第41話 勇者の父一行、旅立つ
コルトは手合わせに満足したのか、ミオンから受け取ったタオルで頭を冷やしつつ立ち上がった。
「いてて……やっぱ兄ちゃんは強いなぁ」
「いやいや、コルトも強くなったよ。流石王国最強の騎士様だ」
「え、煽られてる?」
「そういうわけじゃない。純粋な気持ちだ」
実際、二十年でここまで強くなるとは思わなかった。
その理由が、自分に憧れてくれているというのは嬉しい。
地面に落とした剣を鞘に収め、コルトは顔を輝かせてクロアを見つめた。
「ところで、さっき戦ってみてどうだった? 俺、もっと強くなれる? 兄ちゃんみたいになれるかな?」
「努力次第だが……まあ、これからは国政とかで忙しくなって、満足に修行出来ないだろうな」
「う。それは困る……俺、もっと兄ちゃんみたいに強くなりたい」
「はっはっは。今のペースなら、あと数十年頑張れ」
「それ兄ちゃんが言うと冗談に聞こえないんだけど」
今のペースで修行をすれば、数十年でクロアに追いつく。
だが国王としての仕事に従事すれば、そのペースはガクッと落ちるだろう。
だとしたら、もしかしたら一生追い付けないのかも……そんな気持ちになった。
「そんな気落ちすることはない。道を極めようとすれば、いずれ同じ場所に辿り着くだろう」
「……うん。俺、頑張るよっ」
ふんすっと息巻くコルトの頭を撫でる。
いつまでも子供扱いされたくないが、兄のいないコルトとしては兄貴分であるクロアに撫でられるのが好きだ。
仏頂面をしながらも、雰囲気はめちゃめちゃ喜んでいる。
ミオンはそんなコルトを見て、犬の耳と尻尾を幻視した。
「さて、陛下。そろそろ俺らは行きます。もう一週間もお世話になってしまいましたから」
「む、そうか? アルカ殿はもういいのか?」
「まあ、あと数日はあのままでしょうから」
流石に何も用もないのにずっと滞在するのは気が引ける。
それにまだまだアルカの攻撃の余波で破壊された村があるかもしれない。それらを巡って、ちゃんと謝罪をしないと。
それに、まだ奴隷商の件も残っている。
ガルドに任せたとは言え、奴隷商の横の繋がりは広い。だからそれに関しても、旅をしながら微力ながら手伝うつもりでいた。
「そうか。この一週間は楽しかったぞ、クロア、ウィエル。またいつでも来てくれ。勿論、ミオンさんもな」
「は、はいっ。ありがとうございます……!」
思わぬところで王族とのコネが出来てしまった。
クロアたちといると、人生で一度も想像しなかったことが起こる。なんとなく、そう思った。
「じゃあコルト。精進しろよ」
「コルト君、また会いましょう」
「うん。兄ちゃん、姉さん、また」
三人はアーシュタルとコルトに挨拶すると、人知れず王城を抜け出し、王都ニルヴェルトを後にしたのだった。
「クロア様、この後はどこに向かうのでしょう?」
王都ニルヴェルトを出て丸三日が経った。
夜の睡眠時間と僅かな休憩だけで、ずっと草原を歩いている。この三人での移動で走らず歩いているのは、ほぼ初めてのことだった。
ミオンも兎人族。体力も人間よりあるから疲れることはない。
だがこうもずっと歩いていると、流石にどこに向かっているのかは気になる。
クロアは「ん、言ってなかったか」と呟き、ポケットにしまっていた地図を取り出した。
「海に行こうと思ってる。この先、山を二つ越えた先に馴染みの港があるんだ」
「海……う、海、ですか!?」
噂には聞いたことがある。
見渡す限りのしょっぱい水たまりがあり、船に乗れば世界中どこにでも行くことが出来る、と。
村という閉鎖的な環境に育ってきたミオンにとって、海は憧れの場所の一つだった。
明らかにウキウキしているミオンを見て、ウィエルも顔をほころばせた。
「そういえば今向かっている港町、有名なビーチもありましたよね。どうせなら海水浴でもしますか?」
「いいんですか!?」
「はい。長い旅ですし、たまにはゆっくりするのもいいと思うんですが」
「わ、私入りたいです!」
ウィエルとミオンのキラキラした目がクロアを見つめる。
当然、クロアとしても断る理由もない。あと愛する妻の水着姿を見たいという欲求がひょっこり顔を覗かせていた。
「ああ、いいぞ。それに訓練で少しやりたいこともあったし」
「やりたいこと、ですか? クロア様、それは一体……?」
「それは海水浴場に着いてからのお楽しみだ」
ゾッ――何故かわからないが、急激に悪寒がした。
助けを求めるようにウィエルを見る。
が、ウィエルも不穏な笑みを浮かべていて何も言わない。
急激に不安になってきた。
◆王都ニルヴェルト・王城◆
「もうクロアたちが旅立って三日か。今は港町アクレアナに向かっているんだったか?」
「はい、陛下。普通は馬車を使っていくのですが、徒歩で充分だと」
「はっはっは。流石だな、クロアたちは」
城の中庭でお茶を飲んでいるアーシュタルとコルト。
安らかな陽射しに穏やかな風が頬を撫でる、静かな休日だった。
が。
「陛下ああああああああああああああああああああああ!!!!!! へーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「「ッ!?」」
唐突に、謎の絶叫がこだました。
そしてこの声、アーシュタルには覚えがある。
「て、敵襲か!?」
「待てコルト。この声、知り合いだ」
「……知り合い、ですか?」
「ああ、私とクロアの共通のな。喧しい女だ」
頭を抱えてため息をつくアーシュタル。
まさかアーシュタルからそんな言葉が出ると思わず、コルトはキョトンとしてしまった。
「すまないコルト。多分門の前にいるから、出迎えてやってくれ」
「ハッ」
コルトは頭を下げると、一抹の不安を抱えながら門へと向かっていったのだった。
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