第45話 勇者の父、弱点を知られる

 結局、この日は海面歩行は達成することは出来ず。

 流石に疲労が溜まったのか、ミオンはベッドに大の字になっている。



「ぬへぇ……体に力が入らないです〜……」

「お疲れ様です、ミオンちゃん。もう少しでご飯が届きますよ」

「ここ、亜人別にルームサービスがあるらしい。最高級サラダコース頼んでおいたぞ」



 ぐるるるるるるぅ〜……。

 どれだけ疲れていても、空腹の欲求には逆らえず。

 ミオンの腹の音が部屋に響き渡った。



「ぁぅ」

「仕方ないですよ。こんなに力を抜いたのも久々ですし、暫くは楽しみましょう?」

「……そうですねっ。ウィエル様が仰るなら、私も少し羽を伸ばします!」



 と、ミオンがベッドから飛び起きると、丁度部屋のベルが鳴った。



「ミオンちゃん、扉を開けてあげて下さい」

「はい!」



 鼻歌を口ずさみながら、ミオンが扉を開ける。

 扉の先には五台のワゴンが並んでいて、透明なカバーが掛けられている。

 港町アクレアナというだけあり、魚料理が多い。勿論肉もあるし、サラダもある。バランスのいいメニューだ。



「え、多くないですか?」

「こっちのサラダの乗ったワゴンが、ミオンちゃんのだ。後の大半は俺のだな。ウィエルは食が細いから」

「そ、そうですか……」



 旅の途中は、クロアとウィエルもそんなに食べていなかった。

 野獣を狩っても、必要以上の殺しをしなかったからだ。

 ガタイからして食べるとは思っていたが……この量は予想外だった。

 テーブルの上に乗せられる料理の数々。

 こんな量、村の祭りでも見たことがない。



「それでは、頂こう」

「はい」

「は、はいっ」



 クロアとウィエルが手を組んで祈り、ミオンもそれに倣う。

 これはウィエルの生まれた場所の風習だそうだ。食を恵んでくれた神への祈りと、血肉になる食材への感謝らしい。

 祈ることしばし。

 クロアが手を解き、二人も続いた。



「さあ、好きなだけ食べなさい。これも全て、陛下が出してくれるそうだ」

「逆に申し訳ないですね……」

「ミオンちゃん、気にすることありませんよ。お野菜も新鮮で美味しいですし」



 ウィエルがサラダスティックを食べているのを見て、ミオンもポリポリする。



「!? うまぁ……!」

「でしょ」

「はい!」



 一気に食欲が漏れ出たのか、ミオンは勢いよくサラダを頬張る。

 クロアも黙々と、肉の塊にかぶりつく。切るなんてしない。丸かじりだ。

 それと対照的にウィエルは上品に肉を切り、魚を解し、スープを飲む。まるでどこかのご令嬢のようだ。

 そこで、ミオンがあることに気付いた。

 ウィエルの手元にはワイングラスがあるのに、クロアには水しか置かれていないことに。



「あれ? クロア様、お酒飲まないんですか?」

「うむ。戦士たるもの、いついかなる時も臨戦態勢であるべきだ。酒は感覚を鈍らせるから、飲まないようにしているんだよ」

「な、なるほどですっ……!」



 ミオンとしては酒が好きだから、正直少し飲みたい気分なのだが。

 しかし師匠のクロアがそういうのであれば、ミオンもそれを倣って──






「いや、お酒飲むと人格が変わるから飲まないだけでしょう」

「人がせっかくカッコつけてるのにやめてくれ」






 ──台無しだった。



「えっ、クロア様お酒飲めないんですか?」

「いやいや、それは違うぞ。俺は酒が好きだ。だが酒が俺を愛してくれないだけだ」

「答えになってない……」



 でも意外だった。

 この巨体で酒が飲めないとは思わないだろう、普通。



「因みに人格が変わるって、どんな風に変わるんですか?」

「ミオンちゃんには教えません」

「え?」

「教えないもーん」

「もーんて」



 よく見ると、ウィエルの頬が赤らんでいる。

 それもそのはず。さっきの今で、ウィエルの傍にはワインボトルが三本転がっているのだ。

 ミオンも酒は好きだが、これだけの量を飲めば一瞬で潰れる。

 だがウィエルは全くそんな感じはしない。よくてほろ酔い程度だ。



「す、凄いですね、ウィエル様」

「ああ。因みにあのワインセラー飲み放題は、陛下がウィエルのために用意したものだからな」

「何となく察しました」



 これだけの酒豪を超高級ホテルに泊まらせたら、酒代だけでとんでもない額になりそうだ。



「ミオンちゃんも、好きな物飲んでいいからな。俺は食事を楽しませてもらうから」

「わ、わかりました、ありがとうございますっ」



 それならと、ミオンは意気揚々とワインセラーに向かっていった。

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