第20話 勇者の父、勇者邸へ着く

「それじゃあ、アルカの所に連れて行ってもらおうか」

「は、はい。こっちです」



 顔面が二倍くらいに腫れ上がったモーラが、涙を流し三人を案内する。

 恨みがあったミオンだが、ちょっと不憫に思ってしまった。


 顔を真っ青にして地面を見つめている騎士たちを横目に、門を潜って王都ニルヴェルトへ入る。

 アプーも活気があったが、ここの熱量はそれを余裕で超えている。

 あっちを見てもこっちを見ても人、人、人。とにかく凄い人だ。



「相変わらず、王都は人が多いですねぇ」

「ああ。この熱気は昔から本当に変わらない」



 懐かしむように歩みを進めるクロアとウィエル。

 と、ミオンはさっきモーラが言っていた言葉を思い出した。



「あの、クロア様。『並ぶ者なし』というのは……?」

「ん? ああ、昔ちょっと色々あってな。国王陛下が面白がって付けたんだ」

「ちょっと色々あって最強の称号を与えられるって、絶対ちょっとじゃないですよね」



『並ぶ者なし』

 文字通りの最強の称号。

 それをアルバート王国の国王が付けたのだ。間違いなく、国難を救った何かがあったに違いない。



「まあ、本当に色々あったんだよ」

「……そう、ですか」



 なんとなく、これ以上追求しないほうがいい。そう思った。


 モーラを先頭に歩くことしばし。

 王都の中にある、またも巨大な塀に囲われた一角に辿り着いた。

 モーラが事情を説明すると、騎士は慌てたように何かを操作し、閉ざされた門が開く。

 さっきまでの人混みや喧騒はない。気品溢れる街並みに、気品溢れる人が街中を歩く。

 明らかに階級が違う。平民ではない。

 ミオンは恐る恐るウィエルに聞いた。



「ここ、まさか噂に聞く貴族街では……?」

「お察しの通り。王都ニルヴェルト一番街。通称、貴族街です」



 王城を囲うように位置する、円形状の街。

 生半可な貴族では住むことを許されない、アルバート王国でも最上位の区画だ。

 しかも貴族以外の立ち入りは禁止され、騎士でも隊長クラスでないと出入り出来ない。それも、極限られた状況でのみ。

 今回は、その極限られた状況に該当する。



「む? おぉっ、あの男は……!」

「国王陛下に『並ぶ者なし』と称えられた、あの男ではないか?」

「まあ、凛々しいお方」

「久しく見ぬうちに、精悍な顔つきになったのぅ」



 街を歩く貴族たちが、クロアを見て話し込んでいる。

 子供や若い貴族は首を傾げているが、近くにいる貴族が説明すると納得の顔をした。



「クロア様、有名人ですね」

「過去のことだ。俺はただの木こりだよ」



 ただの木こりが、ここまで手放しで賞賛されることはないと思う。

 その言葉を飲み込み、ゆっくり周囲を見渡す。

 と、ある事に気付いた。



「亜人の貴族もいるんですね」

「ああ。国王陛下は人種問わず、国の為になった行いをすると相応の地位を与えるんだ。勿論簡単なことじゃない。陛下は堅物だからな」

「クロア様は頂かなったのですか? クロア様なら頂けると思うのですが……」

「断った」

「…………え」



 我が耳を疑った。聴覚に自信がある。なのに、今聞いたことが信じられない。



「こ、断ったんですか!? 貴族の地位を!?」

「だって断ってもいいって言われたし、地位に興味ないしな」

「だ、だからって……!?」



 国王から断ってもいいと言われて、本当に断る人がいるなんて聞いたことがない。

 というかそんなことが本当に許されるのか。

 当時のことを思い出したのか、ウィエルが楽しそうに笑った。



「ふ、ふふ。あの時の陛下の顔、面白かったですね。ぽかーんとしちゃって」

「そりゃしますよ」

「でもその後、大笑いしていましたよ。ますます気に入ったとか言ってましたね」

「懐かしいなぁ。後で挨拶していくか」



 古い友人に会いに行くといったノリに、ミオンは目眩を覚えた。

 国王陛下に挨拶するのが、ついで。

 それが許されるのはクロアだけだろう。


 貴族街を歩くこと十分弱。

 モーラが、一つの屋敷の前に立ち止まった。



「クロアさん、着きました。ここが勇者様の邸宅です」



 他の屋敷と比べても、一回りもでかい屋敷だ。

 グラドの屋敷もでかかったが、ここはそれ以上。流石のクロアとウィエルも唖然とした。



「……ここにアルカが?」

「はい。申し訳ありませんが、ここから先は我々騎士でも入ることが出来ません」

「……いや、十分だ。悪かったなモーラ、仕事中に」

「いえ。それでは失礼致します」



 モーラは三人に敬礼し、踵を返して足早に去っていった。



「……さて、行くか」



 鉄柵の門に付いているボタンを押す。

 ビーッという音が鳴り、待つこと数秒。

 嵌め込まれている水晶から、女性の声が聞こえた。



『はい』

「恐れ入ります。アルカの身内の者ですが」

『はい。聞き及んでおります』



 直後、鉄柵の門が自動的に開いた。



『どうぞお入りください』



 それを最後に、水晶から声は途絶える。



「ふむ……随分簡単に開けるな。俺らがここに来るのを聞いているなら、簡単に開けないと思ったんだが」

「諦めたのでは?」

「アイツがそんなたまか」



 クロアが敷地内に入り、ウィエルとミオンが後に続く。

 扉の前に着くと、重厚な扉がゆっくりと開いて行った。

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