第80話 一日目、終了

「よし、今日はここまで」

「「…………」」



 クロアの言葉に、ミオンとドーナは糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

 ピクリとも動かない二人。心音は聞こえてるから、生きてはいるようだ。

 時刻は既に夕暮れ。

 周りは薄暗くなり、ウィエルの光魔法で照らされている。

 因みにここは深海だが、ネプチューンの力によって朝と昼が明確に分かれている。海上と時差もない。

 つまり、二人は朝九時から夕暮れまで……約十時間近く全力で走らされた計算になる。

 ぶっ倒れるのも仕方がないことだった。

 ウィエルが回復魔法を施してる間、クロアも水を飲んで一息つく。



「鬼だな、クロア」



 流石のネプチューンも、クロアの鬼畜すぎる修行にドン引きみたいだ。



「ははは。この程度まだまだですよ。……腹を空かせた魔獣十体との鬼ごっこに比べたら」

「クロア、遠い目をしておるぞ」



 自分の修行時代を思い出したのか、クロアの目に光がなくなった。

 一体どんな生活を送ってきたのだろうか。

 と、回復魔法し終えたのか、ミオンとドーナが目を覚ました。



「う、うぅ。死ぬかと思ったっす……」

「ふ、ふふ。まだまだですね、ドーナさん。この程度普通ですよ、普通」

「ひぇ」



 そう、これはまだ体力増強訓練に過ぎない。

 プラスして、クロアの拳骨による痛みへの耐性強化も兼ねている。

 筋肉トレーニングや戦闘訓練を一切行っていないのに、この密度。頭がおかしくなりそうだ。



「よし、飯にしよう。体を作るには一に飯、二に睡眠だ。食えなくても食う。じゃないと、明日からの訓練に支障が出るからな」

「ということは、明日から戦闘訓練ですか!?」



 ドーナの目的は、一族を皆殺しにした海のギャングへの復讐だ。

 体力増強訓練も大切だとはわかっているが、戦闘訓練となるとどうしてもテンションが上がる。

 が。



「いや、三日間は体力増強。それから戦闘訓練だ」



 ドーナのテンションは奈落に突き落とされた。



「テンション高いところすまないが、体力増強しておかないと死ぬぞ?」

「え」

「それでもいいなら、明日から戦闘訓練にするが」

「体力増強がいいです!」



 体力増強してないと死ぬほどの戦闘訓練。

 どんなものかは想像出来ないが、来るべき地獄を乗り越えるために、まずは目の前の地獄からだ。



「あなた、やる気満々ですね」

「うむ。半月もずっと海上を歩いてるだけで、俺も久々に運動出来てるからな」



 厳密に言えば、海上歩行で超微細に足を動かしていたから、運動不足というわけではない。

 だがそれとこれとは話が別だ。

 細かく動くより、思い切り動いた方が楽しいに決まってる。



「ようやく体が温まってきたところだ。二人の体力も大分ついてきただろう。明日はもっと追い込むぞ」

「お……押忍」

「拒否権はないのですね、わかります」



 諦めた顔のミオンとドーナを見て、ネプチューンは心の底で手を合わせた。

 強く生きよ。南無、と。






 中庭から食堂に移動し、大量の食事が運ばれてくる。

 ウィエルの回復魔法は傷を治したり、尽きた体力を回復させて体力の底上げは出来る。

 だが減ったエネルギーに関しては、自力で補充するしかない。

 次々に運ばれてくる食事を食べるクロア、ウィエル、ネプチューン。

 だがミオンとドーナは、げんなりした顔で見てるだけだった。



「二人とも、どうした? ウィエルが回復させたから、体調はいいはずだぞ」

「そ、それはそうなんっすけど……」

「気分的に、ちょっと……」



 最早匂いだけで吐きそうだった。

 だがここで食べないと、今日以上にきつい修行は越えられない。

 ミオンとドーナは覚悟を決め、魚にかぶりついた。

 吐きそうになりながら、涙目で胃に流し込んでいく。

 そんな二人を見て、ウィエルはうんうんと頷く。



「二人を見てるとレミィちゃんを思い出しますね」

「うむ、あいつも負けず嫌いだったからな」



 二人の一番弟子であるレミィ。

 今どこにいるかわからないが、恐らく元気にやっているだろう。

 旅を続けていれば、いずれどこかで出会うかもしれない。

 アルカたちとも出会うだろうし、そうなったらなったで面白そうだ。



「アルカか……今どうしているのやら」

「今頃、サキュアさんにこっぴどく叱られてるのでは?」

「ありうる」



 可能性がゼロじゃないことに、クロアは頭を抱えてため息をついたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る