第93話 弟子二人、未来を担う

「申し訳ありません、女王陛下……!」



 三人を取り逃した軍団長は、謁見の間でネプチューンに深々と頭を下げていた。

 国主であるネプチューンの許可を得ず脱国……国抜けは重罪だ。

 魚人族というのは、亜人の中でも特に珍しい種族である。世の中には、死体でもいいから魚人族の体を手に入れたいというものまでいる。

 しかもそれが王国軍の騎士となると、深海の国ディプシーの機密情報を持っている可能性がある。

 そんなものが外部に漏れたら、ディプシーの存在を知り、狙う者も増えるだろう。

 これは由々しき事態だ。



「軍団長、面を上げよ。原因の追求は後回し。今は捕獲が最優先である」

「ハッ。現在、王国軍の精鋭が捜索を続けています」

「引き続き捜索せよ。軍団長は指揮を取れ」

「ハッ」



 軍団長は足早に謁見の間を去ると、場に静寂が訪れる。

 それを見ていたミオンは、心配そうにウィエルへと話しかけた。



「一体どうして脱国なんて……」

「わかりませんが……もしかしたら、ここ最近ののとが原因かもしれませんね」

「ここ最近の?」

「ドーナさんの件です」



 ウィエルの言葉に、ドーナは目を見開いて驚いた。



「お、俺っすか……!?」

「うむ。可能性はゼロじゃないな」



 クロアが深く頷き、顎に手を当てる。



「今まで自分こそが絶対優位だと思っていた相手に、こっぴどく負けたんだ。いずらくなるのも頷ける」

「だ、だからって脱国までするっすか……!?」

「理由なんて様々だ。リンゴ一つの奪い合いで喧嘩にもなるし、友情が壊れることもあるし、戦争に発展することもある。もしかしたら日頃のストレスが積み上がって、今回のことで脱国に踏み切った可能性もある。そんなものだ」



 クロアの言葉に、ウィエルとネプチューンは頷く。

 だが人生経験の浅いミオンとドーナは、どうしても納得が出来なかった。



「しかし、行き先がわからんな。女王陛下の水域探知から逃れるために地上に出るのはわかるが、たかが魚人が三人。地上でら生きられるとは思えない」

「そうですね。少しでも水域に入れば、ネプチューン様の探知に引っかかって居場所が知られますし……」



 クロアとウィエルの言葉に、ミオンも思考を巡らせる。

 確かに二人の言う通りだ。外の世界ではめずらしい魚人が、たった三人で生きられるはずがない。

 食料の確保も難しいだろうし、野宿をするにしても危険が沢山ある。いつまでも野宿をする訳にもいかないだろう。そんなこと、あの三人も承知の上だろう。

 となると、脱国しても問題ない何かがあるということ。

 どこかもどかしいというか、モヤモヤしていると──ドーナが「あ」と言葉をこぼした。

 耳聡くそれを聞いたネプチューンが、ドーナへ問いかける。



「ドーナ、思い当たる節があるのだな?」

「は、はい。あ、いえ。多分というか、確証はないんですけど……」

「よい。発言を許可しよう」



 全員の視線がドーナに集まる。

 ドーナは生唾を飲み込み、震える口をゆっくりと開いた。



「お、恐らくですけど……海のギャングの所へ行ったのではないかと……」

「────。……そうか、その発想はなかったな」



 ネプチューンが苦虫を噛み潰したような顔で拳を握り締めた。

 海のギャング。ディプシーで悪事を働いたため、追放された者たちが作った組織。水域へ近付くことすら許されない、真なる悪人たちだ。

 本来魚人族は、陸で生きては行けない。実質島流し……死刑のようなものだ。

 だが海のギャングは、それを生き延びた者たちで構成されている。

 それを頼りに脱国したと考えると、辻褄が合う。



「チッ。やはり追放などせず、余の手で葬るべきだった……!」



 ネプチューンはこめかみを指で抑えると、目を閉じて集中し始めた。

 魚人族は、念波という特殊な能力を持っている。遠くにいる者同士でも会話ができる、異能だ。

 使い手によって距離はまちまちだが、海神ネプチューンは海底の国ディプシー全土へ念波を届けることが出来る。



『軍団長、おるか!』

『ハッ、女王陛下』

『例の三人だが、恐らく目的地は海のギャングのアジトだ! 速急に部隊を編成! ディプシーの護りを堅めよ!』

『海のギャング……!? しょ、承知しました!』



 王国軍の騎士が海のギャングの元に行ったとなれば、恐らくディプシーの警備の穴も知られることだろう。

 そうなれば、いつ海のギャングが攻めてきてもおかしくない。

 ネプチューンは珍しく焦燥していた。



「クソッ!」

「女王陛下、落ち着いてください」

「クロア……気持ちはありがたいが、これが落ち着いていられるか。このままでは国が……!」

「大丈夫です」



 クロアとウィエルは互いに顔を見合わせると、どちらともなく頷いた。



「海のギャング、ディプシー。俺たちが潰します」

「ッ! ……いや、ダメだ。頼りたいところだが、これは国の問題。このような国難を乗り越えない限り、国の成長は止まって……」

「失礼。言葉を訂正します」



 クロアはミオンとドーナの肩に手を置くと、不敵な笑みを浮かべ──。



「未来を担う、俺たちの弟子にやらせます」



 ──とんでもないことを口にした。

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