第三章 師弟相見える

第42話 勇者、旅立つ/亜人の少女、首を狩る

   ◆王城・訓練所◆



 アルカのビンタ刑が行われ、一週間が過ぎた。

 もうここまで来るとほとんどの人が満足したのか、訓練所には誰もいない。

 残っているのは、まだ吊るされているアルカとそれを座って見つめ続けるサーヤだけだった。



「サーヤ、許してくれ……みんな、本当にすまなかった……ごめん……ごめんなさい……」

「…………」



 自己再生力の向上で死に至ることはない。

 とは言え、一週間ほとんど休まずにビンタを食らっていたアルカの心は着実にすり減っていた。

 そんなアルカに近付き、サーヤは縄を切ってようやくアルカを解放した。

 この一週間、休むことなくずっと吊るされていたから、正直臭いがキツい。

 だけどサーヤはそんなこと気にせず、そっと膝枕をしてアルカの頭を撫でた。



「……この三年間、私がどんな気持ちでいたか……わかる?」

「……ごめん……」

「私、本当に辛かったのよ。ずっと一人で……」



 この三年間を思い出す。

 いくら注意してもアルカには無視される。

 婚約者ということを明かせず、周りからは邪魔者扱い。

 不安と怒りで眠ることも出来ず、でもどこにぶつけたらいいのかもわからない。

 そんな生活が、三年も続いた。

 耐えられる訳がなかった。



「お義父さんとお義母さんに聞いたよ。リリスっていう淫魔がみんなを操ってたって。それに、アルカも少しだけど催眠に掛けられてたって」

「サーヤ……」

「でも、そんなことどうでもいいの。……もうアルカのこと信じられない……信じられないんだよ……」



 サーヤの綺麗な目から流れる涙が、とめどなくアルカの頬を濡らす。



「アルカのせいじゃないってわかってる。みんなのせいじゃないってわかってる。全部魔族と魔王が悪いのはわかってるの。……でも、人の気持ちってそういうものじゃない。理解と感情は別。……私、これからどうアルカを信じたらいいの……?」



 涙ながらに零れる一つ一つの言葉が、アルカの心を抉る。

 今のアルカが何を言ったところで、サーヤの心には届かないだろう。

 信用を無くし、信頼を裏切り、落ちるところまで落ちた。

 そんなアルカに出来ることは……。



「……行動、か……」

「ぇ……? アルカ、今なんか言った?」

「いや、なんでもない」



 父クロアとの会話を思い出す。

 思うこと、願うことは誰にも出来る。

 なら、行動するしかない。

 思っても願っても変わらないのなら、行動で変えるしかない。

 寝るな。立ち上がれ。

 立ち止まるな。前へ進め。

 そう自分を鼓舞して、アルカはゆっくり立ち上がった。



「俺のことは忘れてくれて構わない。というかその方がいいだろう。……サーヤのことを傷つけてしまった俺に、サーヤの隣に立つ資格はない……」

「アルカ……」

「でも見ててくれ、サーヤ。……俺、魔王を倒すから」



 足を踏み出し、振り返らず真っ直ぐ歩いていく。

 皆に迷惑を掛け続けたこの三年間は、到底償いきれるものじゃない。

 なら、出来ることは一つ。


 魔王を倒し、世界に平和をもたらす。


 今のアルカには、それしか出来ないから。



   ◆草原◆



「はあぁ!!」

「ガッ!?」



 ミオンの強化されたけりが、魔獣の首を吹き飛ばす。

 緑の美しい絨毯の上に鮮血が散り、残った胴体が糸が切れた傀儡のように横たわる。

 港町アクレアナに向かう道中の草原で、ミオンは一人で魔獣の群れと対峙していた。

 六体の獅子型の魔獣が、警戒するようにミオンを囲っている。


 そんなミオンを、クロアとウィエルは空中から見下ろしていた。



「戦闘にはいい感じに慣れてきたな」

「ええ。それにしても……草食系の獣人が肉食の魔獣を屠る姿は、なんか面白いですね」

「わかる」



 だが魔獣もただやられている訳ではない。

 連携を取り、ミオンの周囲を回っている。

 スピードも中々速いが──



「フッ……!」



 ──身体強化をした兎人族のミオンにとっては、敵ではない。

 一匹の獅子に近付き、顔面を蹴り抜く。

 更に移動し、蹴り抜く。

 蹴り抜く。蹴り抜く。蹴り抜く。蹴り抜く。

 結局最後の最後まで、魔獣はミオンに触れることが出来ず絶命した。



「ふぅ……」

「お疲れ、ミオン」

「お疲れ様です。ナイス首狩り」

「や、やめてください、ウィエル様。私だって好きで首を蹴ってるわけじゃないんですよ。ただ、手っ取り早く絶命させられるのが首なだけで……」



 ミオンは、何故か恥ずかしそうにごにょごにょする。

 クロアがそんなミオンの頭に手を乗せると、ゆっくりと撫でた。



「いや、その考えは間違いじゃない。敵対する時はなるべく迅速に相手を殺す必要があるからな」

「そ、そうですよねっ。そうです!」



 ふんすふんすと息巻くミオンに、クロアとウィエルはほっこりした気持ちになった。



「さあ、あと少しで港町アクレアナだ。今日中に着いてしまおう」

「はい」

「わかりました!」

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