないのはおかしい。最低でも自室での謹慎を言い渡すに決まっている。
しかし三人は今、国の外にいる。しかも海上を目指しているとなると、確かに異常事態だ。
「あなた、どうしましょう」
「……まずは軍団長への報告だ。行ってくる。ウィエルは二人を見ててくれ」
「わかりました」
クロアは気配探知をもとに、足早に軍団長のところへ向かう。
場所は王国軍本部。普通なら近づくことさえ許されないが、今は急を要する。
本部へ向かうと、入り口前で立哨していた王国軍の騎士がクロアに気付いた。
「貴殿は……女王陛下のお客人の人族ですね? どうかされましたか?」
「軍団長とお話があります。急を要することなので、面会を頼みたい」
「……わかりました。少々お待ちください」
騎士の一人が本部の中に入ること数分。すぐに走って戻ってきた。
「すぐに通せとのことです。こちらへ」
「はい」
騎士の案内で、王国軍本部の中を進む。
訓練中の魚人たちも、仕事中の魚人たちも、クロアを見るとみんなぎょっとした目を向ける。
それほどクロアの存在感や、体からほとばしる戦闘力が圧倒的だからだ。
これほどの存在感、我らが主人のネプチューン以外で感じたことがない。
まさに王の風格と言っていいだろう。
しばらくすると、騎士がある部屋の扉をノックした。
「軍団長、お客人をお連れしました」
「入れ」
「はっ。失礼いたします」
騎士が扉を開け、中に入る。
中では会議を行っていたのか、軍団長の他に十人の騎士がいる。
一目で強いとわかる風貌の十人。しかし力だけでなく、死線をいくつも乗り越えてきたのだろう。存在感というか、魂の密度そのものが違う。
確か、王国軍は十の部隊に分かれている。
つまりここにいるのが、一番隊から十番隊の隊長というわけだ。
クロアの目から見ても、全員相当な実力者だ。
――その実力者の十人が、クロアを見て目を見開いた。
海底の国ディプシーの中でも最強を誇る十人だが、その十人で同時にかかっても勝ち筋が全く見えない。
それほどの実力差に、十人はクロアを見て硬直するしか出来なかった。
そんなクロアに、軍団長が親しく声をかける。
「ようこそ、クロア殿」
「軍団長殿、会議中に申し訳ない」
「なに、貴殿なら構わんさ。急を要すると聞いたが、どうかされたか?」
「その前に、このことは内密で頼みたいのだが……」
「……わかった。みな、一旦休憩にしよう」
軍団長の言葉に、隊長たちは頭を下げて部屋を出ていく。
残されたのは、クロアと軍団長だけだった。
「助かる。それで、実は……」
クロアはネプチューンから聞いたことをそのまま軍団長へと話した。
最初は黙って聞いていた軍団長だが、途中で目を見張ると苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「今三人には一週間の自室謹慎を言い渡しているのだが……そうか、三人は海上へ……」
「目的はわからないが、これはまずい事態じゃないか?」
「うむ。本来魚人が国を出るには、管理局の許可が必要だ。更に王国軍に所属している騎士は、俺の許可も必要になる。俺はそんな許可なんて出してない」
「つまり、これは……」
「うむ……考えたくはないが、脱国だろう」
脱国。簡単に言えば、母国を捨て外に逃げること。
軍団長の許可を得ずに外に出る。そして海上に向かうということは、脱国と捉えられても仕方のないことだ。
「チッ。あいつら……!」
「手伝うか?」
「いや、お客人の手を煩わせるようなことはしない。が……もしもの時は、頼むかもしれん」
「ああ。その時は喜んで力を貸す」
軍団長はすぐに部屋を飛び出すと、王国軍の中でスピードのある十人を招集。即刻、三人の捕獲を命じた。
しかし三人のスピードもかなりのもので海域で捕まえることは出来ず……結局三人は陸に上がったのか、ネプチューンの水域探知にも引っかからず、姿をくらましたのだった。
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