第90話 魚人の弟子、自覚する
(なんだろう、これは……? 人を蹴っている感覚がなかった。まるで枯れたサンゴを蹴ったような……)
手を握り、開き。
膝を曲げ、伸ばし。
頭の先からつま先まで、全身に意識を集中してみる。
そこで気付いた。全身に漲る、底なしの力を。
いや、感覚自体は持っていた。強くなっている……力が蓄積されている感覚。
だがその成長は、今の今まで自覚出来ていなかった。
その阻害をしていたのは間違いなく、クロアだ。
絶望的かつ絶対的な力を持つクロアと毎日のように戦い、自分の力が成長していないと
勿論クロアからしたら、それは意図して行ったものである。
自分が成長していないと思わせ、より行動させ、より思考させ。経験値だけをドーナの体に蓄積させた。
勿論、心が折れたら駄目だ。自分は成長していない。才能がないと思わせないよう、細心の注意を払って。
しかしドーナは、今まで自分を痛めつけていた相手を簡単にダメージを与えたことで、成長を自覚した。
成長を自覚する、しないとでは、成長のスピードは段違い。
それに加えて今までドーナの中に蓄積されていた経験値が──ドーナを急激に、成長させた。
体の奥底から湧き上がる力。
それは闘気となり、ドーナの体から迸った。
「いでぇっ……! ちくしょうっ、いでぇよぉ……!」
「な、なんだ……なんだよお前はぁ!」
「雑魚のくせにふざけんじゃねぇよ!」
ドーナの変貌を直感で感じ取った三人が吠える。
だが吠えるだけで、ドーナに攻撃しようとはしていない。
本能でわかる。今のドーナに手を出そうとすれば、やられるのはこっち。
最悪、死ぬ。
それはドーナも同じだった。
今の自分が少し力を入れたら、この三人は死ぬ。
だからこそ、ドーナは今天秤にかけられていた。
今まで自分をコケにしてきたこいつらを好きにできる。殺すも生かすも自分次第。
そんな天秤を、ドーナは。
「殺しはしない。けど……気が済むまで、殴らせてもらうよ」
「「「ヒッ……!?」」」
◆
「──ふむ。予想通りだな」
「ええ。わかりやすく動いてくれて助かりますね、あの三人は」
そんなドーナの動向を、クロアとウィエルとミオンは城の屋根の上から見下ろしていた。
距離にして三キロは下らない。だが三人は、真っ直ぐにドーナを見ていた。
「はぁ……疲れました」
「ふふ。ご苦労様です、ミオンちゃん」
当然だがミオンもこの件に一枚噛んでいる。
ミオンはドーナとは違い、戦闘によって自分の成長を着実に実感していた。
では何故ドーナの修行は、こんな回りくどいやり方をしたのか。
「はっきり言って、ドーナは圧倒的に自己肯定感が低い。そんな状態で成長しても、今のように爆発的な成長は出来ないだろう。まずは経験値貯め。それからきっかけを作り、ドーナの成長を促す。そうすれば自己肯定感も上がると踏んだが……上手くいったな」
クロアからしても賭けだった。
ドーナの心を壊さないように、精神を崩さないように、まさに綱渡りのような修行期間。
だがクロアは賭けに勝った。
「ミオン、明日からの修行はギアをあげて行くぞ。残り一週間、成長した二人で死ぬ気でかかって来い」
「はいっ!」
──その日、魚人族の三人は訓練所でボロボロになって発見された。
両脚の複雑骨折と内臓の損傷は見られるも、魚人族の耐久力と回復力により致命傷には至っていない。
軍団長はドーナの仕業と断定するも、ドーナに直接的な罰を与えることはなく厳重注意でこの件は終了。
だが三人は翌日、海底の国ディプシーから姿を消した。
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