第89話 魚人の弟子、呆然とする
◆ディプシー王国軍・宿舎◆
「チィッ! なんなんだ、クソ!」
宿舎のある部屋に、例の三人が集まっていた。
軍団長にドーナのことを報告したが、いつまで経ってもドーナが罰せられたという噂が流れてこない。
もし処分が下されたら、宿舎にある掲示板に張り出されるのが通例だ。
だがいつまで経ってもそれがないということは、特にお咎めはなかったらしい。
三人のうちの一人が部屋の中にある椅子を蹴り砕いた。
「お、おい。宿舎のもの壊したら、それこそ俺らが罰せられるぞ……!」
「るっせェ!」
注意されるも苛立ちの方が勝ち、更に椅子を踏み砕いた。
しかし、どれだけ物に当たっても気分が晴れることはない。むしろ、もっと苛立ちが積もっていく。
「だがよ、あの時は地上人がいただろ? あの女の力は異常だったし、あいつに俺らはやられた。ドーナが一人でいる時を狙えばいいんじゃないか?」
「……確かにそうだな」
よく考えたら、自分たちはドーナにやられたわけじゃない。
四六時中ミオンが一緒だとは考えられない。やるとしたら、ドーナが一人の時だ。
一人がにやりと笑うと、残りの二人もゲスの笑みを浮かべた。
「ぶっ殺してやるよ、ドーナ。雑魚のくせに調子に乗りやがって」
「どうせ金魚のフンだ。あいつ一人なら、またサンドバッグに出来るぜ」
「今度は刃引きした訓練用のものじゃなくて、真剣で痛めつけてやろうぜ。もう二度と俺らに歯向かわせないようによ」
「「「ハハッ、ハハハハハハ!!!!」」」
◆王城・中庭◆
「よし、本日はここまで」
「「あ、ありがとうございました……」」
今日で訓練三週間目。期限まであと一週間だというのに、まだまだクロアに一撃を当てるどころか掠りすらしない。
成長はしていると思う。だがクロアとの力の差が大きすぎて、自分が成長している感じはしていなかった。
本当に成長しているのか、それとも停滞しているのか。
ドーナの中に、少しだけ焦りが芽生えていた。
地面に横たわりながら、隣で寝ているミオンを横目で見る。
「姉弟子。俺ら強くなってると思いますか?」
「なってる。……と、思いますが……」
クロアとの付き合いもそこそこ長いミオンですら、不安になっている。
本当に強くなっているのか、わからない。
どうすれば強くなっているとわかるのか……。
そんな少し意気消沈している二人を見て、ネプチューンがクロアに話し掛けた。
「のう、クロア。二人のやる気が下がっているみたいだが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「何が?」
「多分、そろそろでしょうから」
クロアの言っている意味がわからず、首を傾げる。それに、大丈夫と言い張れる自信がどこから来るのかもわからない。
「ウィエル、どういう意味かわかるか?」
「さあ、私にもわかりませんが……ですが、旦那様が大丈夫と言うのなら、妻である私はそれを信じるだけです」
「……そうだな。妾の余も信じるぞ」
「誰が妾ですか、誰が」
ウィエルとネプチューンが視線でバトルしているのを無視し、クロアが二人に近付いた。
「二人とも、今日はもう休みなさい。休むことも修行の内だからな。ドーナは宿舎に戻り、自分の部屋でゆっくりした方がいい。もしかしたら、何かヒントが掴めるかもしれないぞ」
「ヒント、ですか?」
「これ以上俺からは何も言わない。ただ休め。以上」
クロアが城内に戻っていき、ウィエルとネプチューンが後に続く。
残されたミオンとドーナは、互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「……まあ、クロア様が言うのでしたら、今日は反省会なしで帰りましょうか」
「そっすね。それじゃあ姉弟子。また明日」
「はい。おやすみなさい」
ミオンも城内に入っていくのを見送り、ドーナも重い足取りで宿舎の方へ歩いて行った。
流石に連日の疲れもあり、体が思うように動かない。
しかしこの三週間のおかげか、体付きがだいぶ変わった気がする。
半強制的に戦い、飯を大量に食い、ウィエルの魔法で回復させられる。
そんな濃い三週間だ。明らかに前までのやせ細っていた自分とは大違いだった。
「でも師匠には勝てないんだよな……はぁ」
本当に勝てるのか不安だ。どれだけ高みにいるのか、見当もつかない。
いや、こんなところで凹んでいてもダメだ。疲れているから、余計なこと考える。なら今は、クロアに言われた通り休んだ方がいい。
そう気持ちを切り替えて自室へ向かおうとした……その時。
「ん?」
暗い廊下の曲がり角から、足が伸びている。明らかに自分を転ばせようという悪意の籠った足だ。
しかもこの足、見たことがある。何度も自分を踏みつけてきた、忌々しい足だ。
ドーナはそっとため息をついた。
この展開、何度も経験した。気付かず転べば、そのままあの三人にボコボコにされる。もし気付いて避けたら、腹を立てた三人にボコボコにされる。
どっちに転んでも痛めつけられる。なら、少しでも奴らの機嫌を損ねないようにした方がいい。
ドーナは覚悟を決め、気付かないふりをして足に向かって歩いて行く。
そしてドーナの足が触れた瞬間。
――メキュッ!
出ていた足が、簡単に折れた。
「あ!? ぎゃあああああああああああああああ!?!?」
「……へ?」
思わぬ光景に、目を点にするドーナ。
全然力を入れていない。むしろ力を入れず、受け身を取ろうと考えていた。
それなのに、むしろ折れたのは向こうの足で、こっちにはなんのダメージもない。
意味がわからず、ドーナは呆然としたまま動けなかった。
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